第一章 不良少女と通り雨
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二〇××年六月。
なんともジメジメとした気候の中、俺、
去年、現在通っている高校に入学して二度目となるこの時期に俺はフワフワとした、どこか頼り気のないそんな気分でいた。それもそのはずで、俺が高校二年生になって二ヶ月。やっと先輩としての自覚を持ち始めたからである。とは言っても、高校一年生の頃から部活動には所属しておらず、一応帰宅部という名の申し訳程度に付けられた何もやっていないのレッテルには組織している。目標なんてものは無いのだけれど。
つまり、俺は未だ、後輩という存在を持ってはいなかった。別にそんな懇願してまで欲しいものではないのだけれど、要するにただ『体』をとっておきたかった、それだけのことである。
雨はザァーっと音を立てながら、俺を中心に四方八方へと飛び散った。地面に落ちると水滴は我を忘れたかのように、俺の靴の中に染み込んできて、嫌というほど靴下と足を濡らしていく。もう三日も続いているこの天気で憂鬱になっている俺をさらに追撃した。
「くっそ・・・・・・」
家を出てからこの言葉しか出ていなかったことに気が付いたのは、学校に近づいてからだった。
自宅を出て徒歩三十分の場所にあるここ、
ただそれは、一人の女子生徒を除いての話になる。
校門からは見えない南校舎の裏側にある昇降口を抜け、右に廊下を進むとある階段を三階分上がると俺の教室は見えてくる。一組から四組まで並ぶこのフロアは主に二年生が学校生活を送る場である。廊下では昨日やっていたテレビ番組の話をして大袈裟に笑う男子生徒たちや、二人ペアで何も会話はなく、俺が来たほうと逆方向に廊下を行く女子生徒。俺はそれらを見ながら廊下を進む。
すると見えてくる三組の表札。二年三組が俺の在籍している教室である。
教室の扉を開け、無言で入って行く。
まず挨拶は無し。
俺は背負っていた通学鞄を自分の机に静かに置いた。
勘のいい人ならばもうお気付きだろう。前述した、生徒同士が仲が良いっていうのは当然のごとく人による。少なくとも他の中学からこの高校に入学してきた生徒については当初は友達のとの字も見られない。時間が経つにつれ、対話能力があったり、垢抜けている生徒に限っては地元民で構成された輪の中に自然に入って行く。最近まで一人でいた生徒が、いつの間にか他の生徒たちと仲良さそうに話している光景を目にすることも珍しくはなくなっていた。
俺はというと、地元民だというのに仲良くしている生徒は一人とていない。正直、何故かも分からない。原因を知っている人がいるのなら、ぜひとも教えてほしいものだ。中学の時はそんなことはなかったと思うのだけれど、時間が経っているから鮮明には思い出せない。自慢ではないが、記憶力には自信がないのだ。
どうしようもないくらい、じめっとした靴下を替えるため、鞄の中身を探る。こんなこともあろうかと、靴下の替えを持ってきていた俺を褒めてもらいたいものだ。
すると、教室がどよめき始めた。
俺もそのどよめきで、落としていた視線を上げる。意外な光景が俺の目に入ってきた。いつもとは違う珍しい光景。
その光景とは、この高校唯一の不良少女の入室風景である。
平然と歩いている彼女ではあるが、教室全体の空気は一瞬にして張りつめていた。教室にいる生徒からは、ひそひそと小さな声が上がってくる。
一瞬で人目を引いてしまうその女子生徒の名前は、
髪色は黒と、不良という感じを抱かせない。前髪は目元まで伸ばしており、軽いショートカットである。
最近可愛いなと思ったことは一応伏せておきたい。
多下幸は何気ない顔でクラスメイトたちの視線を軽くスルーすると、彼女の席に着いた。
そこで問題が発生する。
あれ? 俺の席の隣だっけ?
彼女の着いた席は教室の一番後列。廊下とは逆側の眺めも陽当たりもいい、クラス中が羨むベストポジションだった。
ふと周りを見てみると、クラスメイトたちは俺と多下幸の席から離れた場所に避難していた。爆発物とかじゃないんだからそんな距離置くこともないだろうに。
なんとなく腹立たしさがあったのだけれど、正直のところ、俺も逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。しかしながら手遅れで、完全にそのタイミングを逃してしまっていた。
左からは違和感のある真っ黒なオーラが。
右からは今の状況の俺には痛すぎる視線が注がれていた。
もうきっぱり諦めよう。この状況の打開策なんて無いんだから。
そう思い直ると、俺も多下幸に習い、何食わぬ顔で一時限目の準備をし始めた。
すると突然、隣から声をかけられた。
「おい。なんでお前は他の奴らみたいに逃げないんだ?」
その声はお察しの通り、左隣の多下幸から放たれたものだった。
俺はその問いかけに、完全に思考が停止してしまった。そんな俺を見て何かを察したのか、多下幸はひつつ溜息を吐いた。
「質問してるだろ? 答えろ」
さっきよりも低いトーンは、学年全体はおろか、学校全体で恐れられている生活指導の教師の説教よりもある意味、恐怖を感じた。
「え、いや・・・・・・。別に理由はないけど」
逃げどころを失ったとか、そんなこと言えるはずがない。額には脂汗が滲み出る。できるだけ言葉を発しにように目線を恐る恐る外す。
「そうかよ・・・・・・」
多下幸はそう言うと、自分の通学鞄を机に置きそれに突っ伏した。
周りからは安堵の溜息が聞こえてくる。
いや、せれはこっちのもんだろ! という心の声を抑えつつ、一時限目の支度をし終え、俺はトイレへと立った。
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