第71話 私とあなたと電車待ち(2)

「何でそう思うんだ?」

「今日の和己、饒舌過ぎる」


「そんなに変わらないつもりだが」

「いつもの和己なら感情論に近い事は言わない」


 和己はふうっと溜息をつく。


「厳しいな、いつもながら」

「どうしたの、何があったの?」


「たいした事じゃない」


 溜息を更に1回追加する。


 菜月は何も言わない。

 和己はもう1つ溜息を追加してから口を開く。


「昨日夜、ちょっとした事に気づいたんだ。

 ゲームでの年表並べて、経過時間を推測してこっちの世界と同期させて」


 菜月は黙って聞いている。


「そうしたらある事に気づいた。

 僕が父や母に最後に会ったのは3年前。この街が仮想世界だとしたならば、仮想世界が始まる時点よりも時間軸では前になる。

 そして2年後までに地上への移住が始まる。それは父や母が帰ってくるよりも前だ。


 つまり実際には僕が両親と会うという事は無い。

 これってひょっとして僕には親がいないという事じゃ無いかと思って、念の為家の中のアルバムや写真を一通り見てみた。

 いや、見てみようとしたと言うべきだろうか」


 菜月は何も言わずに和己の言葉を聞いている。


「予想通りだった。

 アルバムも無ければデジタル写真も残っていなかった。

 それらしい名前や書類だけは残っていたけれど、それが本物かどうかはもう僕にはわからない。

 なにより僕自身、両親の顔を思い出そうとしても思い出せないんだ。


 よく考えたら電話をしたという記憶はあるが、電話の内容すら思い出せない。

 本当に電話をしたのか会話をしたのかすら今は自信が無い。

 それがどういう意味かは推測しか出来ない。ただきっと僕には親とか兄弟とかはいないんだ。


 それだけ。我ながら情けないけどな」


 菜月は少し考える。

 そして菜月は和己の左手を掴んだ。


「私は難しい事は言えない。でも私はここにいる。私は今、和己の横にいる。

 和己の手を握っている。

 それだけはきっと確実に言えるし、感触で感じられる」


 菜月は電車が来るまで和己の手を離さなかった。

 握る手の感触に伝わる体温に涙が出そうになりながら、和己は電車を待っていた。

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