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「まさかとは思ったけど、登校が再開した日に彼女の姿は見られなかった。実際にその時担任だった先生から生徒の名前を告げられて、同じクラスだったわたしたちは数日間はその生徒の話で持ち切りとなっていたよ。ある日、亡くなってしまった生徒の親友の子が、棚槻さんは元から何かしらの問題を抱えていたらしく、過去に戻りたいという発言が何度かあったとクラスメイトに話していた。それが信憑性のない噂を信じたい、という気持ちにさせてしまったみたいだったんだよ。


 噂好きの生徒に関しても、棚槻さんが亡くなって以降、学校に顔を出すことが無くなってしまってね。小耳に挟んだ情報だと、保健室にいたという目撃情報もあったけれど、わたしはその姿を確認できなかった。その時は真っ先に彼に謝りたくて、警察が調べに来たらそれを認めようと決していたのだけど、それはなかった。学校側もこれ以上、大事にしたくなかったのかその事件について触れることもしなくなってしまって、わたしは間接的に殺人を犯してしまった犯罪者として高校を卒業した。


 その後、やっぱり自分の犯したことに心残りがあったんだろうね。いつの間にか足は近くの交番に向いていた。自首しに行ったんだよ。それなのに、警官は困った顔をして何の事だと、逆にわたしに訊ねてきた。愕然としたわたしは、警官が呼んだ母親の車でそのまま自宅に帰ることになった。今でも分からないことなんだけど、教師たちか棚槻さんの両親かで、何かしら話し合いがあったのかも知れない。

 だからわたしは煮え切れないまま教員免許を取得して、この高校で今では学校長として働いている。気が向いたときに屋上に行く話をしたけれど、本当は天気がよければしょっちゅう夕陽を見に屋上に行っているよ。何て言うかな。一種の罪滅ぼしなのかも知れないね」


 田嶋校長はそう言い終えると、また一口お茶を啜った。


「つらかったですか?」、俺がそう質問すると、

「あの頃は毎日のように憂いていたよ。今はもうそんなでもないけどね。大きなことほど案外、簡単に忘れられてしまうのかも知れない。人間とはそんな単純明快にできているのかもね。それに、自分が手を下したと思えないんだよ。凶器を持って殴り掛かったわけではないから、そういうことが不安定な感情を作り上げているのかもね……」と、静かに答えた。


 校長の話を聞いて、俺は何かが喉に引っかかっているような違和感を覚えていた。話ではインターネットがまだ普及されていない時代だから、SNSに書き込むことはできないはず。なのに、多下幸はそれをインターネットで調べ上げてきて実行に移した。考えられるのは誰かしらが、過去、田嶋校長が作り上げた噂を少しだけいじり、再びそれを広めようとしているかもしれないということ。もしもそれが本当になされていたとしたら、同じような間違えを犯してしまう人が出てしまうかもしれない。現に、俺は巻き込まれている真っ只中だ。止めなければいけない気持ちもあるが、それ以上に、田嶋校長が話してくれた出来事の重みがありすぎた。


 俺はどう切り出そうか少しだけ考えてから、静寂を切り裂くように自分の身に起こったことを、話すことにした。


「なんだかおかしな話だね。失礼な言い方にかもしれないけれど、全く現実味がない」


 俺が昨日の深夜からあった出来事の思い出せるものの全てを話したところ、田嶋校長は唖然とした様子で、そう言った。


「しかしひとつだけありえないことがあるよ」と前置きしつつ、俺の後方にある、校長が仕事で使っている立派な机に上に置いてあるパソコンを指差して、

「あれ以来日課になっていることがあって、そのわたしが作った七不思議がどういう形かは分からないが、インターネットに出回らないように監視していたからね。似たような内容のものもいくつか見られたけど、この高校を名指しで書いているものは見受けられなかった。見落としがあったことは否定できないけど、その、多下幸さんが言うようにこの高校限定の内容だったのなら、見られる可能性は極めて低いことだとわたしは思える。時間も長いこと経っているしね」


「だけど、多下はインターネットで見て知ったと言っていました。先生は多下が嘘をついていると言いたいんですか?」


「そういうことではないけど、しっかり考えてほしい。きみはさっきのわたしの話を聞いて、タイムスリップが実在しないことを知ったはずだ。謎の焦点は何故、きみが屋上から移動して公園にいたのか。きみほどの体格の子を女子生徒、しかも小柄な子なんだよね、多下さんは――が担いで場所を変えられるとも思えない。もしかしたらきみは、夢を見ていたのかもしれないよ」


 俺は田嶋校長のその言い方が少しだけ頭にきた。しかし、よくよく考えてみると全てが夢物語のようで、ファンタジー小説のようなどこかふわふわしたことが多すぎる。七不思議についてもそうだけど、自分を多下幸だと言い張るあの少女も不気味すぎる。俺の家には誰かが、事実とは違うことを伝えていた。俺の周りで誰かが何かをしようとしている。それだけは田嶋校長の話を聞けば分かることだった。


「とりあえずきみは、今日のところは家に帰ること。友人の家に泊まっていることになっているようだけど、きみが御両親に伝えていないと言うのなら、誰がそれをしたのか御両親に訊くべきだ。多下幸さんかもしくは、自分を多下幸さんの幼い頃と偽った少女のことは、ひとまず置いておこう。御両親にきみの元気な顔を見せることが先決だからね」


 田嶋校長が言ったことにうなずこうと思ったところで、不意に校長室のドアがノックされる音が聞こえてきた。真剣に話していた俺たちは一瞬驚いて、ドアのほうに目を向ける。ドアの向こう側から聞こえてきたのは、今日見回り当番になっていた教師の声だった。


「校長先生。もう校門を閉める時間なのですが、まだお仕事かかりそうですか?」


 その教師は気を使ったのか、ドア越しにそう言ってきた。

 田嶋校長は備え付けの時計を見ると、のんきそうに、もうこんな時間かと言って、

「門はわたしが閉めて帰るので、先生はお先に上がってください」と、ドア越しの教師にそう告げた。


 申し訳なさそうな返事が聞こえてくると、そのままドア越しに挨拶が聞こえ、数秒後には廊下を歩く音に変わっていた。


「わたしたちも帰ろう。今回きみから聞いた話は、直ぐには公にするつもりはない。たぶん警察に話しても、わたしと同じように呆れられてしまうのが落ちだろうからね。――わたしのほうでも多下幸さんのことについて調べてみるよ。きみは深追いせず、ほどほどにしておくんだよ。わかったね」


 田嶋校長はそう言うと、帰り支度を手早く済ませ、俺と一緒に校舎を出た。

 夜遅いから送って行くと田嶋校長から提案されたが、頭がいろんなことに追いついておらず、歩いて帰りたい気分だったので、丁重に断った。寄り道をしないことを田嶋校長と約束すると、小雨がぱらつき始めた空の下の家路を歩き始めた。

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