補遺 『三日月タタリの解釈違い』の解釈違い
*
話に聞く八寒地獄パフェとやらは、なるほど悪ふざけの産物に違いなかった。
身体の芯から凍える。まず舌から感覚が失せ、次に口内が震え始め、震顫は全身を伝っていく。だが私はそれをおくびにも出さず、咀嚼し、嚥下し続ける。傍から見れば美味そうに巨大なパフェを倒壊させていくようにしか見えないのだろうし、そう見られるために私は行動している。
ただし、やはりこの時間、このダダーという店に客はいない。
しかし、氷菓を好むということに、もう少しまともな解釈を挟み込むくらいの見識はなかったのか。押し潰されて固まったかき氷の部分をスプーンで砕きながら、私はやれやれと心中――私に心中が存在するかという議論はここではなしない――で嘆息する。
単に甘いものが好きだから。常人ならざる存在だから。それだけにとどまらず、大型CPUに不可欠な冷却措置や、脳機能の過剰使用によるブドウ糖の速やかな補給のため――など、いくらでも思いつきそうなものではあるのだが。
しかし結局は、生来の大食漢であるという人格に従っているだけにすぎない。それを看破する知識もなく、得ようとする努力も怠っている。愚かであることだと一喝したくもなるが、残念ながら、それに救われているというまだっるこしい事情もある。
普段は鳴ることない、来店を告げるベルが鳴る。今はもういたとしても役に立たないアルバイトもおらず、マスターが応対に出る。
マスターとしばし歓談して、そのまま自然と、隅のボックス席へと足を運ぶ。そしてそこに座る私という先客を見て、彼は驚愕というそのものの表情を、解釈の余地も与えずに出力する。
「な――なんで――」
私の顔と姿を認識した彼は、はたと気付いてその顔を両腕で覆い隠す。
「月夜くん、顔を見せなさい」
「駄目です!」
「なにが駄目なもんか。いいですか、私がここにいる意味をちっとは考えてみなさい。私はもう、君に殺されはせんですよ」
未だに疑念を持っているがゆえに、彼はまだ顔を隠している。
私は説明には向いていない。ならば適役がくるのを待つだけである。再び、ドアのベルが鳴った。
彼女の絶望を、どうしようもない解釈違いが上書きしていく。いつもそうだ。彼女が私を知覚した時に獲得するのは、解釈違いでしかありえない。
彼には話していない――話せるはずもないことだが、私のこの
彼女が誰よりも強く想いを寄せながら、告げられないまま彼女の解釈に巻き込まれて死んでしまった少女。
かつての思い出の中と全く同じ姿。動かしているのは全く違う人格。そして彼女を殺した元凶のアバターとして、凄絶な苦痛を経て生み出され、運用されているという事実。
全てだ。私の全てが、彼女を解釈違いに陥らせる。だから私も、彼女には近付きたくない。だがそれでも、私がここにいるということは、実際に確認しておいてもらいたかった。
「立待、君、なにかしたな」
「待ってキボウ、僕は本当になにも――」
「月夜くん、クラウドに保存するのは考え物だネ」
それだけで彼女には充分だった。苦々しげな顔して、彼を睨む。
「書いたのか……」
彼もその言葉で理解したようだった。だが、と言いよどむ彼に、彼女は処置なしと首を振る。
「公開するしないは問題じゃない。文章でも画像でも、情報として現存してしまったら、〈
「解釈の余地――」
「それ。加えて、君が書いたことによって、三日月タタリというキャラクターが確立してしまったんだよ。原典の人格と君の書いた人格の二重構造で強度も倍増――マジか……上にもう最終報告上げちゃったんだけど」
その通り。私の名は三日月タタリ。立待月夜と一緒にいた存在とは別物であるかもしれないが、間違いなく立待月夜の知っている、三日月タタリでしかありえない。
「月夜くん、私は約束を果たしにきたんですよ」
なおも私に顔を見せまいとする月夜くんに、私は気にせず言葉を浴びせる。
「もしも君がその身に解釈の余地を挟み込むことができるようになったら――その時はタタリさんが君を解釈する。そうだったね? そして、いま君の目の前にいるのが、その解釈の余地です」
私はどん、と拳でテーブルを叩き、その勢いで立ち上がる。
「解釈違いだッ! なんだあの文章は! タタリさんは君にそんなふうに見えていたのかッ! 言いたいことが山ほどあるから、こうして――化けて出てやったんです。ワハハハハハ!」
私がここに存在しているということは、月夜くんの解釈の余地に寄りかかっているということである。つまり、たとえ彼がその表情に解釈の余地を一切生じさせなくとも、私が存在するということがすなわち彼の解釈の余地の証明になり続ける。
だから――鹿村キボウに説明を受けた彼がようやっとその顔を見せても、私には傷一つつかない。
「タタリさん――」
「なんだね」
平素と変わらぬ返事をすると、月夜くんはわっと泣き崩れた。
げんなりと肩を落とす鹿村キボウに支えられて席に腰を下ろした月夜くんに、私は淡々と話しかける。
「君はよくやっとる」
「僕は――」
「誇っていいことです。タタリさんが例の妖怪のアバターだという立場は変わらんですが、なあに、あんな手合いの手に負えるタタリさんじゃないのはわかっとるでしょう。好き勝手にやるだけですし、文句をつけられたらこっちから文句を返せるだけの力を、月夜くんにもらったからネ」
「タタリさん――」
「タタリさんはもう仕事をやめます」
ぎょっとする――本当にどうなっているのだろう、彼のこの表情というものは。まさにそうとしか形容しようのないものを見事に表層化させている。
「ただ、月夜くんを手伝うことには、手間を惜しみません」
月夜くんのやっていることは上手くいっているとは言いがたい。綺麗事でしかないことは彼も承知の上だし、それで全てが好転するなどという甘えた考えも持ち合わせてはいない。
だが、彼のその甘さ――以前の私が称した「優しさ」に、救われる者はきっといる。
現に、ここにいる。今の私は、彼の理想を先回りした存在であり、彼をそこへと導く手がかり程度にはなれる。
解釈人はこれからも湧き続ける。〈
そしてそれに決着をつけるのは、私ではない。
急かす必要も、強制する権利もない。だが、月夜くんが確立した己の立場を張り続けるのなら、いずれ必ずその時はくる。
「要は、今まで通り――ですよね?」
「フハッ」
覚悟を決めるのは今でなくともいい。この判断の甘さが、愚鈍さが、彼の美点であることを私は認めざるを得ないのだから。
少しだけ、鹿村キボウに視線を傾ける。彼女がずっと、食い入るように私を見つめていたことには気付いていた。それに気付いていないふりをして、たまたま目が向いたように彼女と視線を合わせる。
解釈違いであると、その目は雄弁に語っていた。そうか、と私は目を伏せ、互いに最初からひとことも発さないまま沈黙に包まれる。
あるいはいつか、月夜くんも私に解釈違いを突きつけるのかもしれない。
いや、違ったか。彼は最初からそうだった。だから私はそれを突き返しにここにいるのではないか。
『三日月タタリの解釈違い』の解釈違い。
彼はそれをしかと受け容れている。そしてなお、私はここに存在している。
なんとも間抜けな自己矛盾をはっきり認知すると、私はひどく安心した。
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