六郎くんの家庭事情 その3
今日は、六郎が高校生になって初めての中間テストの日。
全ての教科で満点をたたき出す為、毎日の復習を欠かさずマメなところはさすが六郎といったところだろう。
(準備は万全。いつでもこい!中間テスト!)
神壁コーポレーションを背負う立場としては、3年間常にトップでいることが求められているはず、と考える六郎に死角はない。
六郎は、最初の1歩から躓くわけにはいかない!と無駄に意気込んでいる。
そんな大事な朝でも、いつもの光景が六郎を襲おうとしていた。
「六郎様。
そろそろ“朝食”のお時間となります。
お早めにダイニングへお越しくださいませ。」
「ありがとう田村さん。
今行きます。」
六郎としても、信頼できる田村の助言に間違いはない。
今日の朝食は、美和子が腕によりをかけると昨日笑顔で言っていた。
さすがの六郎と言えども、どんなトラップで余計な時間をくうはめになるか想像が出来ない。
(早めに“朝食”を済ませるにこしたことはないだろう・・・
今日は伝説を創り出す初日。
不慮の事故的な行事で病院送りになる事は許されない。)
見慣れた大きなドアを開けダイニングに入ると、心なしか家族の揃いが少ないようだ。
獅子雄と美和子が必ずいるのは当たり前だが、今日は六郎の他に七々子と五郎だけが座っている。
(他の皆は先に行ったのだろうか。)
辺りを見回している六郎に父が、
「どうした六郎。
高校生活の最初のテストに緊張でもしているのか?
らしくないな。
ガハハハハハ!」
「いや、他の皆はどうしたのかと思って。」
「四郎は避難・・・
いや・・・先に学校へ行ったぞ。
四郎も大学1年になるのだから、思うところもあるのだろう。
三和は、今日は学校に行かないと言っていたなぁ・・・
何があったのか知らんが、顔色が優れないと吉村が言っていたから、今日は一日家にいるんじゃないか。」
「あ、あぁ・・・そうか。
三和姉さんはしょうがないよ、きっと」
(四郎兄さん、逃げたな・・・)
三和の心の傷は深いように見えるが、時間と共に解決するのは目に見えている。
思いの外楽観的な一面を持つ三和の性格からして、突然復活した翌日には暑苦しいほどのラブラブオーラを出しながら帰って来る。
惚れっぽいだけなのだ。
四郎は、ある意味頭が良い、と言うか察しが良い。
戦線離脱とは流石の判断能力といったところだろう。
しかし、今日の主役たる六郎がこの席に座らずにはいられない。
(今日の俺のためにと余計なことを頑張ってくれた母に申し訳がたたない。)
六郎は、ただただ寧々の腕を信じて“朝食”に立ち向かった。
ダイニングテーブルに座った全員が生唾を飲んだ。
(ゴクリ・・・)
ここは戦場。
一瞬の隙も許されない。
テーブルには、まるで豪華ホテルで出される朝食ビュッフェのような料理がずらりと並んでいる。
和洋中様々な料理が絢爛豪華な装飾と共に並び、到底家族では食べきれないであろう量である。
そして、疑いたくなるが美和子一人でこの料理を作ったのだ。
一体何時間かけて準備したのか想像もつかないが、愛情たっぷりの美和子ならやりかねない。
無駄に手際が良く、なんでもこなしてしまう器用さは、神を呪う程の特殊能力と言える。
しかし、六郎のためを思っての豪華料理に精一杯の愛を感じるが、これはやり過ぎではないだろうか。
目の前の光景に少し青ざめた顔の獅子雄が、“朝食”に挑む戦いの火蓋を切った。
「では、いただこうか。
今日のテストがんばれよ六郎!
ガハハハハハ・・・・・・」
(???????)
家族全員の手が止まったまま、沈黙が30秒ほど続いた。
ここでお決まりの、うっかり美和子が発動するはずなのに、今日に限ってうっかりが発動しない。
(何故だ?!)
不穏な空気を察した獅子雄が、美和子に小さく声をかけた。
「美和子?
今日の朝食は完璧か?
何か足りないモノはなかったか?」
「はい。あなた。
だって今日は六郎の大事な日ですもの。
いつものうっかりで六郎に迷惑かけるわけにはいかないわ。
さぁ、皆早く食べましょう。
六郎も♪
学校に遅れてしまうわよ。」
(なにーーーーーー!!!
今日に限って何も起こらない?
そんなはずはない!
今日という日を完璧に過ごすためには、母のうっかりが必要不可欠なはず。
このままでは、俺の完璧なプランに障害が生じてしまう。
これは死角だった・・・
どうにかしなくては・・・)
両手にフォークとナイフを持ったまま、美和子以外家族全員の手が止まり、冷や汗が背筋を通り、ダイニングは緊迫した空気に包まれた。
そんな張り詰めた空気に、田村の神の如く手腕が光った。
「奥様。
本日のご予定が少し変わった事を、すっかり申し伝え損ねておりました。
朝食中ではありますが、少々お時間を頂けますでしょうか。」
(さすが過ぎる田村さん!!)
皆の緊張が一気にほぐれた瞬間だった。
本来なら、普段からノーミスの田村に限って、うっかり忘れていたなどと言うことはまずあり得ない。
しかし、今日のために、わざと仕掛けを用意していた田村はまさに神対応を決めた瞬間だった。
少し不思議そうな顔をした美和子だったが、普段から信頼の厚い田村のうっかりは稀すぎて許された。
「あらそう?
田村さんでも珍しい事もあるのね。
わかったわ。
皆、先に食べていてくれるかしら。
すぐに用事を済ませて戻るわ。」
「では奥様。
お部屋の方へお願い致します。
寧々。あとは任せました。
皆さんに料理を取り分けてください。」
「かしこまりました。」
田村の一言と、扉の閉まる音を確認した使用人達が、一斉に料理を入れ替えた。
その早技はギネス記録に認定される程の手さばきで行われ、あっという間に同じ料理が違う料理へとすり替えられていった。
慌ただしい瞬間を終えると、改めて家族全員がフォークとナイフを手に持ち、優雅に朝食を済ませた。
こうして六郎は、無事“朝食”を済ませ、学校へ行くことが出来た。
玄関を開け、学校へ向かう六郎に美和子が声をかけた。
「今日は、頑張ってお弁当作ったの。
これ食べて、今日頑張ってね♪」
「あ、ありがとう母さん。
あとでおいしく頂くよ。」
今日が、テスト期間の午前授業で助かった・・・
六郎くんでなしえないコト 風見☆渚 @kazami_nagisa
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