エピローグ そして、地上で。

第115話 地上への道(1)

 風が少し生温い。 


 団地の中央からほど近い第25番緑地にある歴史資料館。

 まだ移住が完全に終わっていない為かスタッフ不在でまだオープンしていない。


 きっと学校や会社と同じで7月半ばからスタートするのだろう。

 でもオープンしていないのは和己にとって幸いだった。

 余計な人が来なくて済む。


 今日は6月10日。

 和己がここの自宅に着いたのが6月5日だから、今日で6日目になる。

 和己以外、誰も歴史資料館ここにはいない。

 暇だ。

 暇ついでに外へ移動した日の事を和己は何となく思い返す。


 ◇◇◇


 駅について改札を通ると同時に世界が薄れた。


 気がつくと潮の香りがする液体に半身浸かって咳き込んでいる自分がいた。

 全裸でカプセルに入っているという情けない格好だ。

 なおカプセルの上半分は開いていて、また液体は水位を少しずつ減らしていく。


 つまりはこのカプセルの中で液体に浸かって長い時を過ごした訳か、と和己は理解する。

 ただ身体は動かせない。頭も腕も、足もチューブ状の何かで固定されている。


『意識確認、身体動作正常を確認』

『ロックを解除します』


 目の前に設置されたディスプレイにそんな表示が浮かぶ。

 同時に身体のあちこちを固定していたチューブが外れた。

 同時にカプセルが更に低い位置から開かれる。


 前方から乗り物らしい椅子付きの細身の物体がやってきた。


「身体に異常が無ければカプセルから出て乗車願います」


 中性的な割と違和感の無い発音の台詞が物体から発せられる。

 カプセルを出てこの乗り物に乗れという事らしい。


 和己は手を、そして足を軽く動かす。

 千年以上眠っていた割には自然に動くようだ。

 筋肉が特に減っている感じも無い。


 和己はゆっくりと身体を動かしてカプセルから出る。


 周りに同じようなカプセルが多数設置されているのがわかる。

 いくつかは既に開いて中が空になっている。


 和己は念の為右手と左手で機械類を掴み、身体を支えながら乗り物の椅子に腰掛ける。

 幸い足の筋肉も異常は無さそうだ。

 今の感触なら歩いたりおそらく走ったりも出来るだろう。

 もっとも和己は足の速さに自信が無いけれども。


「しっかり捕まって下さい。動きます」


 そう告げて物体は走り出す。

 数多くのカプセルの林を抜けて行く。

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