第1話 黒魔道士の悪友

……話は今より数日前に遡る。


旅の途中で立ち寄った町で、ルーティスは親友――もとい悪友であるレイと再会したのだ。

「ルゥ……久しぶりだな? 元気にしてるみたいで嬉しいぜ……。

あと金か食べ物恵んでくれ」

そして再会の言葉が金の無心ときたのである。問答無用に、容赦なく、他にどう形容も出来ない次元で無粋極まりない言葉だった。さすが悪友、である。

こうなった経緯は簡単で。どうやらレイときたらまたしても考えなしに金を使ってしまい、たまたま偶然この町に訪れたルーティスと再会したという訳だ。

「……レイ、また一文無しなの?」

冷たく陰気な蝋燭の光が照らす食堂のテーブル。レイが俯せる対面のルーティスは終始半眼で呆れたと言わんばかりだ。

「あぁ……金は無ぇよ……」

ぐるる……きゅるるるると鳴る腹の虫。こけた頬といい魔力の衰退具合といい……おそらく二日は食べて無いだろうなと容易に推測出来る。

「一番贅沢したのは?」

「昨日の塩を舐めながら水を飲んでたぐらい」

……思ったより、酷かった。

「いいよ、ご飯ぐらいなら。

何でもいいよ、好きなの頼みなよ」

ルーティス君、地面の底から這い出てくるようなため息を吐きながらも、レイにメニューを手渡す。

「ホントかヤッフー! やっぱ持つべきものは親友だよな♪」

がばっと元気に飛び起きて(多分、というか絶対に空元気だろうが)レイは勢い良くメニューをかっさらう。

「じゃあ肉だ‼ 肉をありったけ持ってきてくれよ‼ 種類は何でもいいからさっっ‼」

気力を尽くしてレイは大声でご注文。他のお客がくすくすと笑っていた。

「……レイ、相変わらずお金の使い方下手だよね。ちゃんと考えて使ってる?」

「知らね♪ おれは宵越しの銭は持たない主義だからな♪」

「……オニヘビに頼んで鉱山に売りつけるよ?」

冷たく呟いて。ルーティス君、腕組みをしながら椅子に凭れかかる。

「じ……冗談だよな……」

一瞬で玉みたいな冷や汗が吹き出るレイ君。

「確か人肉のソーセージって意外と美味だってオニヘビ言ってたよね~。

……子どもだと特に肉が柔らかいとか」

それに対してルーティスはぎし……と椅子の背もたれに体重を乗せて脅しをかけた。半眼で見据える姿も相まって……中々恐い。

「いやいやほら! ちゃんとお金は返すから! な! だからほら‼ そんなおっかないの止めてくれ‼」

「じゃあ少しは考えてお金使いなよ。

……まぁレイの事だし、どーせ苦労していた子どもにあげたんだろーけど」

頬杖を付いて顔を背けるルーティス君。

対するレイ君、「うぐっ?!」と呻いて青ざめる。……どうやら図星みたいだ。

「……普通は自分が自滅するまではやらないものだよ、判ってる?」

「いやほら……だってチビ共困ってたし……」

ルーティスの物憂げな半眼の流し目に、レイはますます追い詰められて真実を語る。

(……まぁ僕もその場にいたら絶対に同じ事したよね)

胸中で、深く嘆息。だってレイの気持ちは判らないでもないからだ。自分だって飢えたり苦しんでいたりした子どもがいたら絶対助けたに決まっている。……例えその後に、自分がどれだけ困っても、だ。

この悪友――もとい親友、レイの一番の問題点はその振り幅が極端過ぎるだけだ。彼は後先考え無いでやってしまう。……後はあんまり、問題が無い。

そんな事を考えていると、二人のテーブルに料理がたっぷり運ばれてきた。

熱々の湯気が昇るミートパイに肉の茹で団子とオートミール、ソーセージ――更にはガーリックのチップを乗せた大きな骨付き肉までやってきたのだ。

「やったぜ骨付き肉だ‼」

レイは大喜びで骨付き肉にがぶりつく。右手で熱い肉を食い千切って胃の中に収め、左手でミートパイを一枚丸ごと掴んで食べつつソーセージも一緒に食べていた。……とっても行儀は良くない。

……まぁしかし。

「旨ぇ旨ぇ‼ マジで旨えよ‼」

まぁしかし。この食べる事に必死な姿を見ていたら、何かどうでも良くなってきたルーティス君だった。食べ続けている彼を尻目にルーティスはウェイトレスを呼ぶと、「水を樽いっぱいと一枚肉のステーキにガーリックライス。後はあったら果実水と野菜スープを下さいな。あ、水は出来るだけ早く!」と料理の再注文をしたのである。

「ところでレイ」

「んあ?」

ミートパイと骨付き肉を食べ尽くして、指先を嘗めていたレイの動きが止まる。あれだけの量が一瞬で消えていた。

「……いや、別にいいか。続けて食事を」

まぁ話しかけるのも可哀想か。ルーティスは会話を中断すると食事を促した。

「変な奴だなぁ」

腹を減らしていたレイは気にも止めずにガーリックライスを木製スプーンいっぱいに掬って食い漁る。

そんなルーティス達を見定めるように、くたびれた無精髭の中年男性と傭兵崩れみたいな連中数人が。奥からじっと見つめていたのだった……。

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