鬼神の事
ではお前に問おう。
お前はなんだ?
お前はどこだ?
お前は誰だ?
お前は――そう、最初からいなかった。
倒れ伏した男を見下ろして、私は携帯端末で連絡を入れる。すぐに付近に待機している特テの職員が、物言わぬ生者となった男を回収に現れる。
酷いものだ。生きているだけで、思考も自発運動もできない。先ほどまであれだけ雄弁に喋っていた男を絶え間のない絶望で睥睨しながら、私は羨望に舌打ちをする。
私もお前のようになりたかったよ。自分の意思など疾く失って、用済みだと判断されればこうして接続を切られ、生きた死体として回収される。
私が殺した。私の解釈は容易に死体の山を築ける。だからこうしてお前たちを殺して回っている。
ミームファージ。種族名〈
かつて日本を襲った『大祭礼』の発端となった鬼神。同時にミームファージという存在をある一部の集団に知らしめることとなった最初の事例。
私に与えられた任務は、その残党狩りだった。
〈
〈
自我はなく、人間であったころの記憶と挙動を再現しているだけ。であるから、通常人間と〈
ではどうするか。そこで飛び出してくるのが情報防疫班の母体となった日本妖怪愛護協会――の元締めであった国家機関、宮内庁陰陽寮の官僚。すなわち――陰陽師。
私は陰陽師には詳しくないが、彼らがなんらかの特殊な技能を持っていることは理解している。それらを総称して、「式」と呼ぶ。
式神というやつだ。それらは常に意思を見せたり像を持ったりはしないし、使い手によって定義自体が様々に異なるが、とにかく陰陽師はこの式を打つ。
それはもう、打ちまくっているという。ただし、人間に害は与えないが、干渉を及ぼすという面倒な手順――式の上で。
その式がかき消える、打ち消される場合がある。
これこそが狙いであり、〈
〈
その、式が通常ありえざる消滅を果たした地点を記録し、マッピングする。さらに何度も式を打ち、消滅を繰り返させ、式を打ち消した存在を――特定する。
それがなんの変哲もない人間であったのなら、その者は〈
確かめる方法はない。
いや、私以外に――ないのか。
〈
だから、私が相手の前に顔を出せば話は早い。〈
虚無。
それを、顔いっぱいに浮かべる。
どうあっても、人間に表すことのできない無を表層化させ、私に勝負をしかける。
そう。その虚無こそが〈
私は解釈の中で生かされている。
〈
常態ならば、私は私という人間だったものを解釈し続ける。それは絶え間ない苦痛であった。私は私だったものに、常に解釈を与え続ける。耐え難き苦痛の時を思い返し、それを品定めして、当時の苦痛を再現し、解釈によって新たな苦痛を見出し、喘ぐ。
その眼前に、虚無を差し出されればどうなるか。
私の処理能力は、全てがその虚無への解釈へと向けられる。
そこになんらかの解釈を与えようと、私は言葉を用い、相手はそれをかわそうと雄弁に語り出す。
一見、他愛のない言葉のやりとり。だがその実、〈
だが、この勝負は〈
「ない」ものに「ある」ことを定める。
それこそが解釈であり、「ない」というのなら、そこには解釈の余地が「ある」。
よって〈
ああ、なんと羨ましい。
私はもはや、壊れることすら許されない。自分をバラバラに壊しながら生きているのに、その壊された部品を新たな部品にすげ替えて、奇抜な城のようになって動き続ける。
壊れてしまいたいと願う。それすらも
死んでしまおうかと考えたこともないわけではない。
だけど、やっぱり、それはもう少しあとにしたい。
奴を――私の罪の貌をした、私から生み出された怪物を、この手で殺すまでは。
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