第10話 静かな戦い
……とは言ったものの、戦ってどうにかなる相手じゃないと思った。コンビニにある物でって、陳列棚でも投げつけりゃ勝てるかもしれないよ、でもそんなもんここまで運べるくらいならとっくに生活用に運んでる。
音だってラジオがつけられれば人が大勢いると思って近寄って来ない筈なんだ、でもラジオがあってもここにラジオ局は無い。何の音も鳴らねえんだよ。
で、俺は考えた。ヤツの根城はどこなのか。ヤツの寝込みを襲えばいいんじゃないか?
そう思った俺は、ヤツが散々俺の家を荒らして帰って行くときに、こっそり後を尾けたのだ。この島のことは殆どもうわかっている。俺の家からどっちの方角にどれくらい進んだか、そんなものは歩けばすぐにわかるのだ。
それに、ヤツは俺の家までの道のりを5往復している、十分に獣道のようなものが出来上がっている。迷いようがない。
ヤツの家も俺と同じように木の洞だった。だが自分が入れればそれで良かったのだろう、大して大きな木でもなく、ヤツが一匹入って満員御礼と言ったところだった。
俺はこの場所にもう一度来れるかどうか検証するため、一度自分の家に戻ってから、昼間のうちにもう一度来てみた。
楽勝だ。道ができている。何度でも来れる。あとはどうやって寝込みを襲うかだ。
昼間のうちに計画を練って、夜になったら敢えて俺の家をヤツに襲わせておいて、その間にコンビニでヤツを倒すのに必要な物資を集めて来よう。
畜生、これ以上ナメられてたまるか。ここは俺がやっと見つけた俺だけの居場所なんだ。
学歴も関係無い、仕事も自分で管理できる、誰にも指図されない、全てのことを自己責任で、自分の判断で決められる世界。これが俺の居場所だ。
それをクマ如きに壊されてたまるかってんだ!
俺の居場所は俺が自分で守る。
俺はその日、念入りに計画を練って、夜にコンビニへと向かった。
*
朝が来た。コンビニは消失した。俺がコンビニから持ち出したものはたったの一つ。ライターだけだ。
俺はコンビニに頼りすぎてた。コンビニにあるものだけで撃退しようとしたのが失敗だったんだ。ここにいくらでも戦うための物資があるじゃないか。
俺はクマの根城に近づくと、ヤツが眠りこけているのを確認した。
木の洞の前にはその辺で拾ってきた太目の枝を高く積み上げ、その外側を細い枝で囲む。更にその周りには大量の小枝を敷き詰め、そこに枯葉をどんどん積んでいく。
完全に枝で塞がれた洞の前で、おれは大きく一つ息を吸って枯葉に火をつけた。
なかなか燃えないものだな、こうしているうちにクマが起きてきたら、俺、終わるな。そんなことを考えていたら、急に火の勢いが強くなった。枝に燃え広がったらしい。クマはまだ気づかないのか、動かない。もしかしたら昨夜の『缶コーヒー』の打撃が功を奏して、怪我をしているのかもしれない。
パチパチと火が爆ぜ、太い枝にも火が回って行く。それと同時に、クマが寝ている木にも火が燃え移って行く。
あの火の勢いならヤツが出てくることはできないだろう。俺は残虐なシーンはあまり見たくない。目覚めが悪そうだしな。
俺は最後まで見届けることなくそこを後にした。
*
その日の晩、ヤツが来るかどうか確かめるのが怖くて、俺はコンビニに向かった。これでヤツが来たら、俺はどこにいても無能の烙印を押されたような気になるだろう。
現実世界に居ても無能、こんな無人島に居ても無能、何をやってもダメなヤツだ。それを自分で認めるのが嫌だった。
現実逃避だと思うならそれでもいい、実際現実逃避だ。
とにかく俺は一昨日からずっと働いて疲れたんだ。
ここにいる間は俺に決定権がある。ずっと働くのも、ずっと休むのも、飯を食うのも、何もかもだ。そしてそれは全部俺の責任で、その結果は全部俺に返ってくる。それでいいじゃないか。
コンビニで、いつものようにバックヤードから椅子を持って来て、ウェットティッシュで手を拭く。ついでに顔もだ。もう毎日のルーティンになっている。
それからお弁当を選び、レンジで温めている間におでんを食う。ビールも飲む。唐揚げも食って、今日は肉まんもおまけだ。
ふと、おにぎりが目に入った。
俺、最近おにぎり食ってない。あんなに毎日おにぎり食ってたのに。おにぎりとお茶は、無能で貧しい俺の代名詞のようなものだ。そこから卒業したかった。
だけど、無性におにぎりが食いたくなった。
そうだ、この味だ。俺の原点。
ピー。
レンジが俺を呼んでる。マイクロウェーヴの箱から出したお弁当は、ホカホカとあたたかい。
この配列……ああ、そうか、このお弁当は俺の工場から出荷されたものか。俺が作った弁当かもしれない。野庭さんが、西さんが作ったものかもしれない。
俺は帰りたいのか? あの場所に。
それとも、全てを自分の采配で決められるここに残りたいのか?
俺は自分で自分の気持ちがわからなくなった。
弁当を食ったら涙が出た。
もしも。
もしも朝になって家に帰って、ヤツに荒らされていなかったら、その時は俺の勝ちだ。俺は無能なんかじゃない。俺はこの島の覇者だ。
だがもしもヤツが無事で、俺の家が荒らされていたら……。
畜生。
俺は酒の棚からウィスキーを出してきて飲んだ。
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