強さを求めて

天澄

序章 強くなるため

 魔法がある。

 異能がある。

 魔物がいる。

 世界には未だ未開の地が数多く存在し、人々は各地に点々と存在する街に暮らしている。

 生活は魔法を基点とし、道具の発展も魔法前提となった世界。

 ―――これはそんな世界で一人の男が強さを追究する物語。



「JM01124」


「はい」


 自分の受験番号が呼ばれ、それに反応すれば試験会場へ案内される。

 道中、鏡があったのでざっと自分の恰好に不備がないか確認する。比較的整った顔立ち。切れ長の目は気を抜くと睨んでるようにも見えてしまうので意識して目を大きく開ける。その際よく見えるようになる青い瞳は東洋系には珍しいためかなり目立つ。薄めの唇は端を軽く上げ、爽やかな笑みを浮かべるように。普段はワックスで持ち上げている前髪も、今日ばかりは降ろしてある。自分の黒髪は太く硬いため、短めの今だと自然に逆立ってツンツン頭になるが、ワックスなどを使って意図的にしているわけではないのでできれば試験官には見逃してほしい。

 着込んだ制服はこの学校のものだ。中学時代の制服がない自分はこれを用意するしかなかった。白いワイシャツに、赤いネクタイ。その上に着たブレザーには襟に白いラインが一本と左胸に校章。下は黒いスラックスだが、一般的なものと比べるとポケットが多い。

 面接に行くには充分な姿であることを確認し、少し離れてしまった試験会場への案内人との距離を小走りで詰める。

 待機場所と試験会場はそう離れていないため、すぐに試験会場へ着き、中へと通される。

 試験会場はそもそも頑丈そうに作られている校舎の中でも特に強度がありそうに見える。まぁ試験内容を考慮すれば当然だろう―――そんなことを考えながら案内されるがままに試験会場の中へと入る。


「ん、ようこそ試験会場へ」


 試験会場は言ってしまえばアリーナのような場所だった。中心部は広く平坦な円形のフィールドとでも言うような形で、その周辺はフィールドよりも少し高くなっていて多少の安全確保がされている。現在はそこには誰もおらず閑散としているが、本来なら観客席として多くの人がそこに座ることになるのだろう。

 そして部屋の中心、目の前には1人の女性がいた。スーツを着た彼女は175cmはあるこちらとほぼ同じ背丈をしており、堂々とした立ち姿は凛々しいという印象を相手に抱かせてもおかしくない容姿をしている。肩先で切り揃えられた髪は几帳面な性格を窺わせ、均整のとれた顔の中でもそのツリ目は怜悧な光を放ち、口にくわえた煙草から荒々しくも鋭く、冷たく―――そんな印象をこちらへと与えていた。


「今回お前の試験官役を務める鮮花あざばな翠香すいかだ。よろしく」


「番号JM01124、灰咲はいざき燈火とうかです。よろしくお願いします」


 こちらが一礼すると試験官は一つ頷き、手元のバインダーでおそらくは資料を確認する。こちらの顔が事前提出だった書類と一致するかの確認、そんなところだろう。

 しばらくバインダーの方を見ていた試験官だが、やがて再び一つ頷き、こちらへと顔を向け口を開く。


「それではこれより試験を始める。うちは基本的に実技メインだが一切面接を行わないというわけにもいかないのでまずは簡単なのをここで行わせてもらう。それから実技に入るぞ」


「はい」


 こちらの了承の返事を確認した試験官は再びバインダーへと目を落とし何かを確認、質問を飛ばしてくる。


「最初に基本的な質問だ。戦闘系の高校に進学しようと思った理由は?」


「鍛錬のためです。自分は小、中に相当する年齢は全て武術の修行にあてていたので、それ以外も学ぶ機会を作るために希望しました」


 なるほど、という呟きと共にバインダーに何か―――おそらく評価が書き込まれ、それから再度質問がとんでくる。


「ならばその戦闘技術について学べる学校が幾つかあるなか何故この学校を?」


「最も実践的であるからです。保有するアリーナはこの国の教育機関のなかでも最大数。周辺は未開発エリアが広がり敵には事欠かない。カリキュラムにも実技が多く組み込まれ、実際に討伐に出る場合もある。実力を伸ばすなら一番いい環境だと思いましたので。自分には実戦経験が足りないですから」


「ふむ……一つ疑問だ。お前はどうやら強くなることを求めているようだがそれは何故だ?何の為に強くなる?」


「それは……」


 ふむ、少しばかり考え込む。一応、面接用に予め用意しておいた模範的な回答はある。しかしどうにも目の前の試験官はテンプレートな答えよりもこちらの正直な声を求めているように思えた。それに心にもないことを言ってもあっさりと見抜く洞察力はこの学校の教員であれば持っているであろう。

 だが改めて考えてみると、自分にとっては難しい質問である。今まで強くなること自体が自分にとって当たり前の目標であったためにそもそも何のために強くなろうかなど考えたことがなかった。だがこれは面接、あまり長い間考え込むわけにもいかない。自然と思いついた言葉を、多少丁寧な物言いに直しつつ口に出していくことにする。


「―――強いって、格好いいじゃないですか」


「……何?」


「一応、強くなりたい理由はいくつかあります。何時か大切なものを守れるように、とか血筋、家のためとか。でもその中で一番大きい理由は何かって言えばやっぱり強い人が格好いいからなんです。そんな風に自分がなりたいからなんです」


「――――――」


「やっぱり男としては、そういう強くて格好いい姿に憧れるものなんですよ」


 シンプルな話なのだ。強くなりたいから強くなる。強くなってどうするかは二の次で、まずはただ強くなりたい。

 そうして自分の中にあった思いを明確にすると何だかすっきりした気がする。今まで以上に修行に身が入るかもしれない。

 そんなことを考えていると試験官の様子がおかしいことに気づく。顔を逸らし、さらにはそれをバインダーで隠すようにしている。何か自分はやらかしたのか、と不安になってきた頃。


「……ククッ、ハハッ、ハッハッハッハ!」


「え……あの?」


 こちらの話を聞いた試験官が唐突に笑い出す。受験生の身である自分は下手なことを言えないので対処に困ってしまう。


「クククッ……ああ、いや、すまない。あまりにも素直だったものでな。正直なことは美徳だが時と場合を考えた方がいい。面接なんだ、もう少し取り繕って話すのが普通だぞ」


「はぁ……。まぁ、すみません?」


「面接官が私でよかったな?場合によっては大減点だ」


 軽く笑みを浮かべる試験官を見て、運が良かったのだろうと考えておく。そもおかしなことを言った自覚がないのであまり実感はないのだが。


「ふむ……そうだな、本来ならもう少し面接をするのだがな。今回はここまでとしよう。実技試験に移るぞ」


「いいんですか?」


「何、私がお前を気に入ってしまったのでな、これ以上問答を続けても評価が変わりそうにない。ならば先に進めた方が建設的だろう」


 試験官の物言いに思わず頬が引くつくのを自覚する。しかし入学前からこちらを気にかけてくれる教師がいるというのはありがたい。文句を言うべきことではないので一先ずは曖昧に頷いておくことにする。


「ああ、そうだ。お前は特別個人指導については知っているか?」


「教員が個人的に生徒を何人か選んで授業とは別に指導する―――場合によっては教員に弟子入りまでできるってやつですよね?」


 この特別個人指導は戦闘関係の教育を主とする魔法学園に多い制度だ。授業とは違い、その生徒一人のために調節された専用メニューを受けられるといったもの。先達である教師に細かく指導してもらえるため、成績にこそ直接関わらないが実力を伸ばすのには大きなプラスとなる。元々強くなることを目的にしていたため、入学後に狙っていこうと思っていた制度なのだが……。


「知っているのなら話が早い。実技試験の結果次第では入学後、私がその制度で教えてやってもいい。私は今、この制度で受け持っている生徒はいない。みっちりシゴいてやれるぞ?」


「本当ですか!?」


 特別個人指導はそのシステム上、受けるのが難しい。教師の負担にならない程度のため基本的には教師一人が受け持つ人数が少ない、あるいはそもそも滅多に受け持たないなんて教師もいる。そして対象生徒は教師一人一人の裁量で決めるため、成績が悪い生徒が対象になることもあれば伸びしろが大きいと判断された生徒が対象となることもある。そのため、狙って受けることがあまりできないのだ。

 そんな中面接を受けただけで特別個人指導の対象になったのは運がいいとしか言いようがない。


「まぁ何にせよ先程も言ったが実技の結果次第だ。落胆させてくれるなよ?」


「はいッ!」


 こんな好条件となると思わず返事にも気合いが入る。入学と個別指導がかかった試験。全力を以て、けれど力み過ぎず。

 試験官の指示を元に後ろへと下がる。試験官とは近接戦をするには些か遠い、しかし距離を詰めるには容易い微妙な間合い。


「ではこれより実技試験を始める。いつでも遠慮なくかかってきていいぞ」


 試験官の言葉に深呼吸一つ、意識を戦闘のそれに切り替える。と同時、腕を通し袖の下に仕込んだアクセに魔力を送りその形を片刃直剣へと変える。

 思考を走らせる。修めた技術を叩きつけるのは馬鹿のすることだ。どう動けばいい、相手はどう対応してくる、それに自分はどう返せばいい。常に考え続け最善を探すのが戦いである、少なくとも自分はそう教わった。

 相手はただ腕を組んで立っている。こちら相手に構えるほどではない、そういうことだろうか。

 選ぶのは自己最速。結論、勝つための最善とは相手に反撃を許さずハメ殺すことである。しかしそれだけの技術も、経験も自分にはない。ならば今できるのは相手が使えるとは思っていない技術で意表を突き先制すること。

 重心を前へ、まるで前に向かって落ちるかのように、瞬間的に最高速を弾き出す。縮地―――そう呼ばれる技術、その初歩。完璧に修得していないためほんの少しの距離を詰めることしかできないが、今回はそれで充分。元々大した距離でなかったために一瞬で剣の間合いへと踏み込む。


 ―――防がれるな。


 相手はこちらが縮地擬きを使ったことに意外そうな顔をしてはいるがその目は完全にこちらを捉えており、こちらが左下から右上へと切り上げるモーションに入ったことを理解しているだろう。事実、相手はこちらの剣の軌道と体の間に右腕を滑り込ませている。

 ギィイイイイン、と剣が相手の腕の上を滑り耳障りな高音を鳴らす。人の腕を切りつけたとは到底思えない音であるが、綿密に組み上げた魔力による防御は容易く鋼鉄の硬度を超えるという事実を知っているため、そう驚くことはない。

 先制できたことによる慢心は……残念ながら存在しない。相手は実戦重視の魔法学校の教員だ、本来ならこちらが先制することなんてないはずだし、できたとしてもこの段階でカウンターをくらっているはずである。おそらく、試験という形式上ある程度はこちらに行動させてくれるということだろう。ならば自分のすべきは、相手が終わらせにくるまでに自分がどれだけ戦えるかを示すこと。

 だがそれは本当に最低限。最初から勝てないと諦めるのは格好良くない。自分の目標に反してしまう。勝ちに行くのだ、全力で。実力差など関係ない、意地でも勝ちを拾いにいく、それが自分の目指す姿だ。己が全力を振るえ。

 攻撃を繋ぐ。右上へ切り上げた剣を、折り返し右から横薙ぎの一撃。そこから勢いを殺さず一回転、右上からの切りおろしへ。

しかしその悉くが初手同様、防がれるか、あるいは受け流される。

ならば、と振り切った剣を手首の力を使い相手の足元で小さく横薙ぎ、足払いの要領で振るう。相手は軽く跳躍しそれを回避した。

空中には足場が存在しない。そのため次の回避は難しい。そう判断し右下から左上への切り上げ。斬撃の範囲が縦に広い一撃を繰り出す。

しかし―――回避。

瞬間的に体の右側面から魔力を放出、その勢いを利用し体の位置をずらすことで回避された。

やはりそう簡単には届かないか―――そんなことを思いつつも、だからと言って諦めなどしない。打てる手は何か、思考を巡らせつつ攻撃をひたすら続ける。


 ―――連撃。


 一撃から次の一撃へと隙なく繋ぐ。少しでも緩めれば必ず反撃してくる。そう相手は圧をかけてくる。その圧に負けることなく常に最適解たる一撃を選び続ける。

 しかしこれでは届かない。連撃、そのすべてが防がれる。

 こちらが一撃入れるならば何か新しい手を―――


「何……!?」


 故に、剣を手放す。

 一撃から次の一撃へ、その繋ぎ目の瞬間。この手より剣を放り投げる。そしてそのまま拳を握る。

 相手はこちらの武器を手放すという行動に驚き反応が遅れた。そのためこちらの攻撃に対する防御は間に合わず。


「オォ―――」


 踏み込み。足から腕へと、その動き全てを連動させることでエネルギーを一切減衰させることなく拳まで伝える。


「―――ラァッ!!」


 一撃。

 相手の腹部へ叩き込んだそれは相手の魔力を利用した防御によって防がれる―――ことなく、その衝撃を体内へと徹す。

 透勁、裏当て……いわゆる鎧通しと言われるそれだ。それにより防御の上から衝撃を通すことができたはず、なのだが。どうも先ほどの一撃に違和感が残り首をひねる。衝撃は確かに徹った。しかしそれにしては相手の反応がおかしい。

 追撃、はしない。相手はまだ立っている。本来であれば倒すまで畳みかけるべきであるが、それは確実にこちらの攻撃を通せるときのみだ。今相手は、反撃可能な状態で立っている。ならばヘタに接近するのは下策。


「……ふむ、少し気を抜き過ぎたか」


 ―――何事もなかったかのように、立ち上がった。


「……ははっ、ノーダメですか」


 相手の動きに乱れは見られない。相対した時と同じように立ち、どこかを庇うような仕草は欠片もない。打てる手の中で、最も当てられそうかつダメージを与えられそうなのが今の一撃だったのだ。それを凌がれるとなると笑うしかない。


「なに、悪くない一撃だったぞ。武器を手放すことで動揺を誘い、咄嗟の判断を鈍らせ鎧通しの一撃だと気づかせないようにする……まぁいい流れだろう。実際、私が内臓にまで魔力保護かけてなければ十分なダメージになっただろうしな」


 つまりなにか、彼女は当然のように防御部位以外にも魔力をまわしていたというのか。戦いながらそれを維持するのにどれだけの集中力が要求されるのか。やはり教員というのは伊達ではないらしい。


「あとは一撃の威力をあげて魔力保護を抜けるようになれば充分実戦レベルだろう」


「簡単に言ってくれますがねぇ……」


 相手の話に言葉を返しがながらも気を抜かない。試験はまだ終わっていない。そして何より相手の雰囲気が最初と違う。こちらに対してかけてくるプレッシャーの重みが違う。これもしかして相手のスイッチを入れてしまったのでは。


「うむ、戦闘面においても気に入った。特別だ、少しばかり遊んでやろう」


 なんて不穏なことを考えていたら当たってしまったらしい。相手が構える。左腕を前に、右腕を軽く引き半身に。重心を偏らせずどの方向にも瞬間的に動けるシンプルなファイティングポーズ。

 マズい。構えをとったということは即ち、向こうから仕掛けてくるということ。そして向こうに先手を取られれば間違いなく今後の戦闘でこちらがリズムを握ることはできない。

 ならば―――


「シッ!!」


 相手が動き出す前にバックステップ、それと同時に両腕の服の袖から隠してあったアクセサリを取り出し魔力を通す。そうすることで戦闘開始時同様アクセサリがシンプルな片刃直剣へと姿を変える。そしてそれを迷わず投擲。構えていた試験官へと剣が飛んでいく。

 その剣がどうなるかを見届けることなく、跳躍。空中で投擲した剣が弾かれるのを確認しつつ更に右袖の中から追加でアクセサリを取り出し、片刃直剣へと変換。試験官と目が合い―――


「クソが!!」


 自身の直感に従い、取り出したばかりの片刃直剣を足場に使って空中から地面に向かって跳躍。直後、先ほどまで自分がいた場所に試験官の蹴りが通っていた。

 速さが違い過ぎる。接近が全く見えなかった。自分が対応できる領域じゃない。

 戦意は未だ衰えていない―――しかしそれとは別に勝つビジョンが、それどころか一撃当てられるビジョンすら全く浮かばない。

 何にしても得物がいる。同じ拳の間合いでやりあえばこちらがすぐに押し負ける。そう判断し空中から地面に着地しつつ両袖からまたアクセサリを取り出し、片刃直剣に変換。あと片刃直剣の本数は幾つ残っているか、ほんの一瞬意識を逸らした瞬間。


「隙だらけだ」


「しま―――」


 いつの間にか目の前まで迫っていた試験官が右拳を振りかぶっていた。その動きは意趣返しか、先ほどこちらが見せた足元からエネルギーを余すところなく右拳まで伝え威力を乗せたもの。しかしその熟練度は全くの別もの。足、腰、胸、腕、体の動きが全て素早く綺麗に連動し右拳が唸りを上げる。防御も回避もする暇なく。


「がぁ―――」


 衝撃が、突き抜ける。激痛、腹の中身がかき混ぜられる感覚。次いで自身が風を切り、吹き飛ばされる感覚。そして壁にぶつかり背中にまた激痛。最後に壁から剥がれ地面へとぶつかる。

 視界が揺らぎ、意識が薄れていく。目の前が黒く染まっていく。そんな中、自身の耳が言葉を捉えた。


「おめでとう、お前は合格だ―――」


 それを境目に、こちらの意識は完全に落ちた。


     ◇


 微睡み。覚醒と眠りの狭間。その状態で薄っすらと目を開ける。目に入るのは真っ白な天井やカーテン。それらには一切見覚えがなく、自身の状態に違和感を覚える。

 上半身を起こして目をこすり、欠伸を一つ。軽く頭を左右に振って、意識をはっきりさせる。寝覚めはいいほうなので、すぐに眠気は飛ぶ。そうして改めて周辺を見れば日が頭上を少し越えた正午過ぎ、そして場所は保健室のようだった。

 自分が横になっていたベッド、カーテン、壁などは白で統一され、清潔感がある。部屋はそこまで大きくなく、様々な薬品やファイルが並んだ棚に、少しばかり散らかった机。あとはベッドが複数あるだけのシンプルな保健室だ。

 パッと見たところ、教員はいない。そのため保健室から出ることはできそうにない。何も言わずに勝手に出て迷惑をかけるわけにはいかない。教員を探しにいってもいいが入れ違いになっても困る。

 再びベッドに横になり、伸びを一つ。暇なので目を閉じて思考に耽る。

 思い出すのは先ほどの試験だ。恥ずかしいほどにボコボコにされた。直感以外では相手をろくに捉えることができなかった。単純に相手の方が速すぎた。最後の一撃もこちらが放ったものよりも圧倒的に巧かった。反省点がどうこうという話ではない、単純に実力が足りなさすぎる。

 特訓しなければならない。幸い、最後に試験官は合格と言っていた。ならばもはや気兼ねなく訓練に時間をあてられるというもの。

 負けた、言い訳のしようがないくらいに負けた。だけど心はまだ折れていない。むしろ熱く燃え上がっている。人はあれだけの強さを手に入れられるのだと知って。自分もあれだけ強くなれるのだと知って。自分がまず目指すべき領域がはっきりした。そして何より。


「負けっぱなしってのは、恰好がつかないよな」


 男として、負けてそのまま引き下がることなどできはしない。強くなってあの試験官に勝つこと。目標の一つに追加である。

 そうして、自分の意思を再確認していたところ、隣のベッドとの境目であるカーテンが揺れる。どうやら、教員はいなくとも同じくベッドに寝ていた人はいたらしい。こちらが声を出したことで反応したらしい。

 そこまでの声量であったつもりはないが、それでも眠りの邪魔となってしまったのかもしれない。まずは一言謝ろうと口を開こうとしたところ。


「ん、目が覚めた?」


 カーテンが開き、隣のベッドが見えるようになる。そこにいたのは、一人の少女だった。

 年の頃は、小柄でこそあるがおそらくこちらと同年代。立ってこちらと並べば頭がこちらの胸元まで来るかどうか怪しい小さな背丈。それに見合うように胸は大分薄く、女性らしい体つきとはお世辞にも言い難い。ただ腰のくびれはかなり綺麗なので背が伸びればスレンダーな美人になれるのではないだろうか。

 また無表情な顔は背丈に似合う童顔で、ジト目なのか眠いだけか、半分ほど閉じられた目が特徴的だ。しかしその黒い瞳は美しく、吸い込まれそうな気がしてくる。長い黒髪は最低限、人様に見せられるように整えられているだけで無造作に伸ばしていることが分かる状態だ。

 全体のイメージとしては成長し磨けば美少女になる、どこかぼけっとした雑把そうな少女といったところか。


「じっと見て、何?」


「ああ、いや、すまねぇ。普通に声をかけられたから知り合いだったかなと」


 特徴的な少女であったため見てしまっていたことを、適当な言い訳で誤魔化しつつ謝罪する。とはいえ、知り合いだったかと悩んだのも事実だ。隣のベッドに腰かけている彼女に合わせこちらもベッドに座り彼女と相対しつつ知り合いだったか問う。


「別に、知り合いではない。今が初対面」


「ああ、やっぱりか。心当たりがなくて困ってたんだ」


 もともと、自分にこの場にいるような知り合いはいない。知り合いではないだろうなとは思っていたが実際に違うと言ってもらえると自分が忘れてたわけではないと安心できる。

 しかしそれはそれで疑問が出てくる。なぜわざわざ話しかけてきたかだ。普通、知らない人が隣で目を覚ましたからと声はかけないはずだ。だから今度はそのことを聞いてみることにする。


「じゃあ何で起きた俺に話しかけてきたんだ?接点がない俺に用事はないだろ?」


「あなたに、興味がある」


「……はい?」


 余りにも脈絡ない言葉に思わず間抜けな声が漏れる。知り合いではないのに興味があるとか言われてもどういう状況かがわからない。

 困った状況に頭を掻いているとずい、と少女が立ち上がりこちらに迫ってくる。後に倒れるようにして距離をとろうとするが、それでもなお少女はこちらと距離を詰めようとする。


「あのー、近いんだが?」


「あなたは試験官に失神させられたっていうのは、本当?」


 また脈絡のない言葉に戸惑い、瞬きを数回。質問の内容を咀嚼し、わざわざこの距離で話すことじゃないだろうと思いつつ質問に首肯で返す。


「あなたを担当した試験官の名前は、鮮花翠香で間違いない?」


「合ってる」


「そう……」


 質問に再び首肯で返せば、ようやく少女は離れてくれる。こちらから離れた少女はさきほどまで座っていた場所に座り直し、顎に手を当て考え込んでしまう。これはもう、変な人に絡まれたと思って諦めるしかないのだろうか。

 溜息を吐きたくなるのを必死で堪え、少女は基本的にこちらの話に答えてくれそうにないので向こうが何か反応するまで待つことにする。やがて少女は考えがまとまったのか口を開いた。


「……やはり、私はあなたの強さに興味がある」


「いや、いい加減説明しろよオメー」


 流石に我慢の限界だったのでそんな言葉が口を突いて出た。


     ◇


 あのあと、保険医が保健室に戻ってきたので一度話を中断し、軽く保険医に診察してもらい問題がないことを確認。帰っていいことになったので少女に出会わないように帰ろうと思ったら入り口に待機していたためあっさり捕まりそのまま連行。今はこの学校に存在する休憩スペースらしきところで自動販売機で買ったペットボトルの飲み物を二人並んでベンチに座って飲んでいた。


「……で、なんなんだよお前は。なんか用があるにしても初対面なんだからまず自己紹介から始めろよ」


「だから私はあなたに興味があると」


「人の話聞けよオラ」


 イラッとしたのでアイアンクローをかましてやろうと思えば生意気にも避けようとしたため、空いている左手でペットボトルの蓋を飛ばし視線誘導。意識が逸れた瞬間に右手で少女の頭を掴み締め上げる。


「いたいいたいいたいいたい」


「じゃあ次からは会話を成立させような?」


「初対面の相手にやることじゃない……」


「テメーのふざけた対応に、こっちもそれ相応で返しただけだ」


 頭を押さえて愚痴る少女に、痛くない程度で頭を小突きつつ言葉を返す。比較的この少女の扱いがわかってきたのでいい加減、本題に入ることとする。


「んで、お前の用事がなんであれまずは自己紹介からやってくれよ」


 視線誘導のために放り投げたペットボトルの蓋を回収しつつそう言えば文句がありそうな顔をしつつも、少女は答えてくれる。


「……鎖刃くさりば黒依くろえ


「俺は灰咲燈火だ。よろしくな」


 そう言って右手を差し出せば存外素直に握り返してくれる。ちょっとおかしなところがあるだけでそう悪いやつではないのかもしれないと、彼女、鎖刃の人格にあたりを付けつつ、改めて彼女に何が目的なのか問いかけることにする。


「それで何の用なのか、順をおって説明してくれ」


「ん、もう一度確認。あなたの担当試験官が鮮花翠香って人で大丈夫?」


「おう。確かにその人で間違いないぞ。黒髪の女性だろ?」


 いつの間にか、完全に素の口調になっていることを自覚しつつも、言葉遣いを気にしなきゃいけないような相手ではないと、こちらの確認に頷きを返す鎖刃を見ながらそう判断を下す。


「あの人はどうやら、基本的に試験において受験生を失神させるようなことはないらしい」


 それは、当然と言えば当然の話だった。この学校は戦闘技術を学べる高校のなかでも、トップクラスとされている。そのトップクラスの高校で教員をやっているような人材が、気絶させない程度の加減ができないわけがない。だとすれば自分が気絶させられたのはわざと、という話になってくる。自分が気絶させなければならないほど強かった、なんて己惚れるほどおめでたい頭はしていないし、そうなると気絶させられた理由に検討がつかない。

 おそらく、そんな話を持ち出してきたということはその理由についてなのだろう、軽く視線をやり鎖刃に話の続きを促す。


「失神させる場合は二つ、一つは受験生が無茶をしようとした場合」


「ま、順当だな。それでもう一つは?」


「これが私の要件に関係する。あの人は気に入るだけの強さを示した場合も、失神させるらしい」


「なにそれ」


 随分と個人的な理由である。それにそれだと、疑問が残る。確かに自分のことを気に入ったなどの発言はあったが、戦いで気に入られるだけの強さを示したかというとそうではないように思える。そもそも簡易面接の時のあれも、何故気に入られたかがよくわからないのだ、まったくと言っていいほどピンと来ない。

 そう内心首を捻っていると無言で鎖刃が空になったペットボトルを差し出してくる。意味がわからず首を実際に捻ってみせると、やれやれと言わんばかりにため息を吐いて鎖刃が話し出す。


「話したから喉が渇いた。同じの買って」


「こいつ……!今日会ったばかりの相手にたかってきやがった……!!」


 鎖刃のあまりの態度に戦々恐々としつつ、たかが飲み物一本奢るのを渋るほど甲斐性がないわけではないので、空になった容器を捨て、ついでに自分の分も買って再度ベンチへと座る。


「やはりお人好しっぽいやつには全力でたからなければ」


「うーん、この畜生っぷり」


 そんな風にコントを挟んで一休憩、互いに何口かドリンクを飲み口を潤してから話を再開することにする。


「とは言ってもそんなにもう話すことは残ってない。私と同じく鮮花試験官に気絶させられたあなたの強さが気になった」


「それで興味がある発言に繋がるわけか……」


 要するに、試験官に気に入られたお仲間であったという話だった。正直、言い方もあり色恋的な意味を期待していなかったわけではない。自分も年頃であるわけだし、相手も愛想がないといえど整えれば美少女になりそうな子であるわけだし。

 まぁそうおいしい話もないよなぁ、心の中でため息を吐きつつ鎖刃にどう対応したものかと考える。強さに興味がある、ということはどう強くなったのかなど語ればいいのだろうか。しかし鎖刃がどうして自分に話しかけてきたかは分かったが、そもどうして強さに興味があるのかはわかっていない。ならば何を主軸に語ったらいいのかもわからない。

 顎に手を当て、いかにも悩んでますといった感じに考えていたらその姿を見かねたのだろう、鎖刃が結局こちらに何を求めているのかの答えをくれた。


「戦ってくれればいい」


「えー……」


「渋られた」


 基本的に表情の変化が乏しいため分かりづらいが、ここまでの短い会話で何となくわかるようになってきた鎖刃の表情は驚きのものとなっていた。

 しかしなぜ彼女は渋られないと思ったのか。自分は戦闘狂にでも見えるのだろうか。その事実に若干ショックを受けつつも、渋った程度じゃ引き下がりそうにない鎖刃を見て一応抵抗してみることにする。


「今日試験やったばっかだし、しかもさっき目が覚めたところなんだが」


「大丈夫、私も起きたのはそんなに変わらなかったりする」


「……そうは言っても全力が出せる状態じゃないから俺の正確な強さはわからないぞ」


「条件は対等だし、実力差がわかれば充分」


「……はぁ」


 思っていた以上に頑固な姿に、何を言っても巧いこと返される予感しかせず、もはやこちらが折れるしかないと気づく。

 実際何か損があるわけではないのだ。単純に、どうせ模擬戦をするなら最善の状態でやりたいだけであってむしろ模擬戦自体は歓迎なのだ。色んな手合いとの戦闘経験はありがたいわけで。


「わかったよ、模擬戦受けてやる」


「よし、じゃあすぐに広い場所へ行こう」


 仕方がないとため息一つ、何で受験の日からこんなにため息を吐かなければならないのかと今後の学生生活に不安を覚えた。

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