第109話 夏の日の幻
だからこのエレベーターはもうあの基地に続いてはいない。
アトラクションも別の場所に入口がつくられたし。
でも菜月は何も言わない。
黙って和己の後をついていく。
和己はまずエレベーター前で鞄から何かを取り出す。
見覚えのあるタブレットと同じく見覚えのあるカードだ。
もちろん両方とも何も反応しない。
それでも和己はエレベーターのボタンを押す。
そして扉はすぐに開く。
『2、1、4、5』
和己は乗り込むなりボタンを押す。
ゲームで最初にこのエレベータに乗った時に使った番号だ。
5まで押し終わったところで全部のランプが消える。
扉は閉まらない。
そのままだ。
和己は更に同じようにボタンを押す。
『2、1、5、2』
『2、1、5、3』
いずれも同じようにランプが消えるだけでエレベーターの扉が閉まったり動き出したりする様子は無い。
「わかった。ありがとう」
そう言って和己はエレベーターから出る。
菜月も後に続く。
和己は軽い深呼吸をして、そして歩き出した。
「ありがとう。こんな無意味な事につきあってくれて」
「和己にとっては無意味ではなかったんでしょ」
それは菜月には何となくわかる。
和己は小さく頷いた。
「単なる感傷って奴かな。
あの夏から始まった僕らの秘密がこれで完全に終わりを告げた。
もうここが仮想世界だという事も海底で睡眠中だって事もまもなく外の世界に移住するという事も全部公開された
そう、完全に終わった。それを確認したかった。無意味な儀式だけどな」
「無意味では無いわ。それに終わったわけでも無い。
和己はあの夏を覚えているし私ももちろん覚えている。遙香や冬美だってきっと覚えている筈だわ。それに上和田先輩や他にゲームに参加した人達も。
誰かが覚えている限りきっと全ては終わるわけじゃ無い、きっと。
私はそう思う」
和己が小さく小さく頷いたのが菜月には見えた。
そしてあの日の電車待ちの時と同じように小さな声。
「ありがとう」
和己がそう言ったのが確かに菜月には聞こえた。
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