第7話 真実の口

 男を独房に戻して、ケストナーはクルムと二人だけで向き合った。

「どうする?」

 と、ケストナーはただした。

「どうもこうも。クラーゲンを男爵に取り立てたのは皇帝だ」

「金でだろ。シュヴェリーン家にも多額の献金をしたか、借金をチャラにして取り入ったんだろ?」

「……」

「捕まえるのは無理か?」

「いや。出来ない事はない。さらわれた子供達の出身地は広範囲に、多国間に及んでいる。大司教領もだ。教会が間に入れば、大公も動かざるをえないだろう」

「よし」

「だが、そこまでやって、万が一何も出て来なかったらどうする?」

「奴が出任でまかせを言っていると? 俺達をめる為に?」

「もし違っていたら、責任どころの問題じゃない。それに男等を拘束して既に丸一日経っている。当然、男爵の耳にも届いているだろうし。用心して、囲っている娘達を全員別の場所に移して、既に証拠を隠滅したかもしれない」

「なら、俺が男爵を吐かせよう。ナッペンと同じように」

「そんな簡単に……それに相手は男爵だ。拷問で吐かせるなんて事は出来んぞ」

「方法は有る」

「どんな?」

「知りたい?」

「ああ、当たり前だ」

「うむ……秘密は守れるか?」

「秘密? 何の?」

「今から私が君に見せる物の」

「……」

 クルムは全く見当が付かず、黙り込んでいた。

「なに、別に恐れる事はない」

 蝋燭の明かりに照らし出されたクルムの顔には緊張と困惑が混在していた。

「動かないで」

 と、ケストナーはナッペンしたように、クルムに『真実の口』の付与した。

「何だ、今のは? 背中を。真実の口? 俺をからかっているのか?」

「……」

「それとも、今のは芝居の何かの台詞せりふか?」

「芝居の台詞か。ははっ」

 と、ケストナーは笑った。

「そう。今、舞台に居るのは私と君だけだ。観客は地下深く宿る蜘蛛くもや虫けらやねずみ達。彼等にとって、その瞬間、物語も演者も全て真実とならん」

 ケストナーは指をパチンと鳴らした。

「では、わたくしめが質問しよう。君が愛しているのは誰だ?」

「……」

 クルムは大きく目を見開いた。口元をぐっと手で押さえている。

「愛している女性は?」

「そ、それは……」

「それは?」

「グリュツィーニエだっ!」

 ケストナーの見立て通りだった。

嗚呼ああー。何で、口が勝手に……俺に何をした?」

「落ち着け」

 と、ケストナーは言葉で制した。

「秘密は守ると誓ったな?」

「ああ、くどい」

「俺は妖術師だ。正真正銘の。君に『真実の口』の魔法を掛けた。問われれば、真実を話す。決して嘘は付けない」

「……」

 クルムは額に汗を流しながら、目をパチクリさせていた。

「安心してくれ。君には軽く掛けただけだから、精々一日で効力を失う。明日には普通の口に戻るよ」

「本当か?」

「本当だとも」

「だが、さっきの質問は何だ? 誰を愛しているかだなんて」

「君がグリュツィーニエを見ていた目。それから、グリュツィーニが君を見ていた目。お互いが一瞬見せた、あの悲しい瞳」

「ばれていたのか……あっ」

「一々はっとしなくてもいいだろう?」

「しかし、そうは言っても」

「一つ聞くが、いいかな?」

「今度は何を?」

「グリュツィーニエの父親が負債を抱え込んだ時、どうして助けてやらなかった?」

「それは自分が財産を自由に出来なかったから。肩書きだけは譲られたが、実権はまだ父が握っている」

「助けてやるよう、父上に願い出なかったのか?」

「したさ。したが、駄目だった。ブルーノ・フォン・ディックコップフは確かに貴族の出だが、何代も前に没落して、世間からは見下されたような存在だ」

「はっきり言うな」

「あんたがそうさせたのだろう?」

「済まん」

「いや……私は父を動かす事は出来なかった。あの人は金や地位にしか目が無い人だから」

「グリュツィーニエの事は今でも愛しているのだろう?」

嗚呼ああ、そうだとも。愛している。彼女を修道院から連れ出したいっ!」

 クルムは顔を赤らめながら、告白した。

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