第5話 聖霊病院

 翌日の早朝、ケストナー達はクルムに案内されて、聖霊病院を訪れた。

 若い修道女が出て来て案内してくれたが、案の定、

「ほらね」

 と、ローズマリーが諸手を上げた。

「この中です」

 と、修道女が戸を開けると、中では別の修道女が子供達の相手をしていた。

 子供達は此方こちらに気付いて、一斉に駆け寄って来た。

「皆、元気にしてたかな?」

「してたー!」

 と、子供達は大きな声で返事をしたが、一人だけ輪の中に加わらない子が居た。

「ハンスだね。お早う」

 ケストナーが語りかけると、昨日までユッタだった少年は恥ずかしいのか、静かにうなずいた。

「お早う、ハンス」

「よっ、ハンス」

 ローズマリーとゼーマンが気さくに声を掛けた。すると漸くハンスも笑みを見せた。

 子供達の相手をしていた修道女が近づいて来た。

 今、自分達を案内してくれた修道女と顔が瓜二つだった。

「初めまして。ケストナーと申します。後ろの二人は座員のゼーマンとローズマリーです」

「ゼーマンは強いんだよ」

 と、男の子の一人が言った。

「あら、そうなの?」

「悪い人攫ひとさらいを二人、あっという間に気絶させたんだ」

「まぁ」

 との、修道女の感嘆に、ゼーマンは何とも言えない顔をしていた。

「失礼ですが、お二人は姉妹で?」

 と、ケストナーは不躾ぶしつけに聞いた。

 すると、彼女等は顔を見合わせて笑い出した。

「いいえ、違います。私は母親のフランツィスカで、この子はグリュツィーニ、私の娘ですよ」

嗚呼ああ、親子! そうでしたか」

 と、ケストナーが頭をいていると、

「間違えたーっ!」

 と、子供達に一斉に冷やかされた。

 じゃれ付かれ、ふざけあい、仕舞しまいには、

「よし、鬼ごっこだ!」

 と、中庭に飛び出して、しばし走り回った。

 その後は室内で皆で一緒に歌って過ごしたのだが、それはゼーマンとローズマリーに任せた。

 ケストナーは草臥くたびれて、中庭の長椅子に座って休んだ。

 クルムも同様に遊び疲れたらしく、隣に腰掛けた。

 オルガンの音が楽しく弾んで、中庭にもひびいていた。

 ケストナーは開口一番、

「驚いたよ。まさか姉妹とはね」

 と、右のてのひらを挙げた。

「ははっ、間違いもしよう」

「しかし、あれだけの器量良しが二人も揃って。母親の方はかく、娘の方は勿体無い」

「んん……それは、ちょっと訳有りでな」

「どんな?」

「フランツィスカの夫はブルーノ・フォン・ディックコップフという貴族でな」

「ほぅー」

「と言っても、貧乏な」

「ふむ」

「徴税の仕事をしていたんだが、しくじった」

「まさか負債を抱え込んだのか?」

「そうだ。徴収した金を預けていた両替商がトンズラをこいた」

「で、どうなった?」

「本人は金を工面する事が出来なくて、結局逮捕されて市庁舎の地下牢にぶち込まれた。今現在もその中にいる」

「う~ん」

 と、ケストナーは腕を組んだ。

「負債の肩代わりを申し出てくれる金持ちは居なかったのか? 娘なら居ただろう?」

「居た。一人だけ。ガイツ・フォン・クラーゲン男爵が」

「はぁ~! クラーゲン男爵?」

 と、ケストナーは目を丸めた。余りの驚き様に、

「もしかして顔馴染かおなじみか?」

 と、クルムが身体の向きを変えた。

「まさか! 元農夫、いや、酒蔵の番人上がりの金貸しだろう? ここに来る途中で、そいつが設けた関で長々と足止めを食らったよ」

「そいつは災難だったな。でも一昨日おととい其処そこで騒ぎがあったそうだが」

「どんな?」

「役人の一人が気が触れたとかどうかで、通行税を取らずに待っていた人達を全員通らせたらしい」

「ほぅ。そいつはまるで聖人みたいな行いだ」

「まぁ、そうとも言えるな」

「それで、男の申し出てはどうなった?」

 と、ケストナーは話を元に戻す。

「どうもこうも。ディックコップフは申し出を断った。意地が有ったんだろうな。そんな成り上がりに、可愛い娘などやれんと」

「成る程……いや、待て。男爵には醜女しこめの女房が居たんじゃないのか?」

「詳しいな」

「旅の靴職人が教えてくれた」

「醜女の女房はとっくの昔に死んだよ。男爵が絞め殺したんじゃないのかとか、毒を盛ったに違いないとか、色々噂が立ったがな」

「さも有りなん」

「話の続きだが。そうやって一度は断ったんだが、男爵は諦め切れずに、執拗しつように母と娘に言い寄った。娘も父の身を案じて、どうしようかと心が傾き掛けたが……ディックコップフは断固として拒否した。そんな事をしたら、自分は自ら命を絶つと」

「おぅ」

「それで結局、母と娘の二人は揃って修道会に入ったという訳だ」

「……」

「以上で話は終わりだ」

「……」

 ケストナーが黙り込んでいると、

「どうした?」

 と、クルムが怪訝な顔をした。

「いや、少し考え事をしてな……人攫いの男達の供述はどうなっている?」

嗚呼あぁ。最終的にはリューベックまで行って、売り飛ばすつもりだったと。船に乗せて遠くへ」

「売り買いした別の人身売買の仲間に関しては?」

「一応吐いてはいるが、どうせ全員偽名だろうから、余り当てにはならんな」

「俺が捕まえた四人組に親玉は?」

「いや、居ないと。小柄の口髭を生やした男な」

「ああ」

「あれ、ナッペンというんだが、自分が頭だと言っている」

「……」

「他に誰か親玉が居ると?」

「かもしれん……ナッペンに会わせてもらえないか」

「自分で尋問じんもんするつもりか?」

「ああ。無理か?」

「会わせる事ぐらいなら、出来なくはないが。あんたには何も喋らないんじゃないのか? しこたま痛みつけたからな」

「なら、下っ端の官史かんりに任せるかい?」

「任せられんか?」

「ああ。信用ならん」

「買収されているとでも?」

「可能性は無きにしもあらず。外の何者かがたんまりと賄賂を贈っていれば、手加減もするだろう」

「……」

「俺を奴に合わせろ」

 と、ケストナーは若い参事会員に迫った。

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