第11話 俺は、

 いつの間にか眠っていたらしい。気が付くと陽が昇っていて、コンビニは消えていた。

 そうか、今日は浜辺にコンビニが出現してたのか。

 俺は顔についた砂を払うとちゃんと座り直した。


 頭が痛い。これは二日酔いだ。残った酒は消失してしまっても、俺の体に入った酒は消失しないらしい。頭がガンガンする。


 とにかく戻ろう。俺の家がどうなったのか、この目で確かめよう。

 俺はズキズキと痛む頭を抱えてジャングルの中を重い足取りで進んだ。


 ああ、ここはこんなところだったか。一か月ですっかり慣れてしまっている。

 最初の日はこんなだった、ふらふらで足元が覚束なくて。今は二日酔いでそうなってるだけだが、あの時は素面でこんな感じだった。

 体がこの土地の歩き方を学習したんだろう。無意識に足の運びが、手の動きが、ここの地形に最適な動きを見せている。


 もしこのままここで過ごしていたら、俺やヤツのように、現実世界から転送されてくる『誰か』がまた来るんじゃないだろうか。そのうちに人間が送り込まれることもあるかもしれない。もしそうなったら俺は先住民になるんだろうか。

 それどころか、ここのアダムとイヴになるのかもしれない。


 もしも誰かがここに送り込まれる瞬間に、俺がその光に飛び込んだら、俺は元の世界に戻れるんだろうか。

 もしもそうなったら、俺はその光に飛び込むんだろうか?



 家は、荒らされていなかった。ヤツが来た形跡も無かった。

 それを確認した俺は、その足ですぐにヤツの家を見に行った。


 あの木は燃えて煤になっていた。周りには俺が焚きつけに使った枝の燃え残りなどが落ちていた。中から何かが這い出た形跡も無かった。ヤツは蒸し焼きになったのだろう。怖くて中を覗く気にはなれなかったので、そのまま家に戻った。


 俺はヤツに勝ったんだ。俺はこの島の覇者となった。だが、そこに誇らしく思う感情は一切湧かなかった。


 俺は何をやってるんだろう。現実世界から逃げて、このまま戻れなければいいと思いながらも、弁当を食うたびに野庭さんや西さんを思い出す。そして、おにぎりを食うたびにあの部屋を思い出す。

 だけど、あの生活に戻りたいとは思わない。ここなら『俺がルール』だ。誰にも文句は言わせない。


 芳美の言葉を思い出す。

「あんたってさ、なんだかんだ言って、いつも自分から逃げてるよね。大学中退になったのは自分の責任なのにさ、バイトのせいにするっておかしいよね。工場で働いてるのだって、恥ずかしいことじゃないじゃん、どうして胸張って『お弁当作ってます』って言えないかな。あんた自分で自分を見下してるだけじゃない」


 そうだ。俺はいつだって自信が無かった。若い男が工場でおばさんたちと一緒に弁当を作ってることが恥ずかしかった。昼夜逆転の生活で日の当たらない生活をしていることが俺を卑屈にさせた。芳美に甘えて、愚痴ばかり聞かせた。あんなに俺に尽くしてくれてたのに。捨てられるのなんて当たり前だ。


 でも今は違う。俺はここで自分の考えで動いて、自分の居場所を守ってる。誰にも愚痴なんか言わない、誰にも甘えない、昼夜逆転は相変わらずだけど、俺は俺なりに自分のやるべきことを自分で決めてる。


 くそ……。

 俺は誰に言い訳してるんだ! 芳美にか? 野庭さんや西さんにか?

 それともか?


 畜生!

 

 俺は二日酔いに溺れるように、眠りに落ちた。



 目覚めたときには夕方近くになっていた。

 二日酔いの頭痛はだいぶマシになっていた。


 俺は『我が家』から這い出ると、ヤツとの戦いで散らかったままになっている家の周りを片付けた。

 割れた風船、手鏡、ちぎれた荷造り紐、スプレー缶、ライター、コンビニ袋に缶コーヒー、クラッカー……クラッカーから飛び出したであろう色とりどりのテープの中に「congratulation!」と書かれた紙が混じっている。皮肉なものだ。今の俺はcongratulationな気分じゃない。


 風がスッと冷たくなる。ああ、陽が暮れたんだ。もうすぐコンビニが現れる。それまでにここを綺麗にして、もう一度コンビニで我が家の物資を集めて来よう。

 また一からの出発だと思えばいい。それにもう一からじゃない。この島のことは何でも知っている。


 そう思った時だ。

 至近距離にコンビニの光が発生したのだ。


 あまりの近さに一瞬目を逸らし、もう一度その光の方に目を向けた。


 コンビニじゃない。

 木が、俺の家が、が光ってる!

 これはもしかして、元の世界に戻れるという事なんじゃないのか?


 光っている空間に既に木はなく、ただの光るだけのスペースと化している。明らかにこの場所だけが異質で、まるで異次元につながっているかのようだ。


 俺は足を一歩踏み出した。


 帰れる。あの世界に。野庭さんや西さんのいた世界に。芳美のいた世界に。

 待て、俺は帰りたいのか? 本当に帰って後悔しないのか?

 逆にここに残って後悔しないのか?


 どうするんだ、俺。光が消えるまでに決めなければ、この幸運は二度と現れないのかもしれない。どうするんだよ、俺!


 俺は、




(了)

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