第10話 引率

 次の日の早朝、ケストナーは出発の準備に追われていた。

 ゼーマンは二日酔い気味で動けないので、ケストナーが自ら馬車を表に回した。荷物の積み込みに取り掛かろうと馬車から降りた所、遠くから子供達の一団がこちらに歩いて来た。

 引率しているのはクルムで、その傍ら《かたわ》に若い修道女の姿が見えた。

「お早う、ケストナー」

「やあ、クルム」

「良かった。もう間に合わないかと思った」

 一斉に子供達が駆け寄って来て、まとわり付いてきた。

「お早うございます、ケストナーさん」

「お早う」

 と、ケストナーはグリュツィーニエに話しかけた。

「お父上が釈放されたそうですね」

「はい。本当に夢のようで、信じられませんわ」

 牢から出されたブルーノ・フォン・ディックコップフは聖霊病院で療養する事になった。勿論、妻娘の看護付きで。

「なに、貴方方あなたがた親子の信仰心の深さの賜物ですよ」

「有難うございます」

「今日はお母様は?」

「生憎、私一人です。母は父のそばを一時も離れられませんので」

「成る程」

「とうとう行ってしまわれるのですね」

「旅芸人のさがってやつですよ」

「ゼーマンさんとローズマリーさんは?」

「まだ中に居ます」

「そうですか。お二人には毎日来て下さり、子供達を元気付けてもらって。本当に助かりましたわ」

「いいえ……嗚呼ああ、ハンスは?」

 ケストナーはハンスの姿を捜したが、見当たらない。

 馬車の馬の所にも子供達が居たが、そこにも居なかった。

「ハンスは来ていません」

「具合でも悪いので?」

「いいえ。体の方は何とも。ただ、別れが辛いのかと。誘ったのですが、シートを頭から被って、ベットから出て来ようとしないのです」

「そうですか」

無理強むりじいしても何ですから、置いて来てしまいました」

「……」

「皆、退いた、退いたっ!」

 と、衣装箱を抱き抱えたゼーマンが威勢よく出て来た。

「もう大丈夫なのか?」

「はい。幾らかは良くなりました」

「ローズマリーは?」

「まだ、朝飯を食っています」

「私、ローズマリーさんにも挨拶して来ます」

 と、グリュツィーニエは旅籠はたごの中に姿を消した。子供達は一緒に中に入って行くか、ゼーマンに纏わり付くかしてた

 ケストナーとクルムは表に残って、立ち話をした。

「これからどうする?」

「うん……」

 と、クルムは口籠もった。

 ケストナーはその面前に人差し指を差し出した。

「おっと、止めてくれ。言うよ」

「聞こうじゃないか」

「グリュツィーニエと一緒になりたいと、父にはっきり言う」

「反対されたら?」

「頑張るつもりさ。最悪、駄目な時は、自分が修道会に入ったっていい」

「聖職者に?」

「そうだ」

「恋する牧師か。ははっ、そいつは良い」

 ケストナーはクルムの肩をポンと叩いた。

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