9


「えっ!?」


 突然の台詞に、思わず声を上げて驚いてしまった。


 恐る恐る周りを見渡すと、さっきまで賑やかだった小学生の団体が一斉に、こちらへと目線を転じている。子どもたちの迎えに来たのか、中には大人の女性の姿が二、三人見られる。子どもたちは突拍子もない奇声に、ぽかんとしているだけだったが、大人たちの目線は完全に俺を不審者として捉えているように見える。ここで、ひそひそと話を始められ、子どもたちを強制的に帰らせ始めたとしたら、それこそ事だ。


 俺はできる限りの平然を装い、レクリエーション中の団体から視線を外す。

 子供多下のほうに視線を移すと、それはもう真剣な目で訴えるかのように俺を見つめている。そんなすがるような視線をあてられても、直ぐに返答するには問題がありすぎる。本人の同意の上だとしても、親や学校、警察官なんかに知られでもしたら、それこそ俺の今後を左右する大問題になりかねない。しかも、ここには目撃者も大勢いるし、子供関係の問題で強く出られる主婦たちもいるのだ。安易な行動は避けたい。


 しかしそんな希望も子供多下には、当然届いておらず、人目もはばからずに続けるのだ。


「大丈夫! お兄さんがコウを誘拐してるって気づかれないように、コウも頑張って演技するから! 演技、得意なんだよ!」

 子供多下は得意げにそう言った。


 そういう問題ではない。誘拐する前に犯行予告する(しかも被害者側から)誘拐犯は、この世のどこを探してもいない。いるわけがないにも関わらず、子供多下は未だに必死になって懇願している。まず止めるべきだと思うが、突然口を抑えるけるわけにはいかないので、俺はできる限り周りに聞こえる声で、子供多下を制止する。


「誘拐は犯罪者になっちゃうからできないけど、一回しっかり話し合うべきじゃないかな!? というか、この話は難しそうだからどこか静かで――」失言までにかかった時間は僅か数秒だった。

「二人きりになれるとこに、移動、し、ようか……」


 たぶん聞き間違えだと思うが、俺の視界の見えないところで主婦たちの騒然とする声と、何かを一生懸命手で操作する気配を感じられた。選択肢は逃げる、か、この場を後にする。実質上の一択を決め、俺は子供多下に、「分かったから、とりあえず場所を移そう」と提案し、急いで公園を抜け出した。


 3


 かなり走った。できるだけ遠くを目指して、いつの間にか峰館林駅の裏側まで来ていた。


 峰館林駅は公園からほど近い所にある。駅周辺には、駅ビルに加え、大型商業施設のほか、ファミリーレストランなどの飲食店が立ち並ぶ、市内屈指の繁華街となっている。八年前の街の姿がどんなものだったか全く覚えていないが、元居た時間と比べても目立った変化は見られない。今日って平日なのだろうかと疑問に思ったが、子供連れの客をあまり見ないので推測ではあるが平日なのだろう。その点を踏まえて、隣で息を切らしている子供多下に訊いてみようと思ったが、それよりも先に注意しておかないといけないことがある。


「コウちゃん。はあ、疲れてるところ悪いけど、ああいう公の場で誘拐とか、そういう犯罪的な言葉は、出さないで、もらえると、助かります」


 俺も息絶え絶えになっているので、傍目から見るればこれほど犯罪的雰囲気を醸し出している男はそういないだろう。早期にこの動悸を直すべく、俺は慎重に深呼吸をする。

 俺よりも息切れしている子供多下は、まだ話せない様子で地面に倒れこんでしまった。


「コウちゃん、大丈夫か?」と問えば、少しだけ頭を上下に振り答えてはくれている。

 公園にほど近いといっても、俺と子供多下がいる現在地は峰館林駅の一般に知られている表側とは逆側で、構内を通り抜けなければ他に道は駅から数百メートル線路沿いを行ったところにしかない。しかも全力で走っていたとなれば、高校生の俺だって体力の限界を感じる。小学生の子供多下に至っては、よく着いて来られたものだと思う。


 ちなみに、警察官なんかの追っては全く来る気配がなかった。公園での主婦たちの行動は、俺の思い過ごしだけだったのかも知れない。 

 気が付けば空は焦げた銀色に変わっており、いつも以上に辺りを暗くさせていた。


 呼吸が落ち着いてきたのか、子供多下は胸に手を当ててまだ肩で息をしている感じではあるが、よたよたと立ち上がった。

「なんで、急に走り出したの……?」


 俺の言葉は子供多下には届いていなかったらしい。同じことを言うのもなんだかバカらしいので、誘拐って言葉は使用禁止、ということだけ伝え、辺りも暗くなってきたし、空模様も怪しいしで近くのファミレスに入って、子供多下の話を聞くことにした。


 少し歩いただけでファミレスが点在しているここら一帯は、どの店もガラス張りになっているため、店内を除くことができる。やはりこの時間になっても家族連れは見られず、帰りがけの学生たちを頻繁に目撃していたので、俺の推測は正しかったらしく今日は平日のようだ。


 目の前には子供多下が俺を誘導するかのように、スタスタと歩いている。さっきまで息を切らしていた少女と、同じ人物だとは全く思わせない軽快な足取りだ。軽やかに歩く子供多下の足はある店の前でふと止まり、俺に断りも入れず、元から入る店が決まっていたかのように迷いなく入店した。店名を確認してみると、テレビのCMでもよく見る、誰もがその名を知るファミレスの代表格といっても過言ではない所だった。ここだったら一学生の懐事情にも優しい値段なので、俺も子供多下の後を追うように店内に入った。


 やはり学生が店内のテーブルの大半を占めており、俺たちは運良く一番隅のテーブル席に座ることができた。入店の際、子供多下が店員に人数を聞かれ、さりげなく「お兄ちゃんと二人です」と強調してくれたおかげで、何も疑われることなく席に着くことができた。

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