第10話 幼馴染みと腐れ縁

 放課後の新聞部の部室。

 タブレットを充電している間、和己は菜月に問いかける。


「『マトリックス』って映画を見たことがあるか」


 菜月は首を横に振る。


「体を反らして弾を避けるシーンだけは知っているけれど」

「あれは今過ごしている現実は仮想世界で、本当は人間はパイプや電線でつながれた状態で夢を見ているという話だ」


「何その悪夢みたいな話」

「夢だといいんだけどな。あのゲームのキャッチフレーズ、知っているか」


 菜月は頷く。


「上和田先輩の取材ファイルに載っていたわ。『仮想ではない現実を、貴方に』だよね」

「この世界の物理法則をああも簡単に超えられるとな。あのゲームの指している現実ってのは、さっき言った『マトリックス』のようなものじゃないかと思ってさ」


 微妙に和己が弱気なのを菜月は感じ取る。

 こういう和己は珍しい。


「だとしたらどうするの?」

「ゲームの事を一切忘れて、このままこの世界を謳歌した方が正解って事さ。無理に苦しい現実を見る必要は無い」


「和己にそれが出来るかな」

「菜月がそれを望めば」


 菜月の思ってもみない言葉で返された。

 だからとっさに反応できない。


「なんやかんや言われているけれど、ここは決して悪い世界じゃ無い。

 少なくとも人並みにしていれば衣食住は困らないし、それなりの余暇活動も出来る。

 そこまで多くを望まなければ十分に報われている世界だ。

 それが犠牲になる可能性がある。

 その覚悟はあるかい」


 問いかけ口調では無い。

 むしろ和己は何か何というか、弱気というか寂しげな感じだ。

 滅多に見せない状態の和己に菜月まで調子を狂わせそうになる。


「そこまで和己が弱気なのは珍しいじゃない。いつもの傲岸不遜さはどうしたのよ」

「それだけの事案の可能性があるって事だ。いや違うな。可能性がある、じゃなくてそうとしかあり得ないの方だ」

「単に魔法だとか、そういうものじゃないの」

「理屈が通らない説明は説明じゃ無い」


 この辺りはいつもの和己だなと菜月は感じる。


「じゃあ、それでも調べたいと私が言えば」

「付き合うさ。僕も興味が無い訳じゃない」


 和己はそう言って、そして付け加える。


「たださっき言った可能性だけは覚えていてくれ。そして危ないと思ったら逃げろ。それだけは約束してくれ」

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