第七話 カップリングの解釈

 一箇月ぶりに登校した僕には誰も興味を抱かなかったようだが、僕が当人に詰め寄った時はさすがにクラスが少しざわめいた。

「話がある」

 言葉はそれだけ。相手は僕の表情を見て屈託のない笑顔を浮かべる。

「オッケー。んじゃ、どこ行く?」

「人気のない場所」

 クラスの善良な人々はどうしたものかと慌てただろう。僕が親しみの欠片も浮かべずに淡々と話し、相手はにこにこと明るく受け答えをする。どこまで差し迫った危機なのか、判別がつかないのだ。

「いいね。デートっぽい」

 呑気に笑う彼女の緊張感のなさに、張り詰めていた雰囲気が和らぐ。

 帰りのホームルームが終わってすぐに、僕は行動に出ていた。どれだけ時間がかかるかわからない以上、休み時間には動けなかった。タイムアップのないこの時間――性急に声をかけたせいでクラスに要らぬ緊張を与えてしまったが、そんなことに構っていられる余裕はない。

 二人で向かったのは、屋上へと続く階段の踊り場だった。屋上へのドアは当然のように施錠されている。一度学校の行事で立ち入ったことのある屋上も、ソーラーパネルと剥き出しのコンクリートだけしかない、魅力の欠片もない場所だった。そのため、屋上へと向かうという行動を起こす人間はまずいないので、屋上へと続く階段を上る人間もまずいないと言ってよかった。人気のなさでは、多分ここが一番だろう。

「謝ってすむことじゃないのはわかってるけど、すみませんでした」

 僕はまず頭を下げる。相手は驚いたように手をぶんぶんと振る。

「そんな、私は全然気にしてないって。周りが騒いで大事になっちゃったけど、あのあとすぐ家まで謝りにきてくれたじゃん。それであの一件はおしまい。遺恨は一切なしで終了でしょ?」

 素直に頷く。これは単なる確認事項。そんなことのために、二人きりになったりはしない。

「AがBに抱いているのは、歪んだ劣等感だ」

 相手は無言だった。

「作中での活躍はBのほうが多い。もちろん、Aも同じだけの活躍を描かれていない場所でしているのは間違いない。だけど、先週出た原作の新刊のおまけページで、Aは自分がBよりも出番が少ないとぼやいている。わかってる。おまけページである以上、それは本編ではないし、キャラ崩壊もするし、メタネタだって許される。だけど、それを解釈の材料にすることは許されて然るべきなんだ。いや、もっと言えば、メタ的に解釈するのだってなんのおかしなこともない。だから僕の解釈は、前と同じ、いま述べた通り。君とは、解釈違いです」

 長々と言っても、相手にはなんの変化も見られない。それでいい。僕がやりたいのは、相手を論破することではない。解釈違いを相手に突きつけることで、相手を否定することではないのだから。

「その上で、君の解釈を、僕は受け入れる。『そういう解釈もある』という知見として、自分の中に留めておく。でも、同じことを君に強制はしない。僕の解釈は、くだらないと唾棄してくれて構わない」

「なるほどなあ」

 相手は僕の言葉がおかしいというのではなく、なにか無性に楽しそうに肩を震わせていた。

「オッケー、承り。それで、話はそれだけ――のはずはないよね?」

 僕の表情を見ればすぐにわかることだった。

「君は新学期が始まったのと同時に転校してきた。僕が両親と一緒に謝罪に出向いた時、君の両親は不在だった。その自宅を昨日確認しに向かったら、すでに空き部屋になっていた。僕という人間が見せた明らかな解釈違いという表情に、君は全く取り合わずに自分の解釈を敷衍しようとし続け、僕に殴られた。答えてもらおう。僕には多分、その権利がある」

 僕は名前も知らないその女性の顔を正面から捉え、はっきりと告げる。

「君は誰だ?」

 彼女はううむと唸って、しばらく黙りこくった。

「そうだなあ、どっちが好み?」

「なにが?」

「事務的か、素か。今のこれはカバーだから」

「素で」

 そう言うと、彼女の目から一切の光が消えた。地の底から響くような溜め息とともに、身体を弛緩させる。

「疲れた。生きてるのホントキツい。全員死ねばいいのに」

 それはどうやら、自分を切り替えるためのルーティンのようなものらしかった。愛想の欠片もないなげやりな笑顔を浮かべると、ごめんごめんと呟く。

「じゃあ改めて。私は鹿村キボウ。内閣官房特定大規模テロ等特別対策室情報防疫班の現地情報防疫官リエゾンです」

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