六郎くんの学校生活

学校生活も数日が過ぎ、各教室では仲良しグループといったモノが至るところで出来上がってきた。

普段話す相手もある程度決まり、日常的なちょっとした事を一緒に行う場合も、そういったグループに自然と分かれ行われていく。

ましてや昼休みという時間にもなれば、仲の良い者同士で机を並べ、会話を楽しみながらの昼食が繰り広げられる。

しかし、自身を高嶺の花と言ってしまう六郎に話しかけてくる者は少なく、六郎と会話をした者が勇者扱いされるほどの存在とされる。

そんな六郎を、友人と呼ぶ者が一人、クラスは違うが昼休みはいつも一緒に食事を楽しむ為にやってくる。

今日も、昼休みのチャイムが鳴った直後、その友人は六郎の教室を訪れてきた。


「お!六郎、腹減ってるのか?

なんか、この世の終わりには俺しかいない!みたいな顔してんな。」


「どういう顔だ、それは・・・

まぁ、俺は細かいことは気にしない。

宇宙よりも広い心を持つ俺としては、今回のおまえの失言は特別に許してやる。

ところで、今日もやってきたのか勇人。」


クラス中の視線を集める中、気さくに六郎に話しかけているこの人物は、六郎の幼なじみで近所に住む兼田勇人。

学園内外も含め、唯一六郎に物怖じせず話しかける人物である。

勇人が話しかけてくるまで、六郎は内心、

(何故誰も俺に話しかけてこないのだ。

そうか。俺の高貴なオーラがそうさせてしまっているのか。

まぁ、そういうことならしょうがない。

完璧である俺は、庶民からすれば誰もが高嶺の花と崇めるべき存在。

そんな俺への評価は、クラスメートも一線を引くべき特別なのだから。

そう、俺は“かんぺき六郎”。

決して、断じて、ボッチが寂しいわけではない!)

残念なほど友達を作る事が苦手な六郎に頭の中は、ろくな事を考えない。

そんな無駄にただならぬオーラを発している六郎を気にせず、勇人は気軽に話しかけてくる。


「昔から、俺しか話しかけてくるやついないだろ?

かわいそうな六郎坊ちゃんを、相手してあげようというこの優しさに、感謝して欲しいくらいだ。」


「おまえのように失礼な男は他にいないからな。

特別に許しているだけだ。」


「そりゃどうも。」


兼田勇人は、神壁家のすぐ隣の家に住む幼なじみ。

両親は公務員で忙しく、平日は留守にすることも多い。

自然と同年代という繋がりもあり、幼なじみの勇人は昔から六郎が一緒に遊ぶ唯一の相手だった。

小学校の時は、偶然にも6年間を同じクラスで過ごした。

神壁家の黒い裏技を使った訳ではなく、たまたま偶然同じだった。

勇人以外の人間は、皆六郎の家におののき、教師ですら目を合わせる事が少ない。

その為、会話の相手は自然と勇人だけとなった。

六郎が、中学では私立へ通うことになり勇人と違う学校になったが、隣に住む隼人にとってはあまり関係のない事であった。


「ところで、昼休みはどうすんの?」


「そろそろ届く頃だ。」


「じゃぁ、お邪魔すっかな。」


「いつも通りだな。」


「だって師匠が持ってくるんだろ?

今朝の鍛錬の時、言ってたし。」


「何のための鍛錬か知らんが。

吉村さんも飽きずによく付き合うモノだ。」


いつからか、勇人は毎朝神壁家の道場で、吉村に鍛えてもらう事が日課となっている。

神壁家で働く使用人の中でも、変わった経歴を持つ吉村官兵衛。

歳は36才。

獅子雄が通うスポーツジムのトレーナーをやっていた頃、話が合い意気投合。

そのまま気に入られてしまい、獅子雄のスカウトによって神壁家の執事をする事になった。

神壁家で働く使用人は、基本的に神壁夫婦の仕事に関する人材が殆どだが、吉村だけは偶然の出会いによって神壁家で働いている。

本当かどうか定かではないが、吉村は昔、無人島に1年暮らしていた時期があるらしい。

体格は意気投合した獅子雄同様、背が高く燕尾服からでもわかる程に盛り上がった筋肉が特徴的な脳筋タイプ。

実際、野生の勘がかなり鋭く、時々何かと戦っているらしい。

座布団などのクッションコレクターという変わった趣味を持っており、入学式の時に六郎が目にした紫色の座布団も吉村コレクションの一つである。

勇人は、吉村が持つサバイバル術や隠密系の技を習っており、吉村を師匠と呼び慕っている。


「お、来たようだ。」


六郎は気付かなかったが、勇人が吉村との間で交わされる信号をキャッチした。

ガラッ!ガシャン!!

教室のドアが勢いよく開き、出入り口に頭が当たるほど背が高く、引き締まった筋肉が特徴的な吉村と、小柄で可愛らしいJKのような山崎寧々が現れた。

二人の身長差ははげしく、まるで親子のように見えなくもない。


「おーーい。

坊ちゃん!昼飯持ってきたぞーー。」


「六郎様。

本日も昼食の会場は、こちらでよろしいでしょうか。」


二人が現れると、教室内が待ってましたと言わんばかりの歓迎ムードで湧き上がった。

最初はどよめきも起こっていたが、数日も立てば学校内でも見慣れた光景になる。

六郎が、そんな二人に近づき、


「寧々さん、いつもご苦労様です。

この程度なら吉村さん一人でも充分ではないですか?」


と、寧々を労うのだが、当の寧々としては好きでやっている事で、


「わ、私は、よ、吉村様と一緒にいられるだけで・・・

いえ、六郎様に美味しい食事を用意する事が仕事ですから。」


実際、筋肉が取り柄の吉村からすれば、100や200人前の料理を持ってくる事くらい朝飯前である。

しかし、吉村と二人っきりで出かける事など滅多にない寧々としては、この昼食での外出は絶対に外せないビックイベントなのだ。

(何故、寧々さんはいつも届けに来てくれるのか。

きっと、神壁家に仕えるメイドとしての誇りなのだろう。)

六郎は、人の感情に鈍感である。


教室の窓側に手早くずらりと並べられた食事は、高級ホテルのビュッフェを彷彿させるモノである。

実際、寧々の作る料理は天下一品。

寧々は、毎朝美和子の創る朝食を神業の如く精工に再現する能力だけでなく、一流シェフも驚きの腕前を持つ。

見た目は女子高生としてクラスにいてもおかしくないのだが、母の旧友として神壁家で働いている。

獅子雄ですら知らない本人の実年齢は、美和子だけのトップシークレット扱いとされている。

そして、獅子雄にも本性を見せる事はない。


あっという間に、昼食の用意が仕上がった。

そして、吉村が豪快に六郎を引き寄せ、お気に入りの料理を突き出した。


「坊ちゃん!

今日のメシも最高にうまいぞ!

さっき味見で10人分ほど頂いたが、どれも絶品だ!」


吉村が六郎に話しかけている横で、寧々が耳まで真っ赤にしてうつむいた。

そんな寧々に、六郎の鈍感がチクリと刺さる。


「寧々さん、顔が赤いですが、どうかしましたか?」


「聞くな六郎。

これは深く大事な話であって、おまえには一切関係のないことだ。」


空気を察した勇人が、六郎を教室の端へ引っ張っていった。

(腑に落ちないところもあるが、深く聞いてはいけない事のようだ・・・)

六郎の鈍感が寧々の幸せを邪魔しないようにという気持ちと、師匠である吉村が幸せになって欲しいと願う勇人の心意気として、なるべく二人になれるように気を遣うのだが、吉村も自分の事だけは鈍感で、人からの好意に気付かない事が多い。


淡々と準備を進める寧々の前に豪華な食事が並び、


「さぁ皆様、お口に合うかわかりませんが、どうぞ召し上がってください。」


というかけ声によって、料理の前に殺到した生徒達が我先にと食べ出した。

もちろん六郎の分は、先に別の皿へ盛り付けられている。

自分の机で優雅に食事をする六郎の隣には、ちゃっかりと自分用に盛り付けてもらい同じく優雅に食事をする勇人がいる。

これも日常的な光景となった。

こんな光景は普通ならありえないのだが、神壁家の諜報部門を主とする吉村の策によって当たり前となった。

最初はさすがにここまでの事をされると困ると言ってきた教師がいた。

料理の準備をする二人を止めに入る者もいたが、最近は顔すら出さない。

何故なら、注意してきた教師達に吉村が小さく耳打ちをした事が原因となっている。

吉村から耳打ちされた全ての教師は青ざめ、時には涙目でその場を走り去っていった者もいた。

いつからか教師の間で噂が広まり、吉村は敵にしてはいけない要注意人物として知られている。


賑やかな昼食が終わると、予鈴と共に午後の授業が始まる。

さっきまでごった返していた教室が、まるで嵐が去ったあとのように、気付けば何気ない日常の教室へ変わっている。

昼休みという1時間にも充たない時間で、ここまで完璧に去って行く二人は、さすが神壁家の使用人といったところである。


午後の授業は勇人のクラスと合同で行う体育だったな・・・と考えている六郎の手元が止まった。

(は!!なんてことだ。

俺としたことが、着替えがないじゃないか!

完璧である俺が、こんな初歩的な凡ミスをしてしまうとは!

いや、まてよ。

そんなはずはない。)

困惑で頭を抱え込んでいる六郎の視界の外から何かが音を立てず滑り込んできた。

ひゅ!!

六郎は、そんなはずはないと、もう一度自分の荷物を確認する。

すると、さっきまでの困惑した表情から、安堵の表情へと変わっていった。

(もう一度荷物を確認してみよう。

おおお!!やっぱりあるじゃないか!

さすが俺だ。

完璧であるこの俺が、初歩的な凡ミスをするはずがない!

俺は完璧なのだから。)

自信にみちた顔に戻った六郎は、体育の準備を済ませグラウンドへ駆け出した。

少し遅れた六郎を待っていたようで、下駄箱の角に勇人が立ってた。

(さすが師匠!お見事です。)

(勇人もそのうちこのくらいの事は出来るようになるさ。)

(今日も学校で監視任務ですか?)

(まぁ役目だからな・・・おっと坊ちゃんの登場だ。

坊ちゃんと仲良くやってくれよ。)

(はい!師匠!)

下駄箱の角で一人立っている勇人に違和感を感じ、靴を履き替えた六郎が声をかけた。


「どうかしたのか?」


「いや、なんにも。

早く行かないと遅れるぞ。」


「さっき誰かと話していなかったか?」


「いや、おまえを待っていただけだよ。」


「良い心がけだ。

では、一緒に行ってやろう。」


「それはそれは光栄なこった。」


さっきの違和感が気になった六郎は、前を歩く勇人の背中と辺りを見渡したが、人影どころか人の気配すらない。

(勇人が、さっきまで誰かと話していたように思えたのだが、誰もいないし俺の気のせいか・・・)


グラウンドには、首から下げた笛を鳴らし、駆け寄る六郎と勇人を手招きする体育教師と、二人を除いた生徒達が整列している。

(今日の体育でも良い成績を俺は完璧に出す!)

日々全ての授業に対する意気込みが、他の生徒と明らかに違う六郎の、午後の体育がはじまるのです。



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