第4話 酒

 『サロメ』は少し端折はしょった内容で、小一時間も掛らずに上演し終えた。

 ローズマリーがかごを手に、観客達の間を回った。酒が入っている所為も有って、たんまりと心付けを頂戴した。

「やあ、ケストナー。とても良かったよ」

 と、クルムが声を掛けてきた。

「有難うございます」

「特にローズマリー嬢の踊りが素晴らしかった」

「どう致しまして」

 と、まだ衣装のままのローズマリーが愛想笑いを返した。

「所で、今宵こよいの公演の事を誰からお聞きに?」

 と、ケストナーは客人にただした。

「許可を受けずに、旅籠で芝居を打とうとしている不届き者が居るとのれ込みがあって、私が直々に調査に来た」

「ご冗談を?」

「冗談だ。ははっ」

「人が悪い」

「本当はその後の状況を伝えに来た」

「そいつは態々わざわざどうも」

「少し込み入った話もあるんだが」

「では、此方ことらで」

 と、部屋の方に移動したが、気にするていなど微塵みじんも見せず、ローズマリーが部屋の中で着替え出した。白い肌を堂々と見せひらかした。

 ケストナーは開け放たれている戸を外から閉めた。

「失礼。恥じらいがございませんで」

「いや」

 薄暗い廊下でも、クルムの顔が赤く染まっているのが分かった。

「子供達だがね。孤児院ではなく、聖霊病院に預かってもらっている。今回は事件が特殊だからね」

「はい」

「実は既に一人、親が迎えに来たよ」

「もう?」

「ああ。親子共々泣いて抱き合っていた」

「それは良かった」

「他の子達はしばし待つ事になると思うが、おいおい家に帰れるだろう……それと、ユッタの事なんだが」

「ユッタが、彼女がどうかしましたか?」

「うん。実は男の子だったんだ」

「男の子っ?」

「そう、男の子。本当の名前はハンス。最初の人攫ひとさらいに、お前も親も殺してしまうぞと散々脅おどされた挙句、ユッタと名付けられたらしい。髪もかつらを被せられて」

「いや、全く気付きませんでした」

「だろうな。顔が整っているし。人攫いも、の価値を上げる為に女の子に仕立てたんだろう。そういう趣向の奴には高く売れるだろうし。もしかしたら、異国に売り飛ばされていたかもしれない」

 ケストナーはただ黙って話を聞いていた。見抜けなかった自分にほうけながらも、ユッタの、もとい、女の子の格好をさせられたハンスの、歳には不釣り合いな魅惑さの源にはそういう訳があったのかと納得もし……

「明日、立つんだったな?」

「はい、明日の朝に」

「なら、町を出る前に聖霊病院に行って、子供達に会って行かないか?」

嗚呼あぁ……そうですね。良いですよ」

 部屋のドアが開いて、ローズマリーが出て来た。

「何の話?」

「明日の朝、町を出る前に、子供達に会いに行こうって話さ。全員、聖霊病院で預かっているんだと」

「聖霊病院に? 子供達と?」

「そうだ」

「若い修道女を見に行きたいだけじゃないの?」

「これだ!」

 と、ケストナーは降参して、諸手を上げた。

「ねえ、クルムさん。今から皆で酒盛りなんだけど、御一緒にどう?」

「私が?」

「ええ。それとも、下衆げすな場は苦手かしら?」

「そんな事は?」

からむのは止めろ! まだ酔ってもないのに」

「いえ。付き合いましょう」

「止めといた方が」

「構いません」

「知りませんよ。絡まれても」

「ははっ。そいつは楽しみだ」

 と、クルムがなごやかに受け答えしていると、ゼーマンがやっとこさ、廊下に出てきた。

「何が楽しみなんですか?」

「ローズマリーが酔った所さ」

嗚呼ああ~!」

「何よ。その、嗚呼ああ~っていうのは?」

 と、ローズマリーがゼーマンに噛み付いた。

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