第9話 曙

 東の空が明けの兆しを見せていた。星々もきらめきを失していた。

 幸いというか、荷物も少なく、旅支度は起きて然程さほど掛からずに済ませた。全員を馬車に乗せた。マルタはローズマリーの背に隠れるように、幌の奥に居た。

 ヘルマンが一人、見送りに出て来てくれた。

「それじゃあ、もう行く」

「ああ」

「暫くは来れないと思う」

「解っている。気にするな」

「済まない。世話になった」

「うむ」

 と、ヘルマンは大きく頷いた。

 ケストナーは馬車に乗り込んだ。

「マルタ、元気でな」

「うん」

「ゼーマン、出せ」

 馬に鞭を入れると、馬車がゴトゴトと動き出した。

 ケストナーは身を乗り出すと右手を挙げて、ヘルマンに別れを告げた。

 街の出入り口の門番には、もう出て行くのかと怪訝がられたが、

「次の町の契約があるんでね。此処ここには小遣い稼ぎにちょっと寄ったまでさね」

 と、取り繕った。

 ローズマリーが中から顔を出して、

「ご免なさい。次来た時は必ず見に来てね」

 と、男共に媚びを売った。その威力は抜群で、たちまち門番達の警戒は解けた。

 暫し待ち、漸く開門。

「お兄さん達、元気でね」

 と、ローズマリーは門番達の手を振った。

「御役目御苦労」

 と、ケストナーはねぎらった。

「私、もう一眠りするわ」

 一座はリューネブルクを離れた。徐々に町並みが小さくなっていった。

 マルタはローズマリーに寄り添っていたが、頭からすっぽり毛布を被ったまま、眠る事なく、ずっと目を覚ましていた。一度たりとも後ろを振り向く事も無く、惜別を表すことはなかった。

 馬車は南へと進んで行った

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る