番外編:薄紅色の守護女神 2


 一刻も早くレティシアの元へ戻るべく、ヒルベウスは精力的に仕事をこなした。


 その姿は、オイノスが、

「今のヒルベウス様でしたら、このままクォーデン族を潰走かいそうさせられそうですね」

 と揶揄やゆしたほどだ。

 無論、思い切りにらみつけて黙らせたが。


 気はあせるが、司令官としての責務をおろそかにはできない。レティシアを助けるためとはいえ、自ら望んだ地位だ。


 クォーデン族の陣営でレティシアの姿を見た瞬間、指揮など頭から抜け落ちてしまい、ただの男として行動してしまったが。


 それを挽回するためにも、指揮官としての任務をしっかりこなさなくては。


 タティウスに指示し、クォーデン族の追撃に出そうとした部隊は戻っていなかったが、するべきことはたくさんあった。

 様々な報告を受け、指示を出す。


「クォーデン族を率いているのは、ゲルキンという男だ。先の戦いで、総督に怪我を負わせた宿敵でもある。奴だけは何としても倒せ! 生死は問わん。ローマに反抗した報いをその身に受けさせろ!」


 私情が混じっているのは否定しない。

 だが、それを抜きにしても、あのゲルキンという男は危険だ。


 飄々ひょうひょうとふざけているように見えて、片腕のグウェンが殺された時も、一つも取り乱さずに冷静に状況を判断した。

 あなどれない男だ。放っておけば必ず、今後もローマの脅威となるだろう。


 ◇ ◇ ◇


 ようやく一息つけたのは、優に一刻約二時間が過ぎた頃だった。


 もっと早くに戻りたかったのだが、仕方がない。

 オイノスとともに、急いで自分の天幕に戻ったヒルベウスは、天幕に入って驚愕した。


 レティシアがいない‼


 天幕の中は無人だった。

 荒らされた形跡はどこにもないが、レティシアの姿がどこにもない。

 慌てて天幕を飛び出し、手近にいた兵士を捕まえる。


「この天幕にいた女性を知らないか⁉ 薄紅色のストラと、紅色のマントをまとっているんだが‼」


「す、すみません。わたしはさっぱり……」

「本当か⁉ 不審な者を見なかったか⁉」

 兵士の襟首を掴んで揺さぶりたい衝動をこらえる。


「本当です! わたしは何も……っ」

 一目で高位の将校だとわかるヒルベウスに、鬼の形相で問い詰められて、まだ若い兵士は怯えきって泣きそうになっている。


「わからぬのならよい!」

 兵士を捨て置き、きびすを返そうとしたところで、無人の天幕を見た瞬間、姿を消していたオイノスが駆け寄ってきた。


「ヒルベウス様! レティシア様らしき方を見たという者がおりました!」


「レティシアはどこだ⁉ 無事なのか⁉」

「は、はい。あちらのほうへ行ったと告げる者が……」

 オイノスの説明を聞くのももどかしく、示された方へ走る。


 途中、何人かの兵士を捕まえ、最終的に辿り着いたのは。


「ここは……負傷者用の天幕か?」

 陣営の中ほどに建てられた、負傷者を収容するための大きな天幕だった。

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