第108話 続いている日常(3)

 午前中に講義2時限、午後に2時限。

 結果として学校とそう変わらない時間に予備校は終わる。


 菜月が階段を下りると和己が階段脇で待っていた。

 特別クラスは本校での授業をビデオ通信でリアルタイム送信しているもので、この校舎での受講生は和己1人。

 なので早くここに着く和己がいつも待っている形になる。


「今日はどうする?うちで食べないなら家に連絡を入れるけれど」

 春休みから和己は菜月の家で夕食を食べるのが日課になっていた。

 理由は色々ある。


 元々和己が1人暮らしをしていた事を菜月の両親が知っていた事。

 和己は元々菜月の両親にかなりうけがいい事。

 そして菜月の部活が5年生で終わり、また春休みから同じ予備校に通うようになって時間があうようになった事等である。


 ただ菜月は和己が菜月の家からの申し出を断らなかった最大の理由を知っている。

 春休み前の2月末日で、例のゲームの空間が閉鎖されてしまったのだ。


「もう目的は果たしたからね。この後は移住計画の実施でリソースを使うし」

 そのシステムの言葉を聞いた時の和己の動揺した様子を菜月は今でも覚えている。

 もっとも菜月以外から見ればほんの少しだけ表情が変化したようにしか見えなかっただろうけれど。


 和己は家に他に人がいないのをいいことにあのゲームの世界を有効に活用していた。

 主にただ飯を食べられる場所として。

 ディナーバイキングやら定食やらファストフードやらを毎日好き放題に食べていたのを菜月は知っている。

 そのくせ全く身長も伸びず体型もかわらないのは菜月にとってだけでなく本人にとっても疑問らしいのだが。


「今日も頼む。でもその前に少しだけ寄り道したい場所があるのだが、いいか?」


「いいよ」

 行き先も何も聞いていないが菜月は簡単に了承する。


 和己がゆっくり歩いて行ったのは隣の建物。

 かつて何回も通った桜ヶ丘市民センター。

 和己はちょっとだけ立ち止まり、何やら懐かしそうに建物を見上げてから中に入る。


 誰もいない受付を無視してかつて通った廊下へ。

 もう菜月は和己がどこへ向かっているかわかった。

 かつてのゲームの入口であった、あのエレベーター。


 でももう、あのエレベーターはゲームには続いていない。

 ここの入口はゲームが終わったあの夏の日の次の朝に閉鎖された。

 代わりに和己の家の玄関内にある倉庫への扉から入れるようになった訳だ。

 でももうそれすら、既に過去の話だけれども。

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