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実はタタリさんによるエディターの解釈は、その後三日ほど続いていた。
と言っても、タタリさんが手こずったというわけではなく、それは言わばエディターへの猶予期間のようなものだった。
僕がエディターのキャラとして解釈違いを起こしたことは、実際エディターにとって深刻なダメージになったらしい。
タタリさんはそこに付け込む――のではなく、傷口に塩を塗り込む。
僕ひとりがエディターにノーを突きつけたところで、エディターにはまだまだ作り上げた「うちの子」がいる。それに『能力者』は彼ら自身で解釈人に近しい存在になりかけているので、僕の離反が全体に及ぼす影響はそれほどない――はずだった。
元締めであるエディターのアイデンティティーが揺らぐレベルの一大事である僕の解釈違いも、放っておけばほかのキャラたちが生き生きと動くことで癒されていたのだろう。だがタタリさんがそんながら空きの急所を見逃すはずもなく、恐ろしいことにエディターを表舞台に引っ張り上げた。
つまり、エディターが大事にしまっておいたこれまで作ったキャラシを、全て投稿サイトに公開させたのである。
あんたにクリエイターとしての自負があるんなら、いっぺんきちんと日の目を浴びさせてやることです――などと言ったのかどうかは定かではないが、タタリさんにかかれば満身創痍、お先真っ暗状態のエディターに発破をかけることなど造作もなかったのだろう。
そして三日が経った。結果、『能力者』は根絶された。
エディターの「うちの子」たちは、全く受け入れられなかった――少なくとも、エディター当人はそう解釈した。
無駄に意識が高いというのも考え物だとは思う。実際エディターの上げたキャラシの閲覧数はゼロではなかったし、コメントなどはなかったものの、数件のブックマークだってついていた。
だが、エディターの承認欲求はそれでは満たされなかった。それどころか、自分が――自分の世界観が全て否定されたというふうに受け取ってしまった。
そんなことはないのにと僕は思う。同じ投稿サイトにはブックマークしているのが僕ひとりだけという作品があるが、僕はその作品が好きだ。確かにそこに一人、その作品を好きだと思っている人間がいる――なぜそう解釈できないのか。コメントも送らない僕に言えた義理ではないということはわかっているが、もう少し小さな視点を持ってもいいはずなのに。
エディターは結局、意識が高すぎた。思い上がっていたと言ってもいい。そうなれば見える景色は上だけになってしまう。上へ上へという気持ちばかりが逸り、それがどんどん遠ざかっていけば、自分が否定されたと解釈してしまう。
タタリさんも本当に残酷なことをする。そうした思考にエディターが陥るとわかった上で、キャラシを公開するように仕向けた。タタリさんのことだから、それがエディターの望む評価を得られないこともわかっていたはずだ。
エディターは自分で自分が許せないのだろう。自分の敷衍した解釈を愛でることももうできない。根本的に解釈違いを起こしてしまっている。
そうしてエディターは、全てのキャラシを削除した。
エディターが作った『能力者』の設定は、一度公開されてしまったことで、「承認されなかった」という解釈がエディター自身によって敷衍された。それはエディターが最後に敷衍した、自身の敗北という解釈だった。
全てを白紙にするしかない――エディターにそこまでの絶望を与えた張本人であるタタリさんは、凄まじい勢いでパフェを解体していく。
僕はタタリさんに、あまりにむごいと、苦言を呈していた。身の程をわきまえない発言だという自覚はある。それでも僕はこれまで心が折れて創作をやめてしまった人間をたくさん見てきた。その一人にエディターも加わったということに、どうしても後悔の念のようなものを覚えてしまう。
「君は随分とおかしなことを言う」
タタリさんの目が、僕を射竦める。
「生きるか死ぬかの瀬戸際でものを書いてもいない、単に自分を承認してほしいなどと抜かして、承認されなければとんずらを決め込む。そんな連中にかける言葉など、最初からないに決まっとるだろうがッ」
僕はただただ戦慄していた。タタリさんが、本気で怒っている――それがひどく現実離れしているように感じるのだが、同時にタタリさんの怒声に身体が震えあがることで現実に引き戻される。
「才能だの努力だのどんなものを持っていたとしても、消える奴は消えるんです。自分から消えるんじゃない。世間から消えるんです。この意味がわかりますか。書きたいと、書き続けたいと願って、才能もあるし努力もしているのに、その人はいとも簡単に消えてしまう。それが当然だったんです。だがね、今は作品を発表する場が商業しか存在しなかった馬鹿げた時代とは違うんです。書きたいと思えば、誰だって書けて、発表できるんです。つまりは実質、世間から消えるなんてことはなくなった。その上で消えるというのなら、好きにさせとけばいいんです。罵声を浴びせるなんてことはいかんが、労いの言葉をかけてやる必要もない。相手にするだけ馬鹿らしいような手合いですよ」
僕の表情を見て、タタリさんはフハッと息を漏らした。
てっきりさらなる叱責がくるものだと思っていた――僕はタタリさんの言葉に、納得できていなかったからだ。
「だがまあ、君のその優しさは、尊ばねばならんでしょう。タタリさんの古臭い考えに納得しなかったのは、誇っていいことです。君のような人がいるというだけで、救われる人はきっといるからね」
実際、エディターを解釈する上で、彼女の生み出した『能力者』をきちんと処分しなければ土師市は大混乱に陥っていた。タタリさんが行ったのは当然の対応で、それを責める権利は僕にはない。文句を言うのならエディターを解釈するというタタリさんをまず止めておかなければならなかったのだ。
実質的にエディターに致命傷を与えたのは僕自身である。僕個人として、エディターのキャラシには魅力を感じなかった――そんなものであっても、自ら意味を消失してしまうのは見ていて気持ちのいいものではない。
それは優しさだとタタリさんは言ってくれた。
「君がそれを失わんければ、タタリさんもきっといつかは救われるでしょう」
儚げに呟いたタタリさんは、感慨など微塵も見せずにパフェを倒壊させていった。
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