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 午後十一時二十六分。俺は今、峰館林高校の校門の前にいる。


 不良少女もとい多下幸に指定された時間より、二十分弱早く着いたのだが、ご存知の通り校門は鉄の柵で閉じられ、外部からの侵入を断絶している。多下幸からの指定はもうひとつ、待ち合わせ場所がこの高校の屋上ということになっているのだが、どう行ったものか。単純に校門をよじ登り、侵入すれば話は早いのだが、そんな大胆な行動をとるようなまねはできない。いつ、どこで、誰が監視しているのか分かったものではない。住宅街が広がっているわけでもないので、頻繁に人目に触れるということは少ないのだが、もしもの場合がある。細心の注意を払わなければ、俺の今後の高校生活に支障をきたしてしまう可能性も考えられる。というか、普通の学校生活を今後送れるかも怪しくなってくる。まあ何を言っても、最終的には不法侵入になってしまうのだけれど。


 俺はとりあえず、人目に触れることが一番少ないところ、学校の裏側へと回り込むことにした。俺の記憶が正しければ、たぶんこの辺りに……。


「見つけた」


 その場所は校庭を囲むように設置された、よく見る緑色の侵入防止柵の一角。高校付近を散策している時にたまたま見つけた、唯一校内へと侵入ができそうな場所。全ての柵の上には、有刺鉄線が張り巡らされているのだが、見落としか直し忘れか、一か所だけ有刺鉄線が無い柵がある。それがここというわけだ。


 柵の内側には中木樹が植えられており、入ってしまえば夜だと、まず、人間が居ることには気が付かないだろう。


 容易に、侵入に成功した俺は、姿勢を低く保ったまま中木樹を抜ける。校舎の裏側だけあって、全く手入れがなされておらず、地面は夜間のせいか少しだけじめっと湿気ている。水気を含んだ土を取り払うと、校舎の全貌を仰ぎ見た。


 そう言えば待ち合わせている場所はここの屋上だ。一難去ってまた一難。折角人目に触れずに侵入できたというのに、屋上までの道がない。外壁を上れというのか。ひとまずは空いている窓を探すべきだと思い、近くの窓から戸締りのチェックを開始する。窓に手をかけた瞬間、一筋の光が俺の手を照らした。同時に俺の体には緊張が走る。まさか見回りの教師がまだ校内にいたのか。俺は身構えた。が、教師の説教の声は聞かれず、驚くことに最近聞いた声が俺にかけられた。


「何やってんだ、お前」

 呆れてものも言えない、そんな気だるい声だった。しかしその声の一部には透き通ったものがある。


「多下幸!?」

 俺は懐中電灯に照らされた多下幸の顔を見て、驚きのあまりしりもちをついた。情けない音が一瞬だけ響く。


「なんでお前、校舎の中にいるんだよ!」

「なんでって、そりゃあ屋上に行くのに壁よじ登るバカがいるか?」

「違う。俺が言いたいのはその前段階だ。どう入ったか」

「ああ……、てか言ったろ。保健室の窓だけ開けといてもらうって」

「いや聞いてねえよ。初耳だよ」

「分かったから早く上がれよ。てか、お前今何時だと思ってんだ? 約束は10分前のはずだったけど?」

「無理だろ。どう考えたって」


 絶対、校舎まで侵入するって考えてなかったろ。と、多下幸に愚痴られながら、少し高めの位置にある窓から校内に忍び込む。


「てか、さっきの言い方だと、保健の先生はこのことを知ってることになるんだが?」

「ああ、知ってんじゃないか? 知らんけど」


 いや、どっちだよ。俺は心の中でツッコミを入れた。けして声には出さない。声を出したらたぶん、半殺しにされるだろうから。


「いでっ!!」


 そんなツッコミも露知らず、多下幸はいきなり俺の尻にローキックをお見舞いしてくる。思ったようにクリーンヒットしたみたいで、俺の尻と多下幸の脚がぶつかった音が廊下中にこだまする。


「あ、なんだ。カカシだと思ったわ。てかアンタ、痛みとか感じるワケ?」

 多下幸はニヤニヤとした表情で俺を見下している。

 お前は俺を何だと思ってるんだ!

「いきなり何しやがる! 生きてんだから痛みくらいあるのは当然だろ!」

「マジか。知らんかったわ」


 多下幸はそう言うと、持っていた懐中電灯で足下を照らした。

 どうやらもう飽きたらしい。


 俺は痛みのある尾てい骨の辺りを押さえながら、多下幸に向き直る。今日は昼間といい、どこかしらに痛みがないと、こいつとはまともに話すことができないらしい。おっと訂正。もう既に時刻は零時を回っている頃だから昨日のことになるか。持っていた携帯電話で時間を確認すると思った通り、日付が変わって三分、時間が経っていた。


「それで。屋上行くんだろ?」


 正直行きたくはなかったが乗りかかった船だし、ここまで来たのなら何故多下幸が俺を夜の屋上に呼んだのか、しっかり理由を知っておきたかった。


「え? あ、うん。ついてきな」


 多下幸はなんだか不満そうな顔をして、先頭を歩き始めた。廊下を右に折れて階段を上る。夜の学校は、イメージ通りの雰囲気なのだけれど、けして恐怖するほどでもない。歩みを進めるごとに、足音が反響し、四方八方から耳障りな音が奏でられる。俺的には、その反響する音が気になり過ぎて、怪談とかオカルトとかに気を使っているひまはなかった。


 そんな中、俺たちには会話はない。いつの間にか最上階の階段に差しかかっていた。

 多下幸がおもむろに屋上へと続く扉のドアノブに手を伸ばす。俺はその手を制止した。

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