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 峰館林高校から自宅までの道のりで、降っていた雨は勢いを増していた。久しぶりの曇り空も梅雨前線の延長線でしかなく、いくらか時間が経てばまた、このように雨を降らしてくる。六月にはなくてはならないこのループも、数週間後には慣れ始めるというか、諦めがついてあまり気に留めることも少なくなってくる。事実、俺は今傘を持っていないため、少し弱めのシャワーのような雨に打たれていても平気で歩いている。


 もう約一時間ほどで今日が終わりを告げようとしている中、他に通行人はいない。降りしきる雨の音だけが耳元に聞こえ、考え事に優しくアプローチしてくるBGMのようだ。


 家路を半分くらい行くと、俺が目覚めたあの公園が見えてきた。天気のいい日なら、たまに学生たちの溜まり場になっている公園も、雨の日となると話は変わってくるようで、近くに行けば聞こえてくる声も今日はさすがに聞こえてはこない。公園の前で足を止めると、ひっそりとした雰囲気が身体にひしひしと伝わってくる。あまり広いと言えないこの公園は、出入り口付近からでも公園内の様子が目に見える。設置されている遊具が全て雨に濡れ、風邪をひきそうなほどにちっぽけに見えた。


 ぐるっと一周見渡して、唯一この公園にひとつだけ設置されているベンチが視界に入ってくる。電灯が照らすそのベンチに、いつか見た少女の影を発見した。


 俺はなんとなくそれを予想していて、あまり驚きはしなかった。それの証拠に、自宅に帰るのにわざわざ遠回りになる公園が隣接する道を選ぶことなんてするわけがない。俺はその少女のほうへ向かう。雨の音のせいか、俺の足音は大きくは響かず、気が付いた時には直ぐ隣にいた、といった感じの驚いた表情を少女が浮かべた。たぶん驚くもう一つの理由に、まさか来るとは思わなかった、というのも少女の中にはあったのかもしれない。


 俺が少女の目の前に立つと、思った通りの言葉が少女から発せられた。


「なんでこんなところに……」

「その前に訊きたいことがある」、俺は一拍置いて、

「なんで多下幸の幼い頃を装っていたんだ?」

「もう、ばれちゃいましたか……」


 少女はそう言うと、びしょ濡れのベンチに空きスペースを作り、俺に座るよう促した。自分の身体がびしょ濡れの状態でも、正直、濡れているベンチに自ら座ろうとは思えなかったが、長い話になるだろうと思い、しかたなしに少女の隣に座り込む。尻と太ももの裏が水で湿り、今までよりもずっと不快な気分になった。


「頼まれたんです。多下幸さんに。初めてのことで危険が伴ってて、あたしもちょっと気が引けたんですけど、そんな悪い人には見えなかったし、しっかり返してくれたので。もうちょっと協力できればよかったんですけど……」


 雨に濡れて長い時間が経っているのか、少女は寒そうに鼻をすすった。疲れているのか猫背になりがちで、身体が怠そうにしている。場所を変えようかと訊いたところ、少女は多下幸に顔向けできないのでこうして償いたいと言った。その心理が俺には分からず、少々心配ではあったが話を進めることにした。


「多下幸とはどういう関係なんだ?」

「友達です」

「友達? きみの見た目から考えてもそんな風に思えないんだけど」


 多下幸は俺と同じ高校二年生だ。歳の離れた妹というのなら話は分かるが、どう見ても少女は小学校低学年。高く見積もっても、高学年には全く見えない。そんな子が女子高校生と、どうやって知り合うことができるのだろうか。俺が訊く前に少女は続ける。


「そう思われるのは普通ですよ。でも街を歩いていたら、そういう出会いだってします。会った時はあたしも本当に驚きました。今ではそんなこともなくて、きっと、あたしの小学校の友達よりもあたしのことを知ってくれています。家族って言ってもいいくらいです」

「そんなに仲が良いのか?」

「はい。とっても……」


 少女はそう言って、さっきよりも深く俯いた。雨をたっぷりと含んだ少女の髪の毛は、しきりに雫を落としている。電灯の光で艶やかに輝く髪の毛が、まぶしく俺の目に映る。小さなサイドテールを作っている髪留めも、本来の色とは違った深い色になっているのだろうと予想が付く。少女をよく見ると、やはり小刻みに震えているようだった。


 数分話さなかった少女は、意を決したように小さな手で弱弱しい握りこぶしを作ると、さっきよりもトーンを上げて俺に伝える。


「澤村さん。多下幸さんを助けてあげてください。あたしにはもう力をお貸しすることができません。やっぱり澤村さんではなくてはダメなんです! 再会場所に手紙を置いてきたと言っていました。澤村さんならもう気づいているとも。……お願いです。幸さんを助けてください!」


 必死の叫びだった。少女の真剣さに俺は少しだけたじろいだが、行ってみる価値があるとも思った。もう一日会っていない多下幸の行方が分かっているのなら、実際に会って話をしたほうが全ての解決に繋がる。何故かは分からないが、考えている時間がもったいないように思え、俺は少女を公園に残し、再会場所らしい峰館林高校の屋上に向かうことにした。


「分かった。きみが望む通り、絶対に助ける。そのかわり、二人にはしっかり真実を話してもらうからな」

 俺はびしょ濡れのベンチから立ち上がりながら、少女のほうを一度も見ることなくそう言って、

「最後に、きみの本当の名前は?」と、訊くと少女は「信じてくれますか?」と言ってから答えた。


「あたしの名前は、多下幸です。正真正銘、嘘なんかついていません」

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