第2話 少女

 翌日、ケストナーは自ら小屋の前でパラーデを行った。

 劇の内容の一部をさらりと見せる、うならば客寄せである。

 本当なら二、三人での掛け合いを見せるのだが……生憎あいにく今の所、座員は三人しか居ない。全員でやったら、実際に客が観劇した時に新鮮さが半減してしまう。なので、他の二人には手伝わせず、自分一人だけだ。

 太鼓を叩き、時には笛を吹き鳴らし。今日、舞台で演じる役の衣装を着て。一人口上を行った。

「さあさあ、通りすがりの町の人。芝居に興味はござらんか? 兵隊さんの、奇想天外、抱腹爆笑な物語。演じますは帝国随一の旅回り、ケストナー一座にて候。《そうろう》。リューネブルクに御見参。見逃すなかれ、町の衆!」

 賑やかな様子に惹かれて、町の人々が徐々に集り始めた。子供に、青年。年頃の乙女達。夫婦者に、職人態の男ども。少し気取った町の名士のその妻たるや、気になって、屋敷の窓際からそっと、こちらを覗き込んでいることだろう。教会の司祭様だって、太鼓や笛のけたたましさに、本当は内心そわそわしているに違いない。

「さあ、間もなく開場。入った、入った!」

 客がどんどん中に流れて行く。小屋の主のヘルマンは上機嫌だ。まさに笑いが止まらないとはこのこと。だが……

 ケストナーは先程から気になることが一つ有った。

 小屋の前を行ったり来たりしている女の子が居た。

 帰るのかと思いきや、また戻って来たり。その繰り返し。何度も何度も。

 小屋の前に集っていた子供達の大半は親が付き添っていたり、友達と連れ立っていたが……その子は終始一人ぼっちだった。

 恐らく木戸銭を持ち合わせていないのだ。あるいは家に帰って、親に僅かばかりの小銭をねだっても、与えてはくれないと己で解っているのだろう。

 髪は束ねることもなく伸び放題。着ている服も見すぼらしい。どういう家の子か察しが付く。

 ケストナーは時折、その女の子の様子をちらちらと注視をしていたが、いい加減に気の毒に思えてきて、中に入れてやろうと思い立った。勿論、お代はケストナー持ち。付けでの後払い。と言っても、後でヘルマンがそれを請求することは無いだろう。

 ケストナーは声を掛けようと、太鼓を叩きながら、女の子が居る方に向き直ったが……女の子はこちらに背を向け、走り去ってしまった。

 今度は正真正銘、戻ることはなかった。

 なので結局、ケストナーは小さな、僅かばかりの心遣いを発揮する機会を失ってしまった。

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