第10章 飛び込んできた窮鳥 2
「親切な御方! どうかローマの有力者にお伝えくださいまし! マルコマンニ族は、今回の反乱に加わる気は全くございません! マルコマンニ族は、ローマの盟友であり続けます。もし、反乱に加わるという噂が流れても、それはクォーデン族の策略なのです! クォーデン族はローマとマルコマンニ族の間に
「エポナ様、あなたのお話はわかりました。だから少し落ち着いて。私の名前はレティシア。こちらは侍女のモイアよ。あなたの話は、必ず総督に伝えます」
診察室へ駆け込み、エポナの傷を診ながら、できるだけ落ち着いた声を出す。
たった今、告げられた内容が、戦局を左右するほどの重大事であることは、政治や軍務に
動揺する気持ちを抑えつけ、エポナに尋ねる。
「今の話をローマ側に伝える為に、あなたはカルヌントゥムに来たのですか? それに、先ほど
どんな道中だったのだろうか。エポナの服はあちこちが汚れ、体も擦り傷だらけだ。一番ひどい肩口の傷に薬を塗っていたレティシアは、乱れた服の隙間から見えた背に、赤い
生まれつきか、ずっと昔にできた痣だろう。治療の必要はない。ただ、動物のような変わった形が印象に残る。
レティシアの問いに、エポナは恐怖に身を震わせた。
「いいえ。望んで来たわけではありません。私は、クォーデン族の者に無理矢理かどわかされてボヘミアから連れてこられたのです。クォーデン族は、私を誘拐した犯人はローマだと言い立て、同盟関係を徹底的に引き裂く腹づもりなのです! 私のせいで部族が戦争に巻き込まれるなんて、耐えられません! なんとしてもローマの有力者にマルコマンニ族の無実を訴えなくては……っ」
悲壮な決意を込めて告げたエポナが、はっと耳をそばだてる。レティシアも同時に気づいた。
幾つもの乱暴な足音が診察室に近づいてきている。明らかに診療所の奴隷の足音ではない。乱入者を
「追手が!」
エポナが
「エポナ様、よくお聞きください。私は総督ネウィウス様の
少しでもエポナの不安を軽くしようと、視線を合わせ、力強く頷く。
「さあ、早くそこの窓からお逃げください!」
「で、でも! あなたは……⁉」
不安そうに見上げるエポナに、心中の動揺を押し隠して微笑む。
「私は、ここで足止めします。その隙に、少しでも距離を稼いでください。大丈夫、無茶はしませんから」
「足止めでしたら、わたくしが……っ」
「駄目よモイア。私の絹のストラなら、侵入者に対して少しは抑止力になるでしょう。あなたには、エポナ様を官邸へ無事に連れていく使命があります。エポナ様を頼みましたよ」
青い顔のモイアに言い聞かせ、二人が窓から出るのを手伝う。
幸い、まだ窓の外に回り込まれていないが、おそらく、エポナが逃げたことはすぐにばれる。少しでも時間を稼がなくては。
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