5 ツェレの町でケストナーが芝居小屋の息子の恋の悩みを聞いてやったこと。

第1話 親子

 一座はツェレの町に到着した。

 ハルダーの芝居小屋の前に馬車を止めると、

「挨拶して来る」

 と、ケストナーは馬車に降りた。木戸に入った所で、ハルダーの息子のフランツと鉢合わせした。

「ケストナーさん!」

「やあ、フランツ。元気にしてたか?」

「はい……父さん、ケストナーさんが到着したよ!」

 奥からハルダーが姿を現した。

「親仁さん、お久し振りです」

「やあ、よく来たな」

「少し痩せたんじゃ?」

「ああ、痩せた。皆にそう言われるよ」

「何処か体の具合でも悪いんで?」

「いやぁ、歳でもう食が細くなっちまってな」

「ケストナーの坊やじゃないか!」

 と、ハルダーの妻のヴァンダが出て来た。

「ヴァンダのおっかさん。お久し振りです」

 彼女は我が息子かのように、ケストナーに抱き付いてきた。熱い抱擁。

「よく来たね。馬車は表かい?」

「ええ」

 表に出ると、

「あら、本当に二人だけなんだね」

 と、ヴァンダが眉間にしわを寄せた。

「こんにちは、小母おばさん」

「おや、ローズマリー。今日は一段と美しいね」

「有難う」

「ゼーマンも元気にしてたかい?」

「はい。お蔭様で」

「ん、この子は?」

 と、ヴァンダがローズマリーの横に隠れていた女の子に気付いた。

「もしや、あんたの子じゃあるまいね?」

「まさか。マルタと言います。御挨拶して」

 ケストナーが促すと、

「こんにちは」

 と、マルタが言った

「あら、元気がないね」

「お前の気勢に吃驚びっくりしとるのさ」

 と、ハルダーが突っ込んだが、

「はっ」

 と、ヴァンダは気にも止めない。

「それにしても、しかし……カールが自分の一座を立ち上げるとはね。あんた、何やってたんだい?」

 ケストナーはヴァンダに胸を叩かれた。

「ヴァンダ、おし」

 と、ハルダーがとがめた。

「だってさ」

「カールもいい歳ですから。そういう時期だったんですよ」

「しかし、座員を引き抜くってのはどうだい? 恩知らずじゃないのさ」

「ええ、まぁ」

「許せないねえ」

 と、ヴァンダは顔をしかめた。

「はっ。カールの一座が来たって、小屋は使わせないよ。私の目が黒い内はね」

 ハルダーも妻の毒っ気に頭をいていた。

 息子のフランツは……半分呆れかえるかのように微笑みながらも、表情の裏に何処どこか影のような物が感じられた。

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