第112話 夢の外に出る前夜(3)

「実際、制度が変わる前後というのが一番攻め易いんだ。姑息なテクニックとかが効きにくい実力勝負になるからさ」


 菜月は思わずため息をつく。

 和己は菜月の不安をまるでわかっていない。


「常に全国で2桁以内順位の和己はいいけれどね。私の成績だとほんの少しの点数の差で凄い順位が変わるんだよ。姑息なテクニックでも何でもいいから使いたい」

「急がば回れ、何事も基本が肝心さ。まずはわからないところがないよう教科書内容を完璧に固めること。後は単なる応用で覚える事等そうは無い。

 だいたい試験なんてわからないところが無ければケアレスミス以外の失点は無いはずなんだ。落ち着いて実力を出し切れれば問題ないだろ」


 この点では和己との意見が一致する事は無いらしい。

 それだけは菜月もはっきり理解した。


 菜月は話題を変えるべく、他の書類も和己の物と見比べる。

 そして2つの書類の明らかな違いを発見した。


「日程は若干違うんだね。和己の方が3日早い」


 本格的な移住は6月1日から開始。

 そして和己は3日移住、菜月一家は7日移住だ。


「男1人だからな。家族単位だと手間がかかる分、少し遅れるんだろう」

「この日程の差で場所も変わるのかな」


 言ってすぐ菜月はしまったな、と思う。

 微妙な話題に入りそうだ。

 でも和己は取り敢えず表情は変えない。


「それはわからない。情報無しに予測するのは意味が無い」

「そうね」

 お互いこの話題はあえてそれ以上は触れない。


「でもまあ来月半ばにはもう外にいるんだね、私達」

 菜月がそう、しみじみとした声で言う。


「ああ、おかげで夏休みは6月から7月半ばで、今年は7月後半と8月は授業らしい」

「それも何かね。まあ冷暖房完備らしいし通学もそれなりに考慮されてはいるらしいけれどさ」


「学校はまた一緒になるかな」

 無意識にそう言って、さっきは回避した筈の問題にまた触れてしまった事に菜月は

気づく。


 今その件について言っても何もわからないし何も変わらない。

 それでもやっぱり、口に出してしまう。

 菜月にとっては一番の心配事だから。


「今の情報だけではわからないな。単なる希望を言うだけでは何も意味が無い」

 和己はいつもの調子でそう言う。

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