六郎くんの○○な場所


平和このうえない学園生活は、今日も何気なく過ぎ去り、校内における六郎のキャラは固定され、吉村の裏工作も成果があらわれている。

そのせいか、六郎という人物に免疫の出てきた生徒達の中から、六郎に話しかけようというチャレンジャーも増えてきた。

そんな中、学園生活に慣れた生徒達へ青天の霹靂とも言えるビックイベントが各教室で騒がれている。

その名も、委員長選出会議。

この行事は、やりたがらない人が多い中、なんとか選抜しなくてはいけないというクラス担任はもちろん、生徒全員が頭を悩ます恒例行事である。

高校生の最初の委員長という任を背負う事によって、酷い場合は卒業までその立場をしわ寄せの如く背負わされる羽目になる可能性のこの役目をやりたがろうという人間は少ない。

この苦痛に耐え抜いた先には、くじ引きという地獄が待っているのは、誰しもが知る事実である。

だがしかし、たった一つの教室だけは今すぐにでもクラス委員長という任を欲するモノの手に委ねられようとしていた。

そう、六郎の教室である。


静まりかえった教室で、クラス担任が重い口を開き、委員長の選出に四苦八苦する表情を上げたその先には、六郎がクラス委員長という役職に目をキラキラと輝かせ、狙っている光景があった。

そして、委員長に率先して立候補したのは、まぎれもなく六郎一人である。

そもそも、クラス内で六郎がきっと委員長になるであろう、なりたいであろうという空気を察しているクラスメート。

加えて、委員長という面倒な役職に自らなろうという人間はほぼいないのだから、ある意味目立ってもしょうがない。

こうして、委員長の座をかけた独り相撲が開始された。


クラス担任が、定番の言い回しで


「誰か、クラスの委員長をやってくれる奴はいないか?」


と訪ねると、予想通り一人を除きクラス中の皆が沈黙を守っている。

静まりかえった教室では一人、自信満々の六郎が社交ダンスでも踊ろうかという様で、姿勢を正し綺麗に伸ばした手は、まっすぐ天を指し続けている。

(やはり、このクラスを引っ張るべき人材は、完璧である俺しかありえない。)

視界から消えないピンと伸びきった腕を直視するべきか、無視してしまって良いのか、担任として苦渋の決断を迫られている。

現状誰も発言しない教室という閉じられた空間の中、15分以上の沈黙が続いた。

その間、ブレずにただ一筋の美しく上げられた手だけが、凛々しくそびえ立っている。

迷いに迷った担任だったが、決議権を行使せざるおえない状況の中、六郎を委員長に任命した。

このクラスの委員長に六郎がなると決まった瞬間、何故か小さくガッツポーズを決めた六郎に、教室中の全員が気付いていた。


こうして、見事クラス委員長となった六郎は、様々な改善や目標を胸に委員長を1年間やり遂げる面持ちで黒板の前に立った。


「俺が委員長となったからには、このクラスは全てにおいて完璧を臨む。

皆も1年間、俺に着いてきて欲しい!」


熱弁を揮う六郎に、恐る恐る担任が横やりを入れた。


「クラスの委員長は学期毎に交代だから、実質1学期だけなんだが・・・」

「な!

そ、そうか・・・

だがしかし、問題はない。

任期満了まで委員長を成し遂げてやるさ!」


無駄に春の爽やかな風が流れる中、六郎の笑顔がまぶしく光った。


クラス委員長は、クラスの代表であっても所詮雑用の仕事が多い。

そんな事はお構いなしに、六郎は日々の労働に汗を流すべく真面目に、暑苦しいくらいに率先して行動を起こしている。


「教諭よ!どこへ行く。

お困りの顔をしているではないか?!

さぁ、俺にやって欲しいことはないか!」

「いや・・・ここでは・・・六郎くんの手を・・・煩わすことは・・・何も・・・ないんだが・・・ふんぐぅ!」

「そんな事言わずに!

顔が困っていると言っているぞ。

さぁ、なんでもやってやるから言ってみろ!」

「いや・・・だから・・・」

「何だ?言ってみたまえ!」

「早くしないと・・・」

「早くしないと?」

「間に合わないから・・・」

「それは大変じゃないか!

なんだ?何をして欲しい?何をそんなに急いでいるのだ?」

「少し、横に一歩ズレてくれないだろうか・・・」

「?

そんな事で良いのか?」

「そうだ・・・トイレに・・・行きたいだけなんだ・・・」

「それは一大事だ!

早く行った方が良いな。

トイレを我慢する事は体に良くない。

そもそも尿の成分とは・・・

「その話、長くなりますでしょうか?」

「そんなに長くないぞ。

30分もないからな。」

「申し訳ないのだが、今少し急ぎたい・・・ふんぐぅ!」

「しょうがないな。

出てきてから要件を聞こうじゃないか。」

「ここが今一番の重要案件だからお気遣いなく!!」


青ざめた顔で股を押さえた教諭は、よろめきながらトイレに入っていった。

切羽詰まった表情でトイレへ駆け込む教諭に、六郎がもう一声かけた。


「手伝うぞ!」

「お構いなく!!!」


教諭の罵倒とも取れる返答を背に、


「ではしょうがない。

次へ行くか。」


と言いつつ、教師専用トイレの前を後にした。

こうして、悩める他人の問題を解決したい!という欲求を満たす相手を探し、六郎は校内を散策する事が日課になった。


春の暖かさが段々と暑い陽射しへと移り変わる初夏。

この季節になると、夏服への衣替えが行われてくる。

夏の風がふくと、必然的に授業でも使うプールが解放される。

こうなると、当然のことだが全校生徒が体育等の使用するプール。

本格的な授業が始まる少し前に、プールの大掃除は必要になる。

そんな大役を買って出た六郎はプール掃除を一人始めるのだが、自室の掃除すらしたことのないお坊ちゃま育ちの六郎の掃除は酷い有り様だった。

本人は完璧に仕上がったと自信に満ちあふているが、もちろん吉村の仕上げによって、プールは昨年よりも美しい水面を輝かせていた。


プールが無事開放され、授業以外でも部活等で使用する生徒達も増える。

そんなある日、水泳部が六郎に声をかけてきた。


「神壁くん。

君の身体能力を活かし、水泳部の助っ人をしてもらえないだろうか。」

「水泳部か。

お安いご用だ。種目は何でもいけるぞ!

完璧な俺に、出来ない種目はないからな。」

「そう言って貰えると助かるよ。

もともと部員が少なくてマイナーな競技だから。

これで今年は県大会も夢じゃないぞ!」


助っ人で呼ばれた六郎を中心に集まった水泳部は、部長の一声によって活気に溢れた。

まずは練習にと、専用の水着に着替え終わった六郎を、部長が専用スペースに連れて行った。

(なんだこのブーメランパンツは?

こんなに小さな水着よりも、スパッツ系の方が良いタイムが出ると思うのがが・・・)

派手なピンクで彩られたブーメランパンツが眩しく光る六郎は、水泳部に言われるがままプール脇に行く部長の背中をついて行った。

(どこまで行くんだ?)

疑問に思いながらも、狭く急角度の階段を一段一段登っていく。


「さぁ、着いた。

今日は練習だから、軽く飛び込んでみてくれ。」

「ここはどこだ?!」


夏の陽射しが直接あたっていても、少し肌寒いと感じるこの場所からは、プールが小さく足下に見える。

鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような表情をする六郎に部長が


「神壁くん、どうかしたのか?

ここはだいだい10mだが、何か問題でもあるのか?」

「いや、そ、そんな事はないぞ・・・

ただ・・・たか・・・見晴らしが良すぎないか?」

「そうか、俺たち水泳部の高飛び込み専門の選手からすれば見慣れた光景だぞ。」

「そうだな。

愚民を見下す俺が、こ、こんな景色み、見慣れたこ、光景だ・・」


勢いを付けて立ち上がり、背筋を伸ばし震える足をこらえながら一歩一歩歩く六郎の股下を、夏でも少し冷たく感じる風が通り抜けていった。

六郎は、小さな頃から受けた英才教育のおかげで、4才にしてバンジージャンプとスカイダイビングを経験している。

しかし、そこでの経験がトラウマとなり、今では歩道橋すら一人で歩けなくなってしまったのである。

何を隠そう、神壁六郎は極度の高所恐怖症なのである。

(恐るべし、高い場所・・・)



本格的な夏に入ると、暑い陽射しがグラウンドに照りつけていたある日、またも事件が、ではなく悩める人がいないかと散策している六郎に声をかけるモノがいた。


「神壁くん。

是非陸上部に入ってくれないか?」

「俺はIOCから本格的な種目で出場していけないといわれているのだ。

だから申し訳ないが、入部は出来ない。」

「そうか。

なら、是非うちの部員達への指導を手伝っては貰えないだろうか?」

「まぁそういうことなら、喜んで引き受けよう。」

(また、棒高跳びでもさせられたらたまったもんじゃない・・・)


高い場所で行う競技は無理だが、陸を離れない競技なら世界で通用する実力を持つ六郎。

そんな六郎の指導は、天才的であった。


「そうだ!

そこで、バーーーと行って、ぎゅーーーんと行くんだ!

違う!!

俺の話を聞いているのか?!

ズバーーーーといって、ギュイーーーーンだ!」


陸上部の部員達は、その日部活に集中出来ず、ことごとく最低タイムを更新していった。


夕暮れ時になると部活の時間も終わり、六郎からやっと解放された陸上部の部員達は、心身ともに疲れ果てていた。

皆が皆、普段とは違う疲れを感じ、いつも以上に疲れ切った表情でグラウンドを後にした。

そんな部員達とは違い、爽やかに汗を流し、やりきった感いっぱいで満面の笑みをする六郎が片付けをする部員達に迫った。


「俺が手伝ってやろう。」


部員達から後片付け強制的に奪った六郎だったが、テキパキと後片付けを済ませあっという間に終わってしまった。

これには、さすがの部員達も助かると賞賛している。

コーチと言うよりも、六郎はマネージャー向きなようだ。

天才的な頭脳を持つ六郎だったが、マネジメント力に関しては少し違うようで、このまま陸上部のコーチをし続けるとなると、部員達の精神力がどこまで持つのか想像も出来ない。

一通り片付けを済ませた六郎は、最後の大荷物を一人で体育倉庫に運び終わった。


「思いの外時間がかかってしまった。

さて、俺も帰るとしよう。」


体育倉庫の奥からひょっこりと顔を出した六郎は、周りの異変に気付いた。

(なんか薄暗いな・・・まだ日暮れにしては早いはずだが・・・)

不信に感じている六郎の予測は的中した。

重たくしまった倉庫の扉は、沈黙を守り続けている。

締め切られた窓から差し込む光に、倉庫内のホコリがキラキラと輝き地面へゆっくりと落ちてくる。

さっきまで練習していた陸上部も着替えを済ませ、部室から出てそのまま帰宅していった。

誰一人、六郎の存在を忘れていた。

それもそのはず。

いつものように部員全員を確認し、鍵を閉めた部長が六郎の存在を忘れていたのだから。

一人閉じ込められてしまった六郎は、倉庫の隅で心細く小さくうずくまっていた。

六郎は、狭く閉じられた場所が苦手である。

狭いと行っても六郎は自分の部屋よりも狭い場所がダメというだけなのだ。

そもそも、六郎の部屋は広すぎて狭い場所という空間に当てはまる場所が多すぎる事も問題である。

昔、アメリカの軍隊で受けた英才教育により、時限爆弾が仕掛けられた場所から自力で脱出せよと無茶な難題を告げられた六郎。

当時、5才と7ヶ月の若かりし頃。

結局脱出作戦は失敗に終わり、爆弾の代わりに激しく鳴り響く爆竹が全力で六郎を襲った。

本物の爆弾と勘違いした六郎少年は、失禁と失神で、気付いた時にはヘリに乗せられ高所を移動中というダブルパンチで再度気を失った。

それ以来、狭い場所がトラウマとなってしまったのである。


「お~い・・・

だれか~・・・・」


か細い六郎の声が、体育倉庫の奥から小さく響いている。


夕暮れ前、校庭の隅にある大きな木の上。


「やべ、昼寝しちまった。

あれ?

坊ちゃんがいねえな・・・

しょうがねぇなぁ。面倒だが探すか。」


監視の任務中に昼寝をしてしまった、吉村が六郎を見つけたのは、そこから2時間後の事だった。


六郎、高校一年の夏。

忘れられない夏を過ごした。




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