第2話 この町、危険につき

「いや~食った食った♪ お腹いっぱいだよこれホント♪ ルゥ、ありがとうな!」

それから数時間、肉食獣が久しぶりの獲物を貪るように食い漁ったレイはルーティスと一緒に夜の町を散歩していた。ちなみに食べたミートパイは二十枚、ガーリックライスは十五皿。骨付き肉は同じサイズの物を八個でソーセージは三十本以上と文字通り『店ごと』食べ尽くしていた。お金が払えるのか心配していたウェイトレスさんや店長さんにルーティスは笑ってその金額をちゃんと全額支払った。もちろんその様子には誰もが驚き腰を抜かし、一番奥の席に隠れるように座っていた如何わしい風貌の傭兵崩れみたいな連中数名とあの『中年男性』が『自分達を値踏みするように』見ていたぐらいだった。

「そりゃどうも。今度はちゃんとお金の使い方を考えてね。

じゃないと今度は君がソーセージかベーコンになるのは確実のコースだよ?」

「……何とかするわ」

ルーティスの容赦なくえぐい一言(ついでに殺意込みの眼光)を横目で浴びて、レイは頭を掻いていた。

「なぁルゥ。お前この町に何しに来たんだよ? おれは単にたまたまだけど」

「僕もたまたまだよ」

そう。ルーティスは本当にたまたまこの町に来たばかりだった。

「じゃあしばらく一緒に行かないか? たまには親友と話したりしたいぜ♪」

レイからのご提案だ。一応は親友だから彼も久しぶりに話したりしたいのだろう。

「別にいいよ」

ちらりと一瞬背後を見つつ。ルーティス君はあっさり承諾。

「じゃあ夜の町を散歩だぜ‼」

レイは満面の笑顔で握り拳をぶんぶん振り回し、

「おー♪」

ルーティスは眩しい笑顔で万歳だ。

喜びながら二人は行く。

そしてルーティスが見やった背後の闇に、なるべく紛れるように数名の如何わしい連中の影と中年男性の影がひっそりと立っていたのだった。


確かに再会の喜びを分かち合いたい二人は街路をあちらこちらへと闊歩する。特に行く当てがない為、適当にふらふらと練り歩いて行くのであった。

「しかし今日は夜空が綺麗だなぁ♪」

「今日の空気は塵や砂とかどこにも飛んで無いもんね」

「……これで何がしらの夜店が開いてたら言うこと無しなんだが」

「こんな夜更けじゃ開いていないよ。まぁ見つけたら何か買おうよ」

がっくり項垂れるレイにルーティスは微笑みかける。そんな彼を見てレイもすぐに機嫌を直して笑顔になる。

二人はさらに雑談しながら夜道を行く。無邪気に笑い、時々驚き、今までの旅路の話をしていた。楽しそうな少年達。明るく喜び合う姿は見ていて微笑ましいものである。

「……そう言えばルゥ」

「ん?」

「……この町って物価高くね?」

レイが訝しげに尋ねてきた。さっき自分が食べ尽くして支払わせた食事の代金が気になったのかも。

「そりゃ高いんじゃない?

……だってここは『ある意味で』とっても有名なあの『ベニング侯爵家』の傘下にある町なんだし」

はぁああああ……。ルーティスは魂が抜け出しそうなため息を吐いて答えた。

「げ! あの趣味の最悪なクソジジイ侯爵のかよ⁉」

うげぇっと呻いて後退るレイに、

「……特に僕らは『色々危ない』と思うから早いとこ出た方がいいかもね。僕も長居はしないつもりだし」

ルーティスも再度、深く深く嘆息したのだった。

その瞬間。闇が揺れた気がした。

「……」

「……」

足が、止まる。二人の間を風が吹き抜けてゆく。

「……ところでレイ」

「……ん?」

ルーティスに返すレイ。

「……今から宿でも泊まらない? もう夜も更けてきたしね」

「……さんせー」

二人共、路地裏目指して歩いてゆく。

そして路地裏に入る瞬間に、一足跳びに駆け出した。


「おい! 感づかれたぞ‼」


刹那。多数の声が飛び出し空気が一瞬で唸る。もう身を隠す必要もないのだろう。影から傭兵崩れと中年男性がこん棒や鉈やナイフ等の得物を片手に駆け足で追いかけてきた。

角を曲がり、さらに奥へと走る少年二人とそれを追いかける如何わしい連中。

「しめた! あそこは袋小路だ‼」

やがて少年達が右の角を曲がった時に歓声が上がる。そう。この町の地理を把握している者なら誰でも知っている。あそこは袋小路なのだ。これは追い詰める手間が省けたと大喜びで如何わしい連中は角を曲がる。

「おいガキ共! ちょっとおじさん達に付き合え、よ――」

そしてそれぞれの得物を構えて、動きが硬直した。

何故ならそこにはルーティスとレイが、腕組みをして不敵な笑顔で仁王立ちしていたからだ。普通なら追い詰められた恐怖で引き吊るはずのあどけない表情も、涙を浮かべる可愛い双眸も、慈悲を乞い願う声変わりしていない中性的な声も、無い。まるで自分達を待ち構えていたんだと言わんばかりだ。

「ひーふー……五人か」

「確かに気配はそれぐらいだったよ」

指を折り曲げるレイと腰に手を当てるルーティス。お互いにお互いを見ながら、答えていた。

「……んで、おっちゃん達何か用? 悪ィけど、おれは無一文で金なんかねぇーぞ? つーかよこせ」

「僕はお金あるけどギャンブルみたいな事には使って欲しくないから渡せないよ?」

向き直り尋ねる少年二人。一人はそれこそ追い剥ぎでもう一人は頼りになるお母さんみたいだ。

その全てを見抜いている余裕綽々な態度で誰もが気づく。そう、こいつらは最初ハナっからこちらを迎え撃ちするつもりだったのだと。

だが。リーダー格っぽい傭兵崩れは迷いなくこん棒を振りかざす。

「顔さえ傷付かなければ別にいい‼

行くぞテメーら‼」

そうだとも。幾らガキ共が悪知恵を巡らせた処で所詮ガキ……。大人に勝てる道義はどこにもない。

迫ってくる傭兵崩れ共に拳を構えるルーティス。

しかしレイが彼の前に手を出して制した。

「おれがやる」

言い終わる前にレイは意識を集中し魔法を創り出す。

「吹き抜けろ。一陣の風。『竜の息吹』!」

完成したのは暴風を吹かせる魔法。暴風は路地裏から大通りまで一瞬で吹き荒ぶと、傭兵崩れ共を全員転ばせて昏倒させる。しかし破壊力は無いみたいだ。壁や窓が軋むだけで壊れたりしないから。

「ふゥいー……これで全滅かな?」

一息つくレイに、

「……惜しい。後一人いるよ!」

叫びつつルーティスが横に跳ぶ。レイが気づいた瞬間には。無精髭の中年男性がこん棒を降り下ろしていた。

「ち……」

さらに薙ぎ払うような甲蹴り。年齢を感じさせない敏捷さだ。ルーティスはそれを後ろに跳んでかわすが中年男性はさらに踏み込んで得物の無い手で軽やかな正拳を二、三発、連続で打ち込む。動体視力を頼りにルーティスは瞬発力でかわすが、今度は水平にこん棒を振って攻撃を繰り出す。

(……中々早いね、この人。闘技場の拳闘士並みの攻撃速度だよ)

肌で拳圧を感じながらルーティスは双眸を細め回避する。

さらに追撃の足刀と後ろ回し蹴り、前蹴りや拳の連撃とこん棒の一撃。鋭い攻撃が止まずに迫る。

(……妙に必死だねこのおじさん?)

どうにも腑に落ちない様子で、ルーティスは彼の攻撃を捌き続ける。こんな汚れ仕事をやっているのだから必死なのは判る。失敗すれば命が無いから。だが……それ以外の『ナニカ』が攻撃の中に垣間見える。

言うなればそれは『護りたい人を護る』気持ちとでも呼べる代物だ。ただ『小金を稼ぎたい』という欲の滲みならすぐに判るし諦めだって早いのだ。

しかし彼は引かない。一歩も諦めない。それは背後に何かあるという証明だ。

「ねぇおじさん。僕らを捕まえてベニング侯爵さまに売るんだよね?」

拳打を捌きつつ質問。

「……感が良いな、坊主」

中年はこん棒を振りかぶり、袈裟斬りを放つ。


「僕らを生け贄に、誰か取り返したいのかな♪」


にっこりと微笑みかけたルーティス。無邪気で素朴な、少年の笑顔。だがそれとは裏腹に。言葉は研ぎ終えたナイフより鋭い。

「――!」

一瞬眼を見開いて中年男性が止まる。僅かな揺らぎ程度の隙。

そしてルーティスはそれを見逃さない。刹那で左足を軸足に捻りを利かせて腰まで力を持ってくる。そしてそのまま腰を捻り、勢いを殺さず筋肉全体の力を一瞬で右足の踵まで伝え、彼の鳩尾に足刀を叩き込む。

「が……っ!」

パシィッッ! という音と共に正確無比に最大出力の攻撃を急所に打ち込まれて。中年おじさん呻きながら膝を折る。

ずるずると片膝を突いて崩れ落ち、逆流してきた胃液を吐いた。

「……おじさんごめんなさい、こんな手荒な事をして。でもちゃんとお話したいんだよ。

僕らを売って何をしたいの?」

ルーティスも同じ目線まで屈んで尋ねた。


「……あれ? あんたキーファのいた孤児院に来てなかったか?!」


ルーティスの背後で驚愕の声。

振り返るとそこにはレイが気絶した傭兵崩れの身ぐるみを剥ぎながら驚いていた。

こんな状況でもレイは……と嘆息しながらルーティスは尋ねようとして、


「お前は……あの時キーファの孤児院に寄付していたガキ……‼」


それが必要無い事を喘ぐ中年男性の言葉から悟ったのだった。

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ベニング侯爵家没落の日 なつき @225993

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