六郎くんの入学式

今日は、六郎の晴れの舞台である高校生活最初の日。

そう、入学式である。

完璧をモットーとする六郎は、前日に準備を済ませ、数日前まで中学生だった自分と、これから高校生になるという実感を肌で感じていた。

日課となっている“俺的チェック”をする為、自室の扉前に設置された鏡の前に立ち、

(俺も大人の階段を駆け上がる歳になったのだ。)

と、謎の決めポーズをとっている。

全身鏡の前で謎のポーズをとりながら、六郎は眉間にシワを寄せ、珍しく難しい表情をし考える事をしている。

(神壁コーポレーションを背負う立場の俺としては、3年間常にトップでいることが求められているはず。その期待を裏切るわけにはいかない。

“かんぺき六郎”と呼ばれる俺の伝説が始まるのだ・・・)


早々と目を覚ました六郎は、朝の眠気をベッドへ置き去りにし、登校の準備を済ませ登校に向けての勢いを付けているところで、部屋のドアを叩く軽いノック音が響いた。

数秒もたたず、開いたドアの脇には、軽く頭を下げた田村が頭を覗かせた。

田村の日課となっている神壁家の目覚め確認だが、大抵朝をしっかりと起きる六郎に対しては、朝食への声かけ程度で済んでいる。

他の家族はというと、田村の声で起床する者が殆どである。

完璧がモットーの六郎らしい行動であるが、田村が呼びに来ないと永遠に鏡の前でポージングをしてしまう為に必要な日課である。

以前も、朝食の準備に手間取ってしまった日があったが、その時の六郎は2時間以上鏡の前で自分と見つめ合ってたという。


「六郎様。

そろそろお時間です。」


「ありがとう田村さん。

では行こうか。

伝説を作る場所へ!」


意気揚々と扉を開いた六郎は、最後の“俺的チェック”を済ませた。

(よし、今日も、俺は、完璧だ)

朝食を早々に済ませ、いざ出陣といった風をなびかせ、六郎は学校へ向う。

神壁家では、先見を広める為に、あえて私立と公立を混ぜた学生生活を送る事を義務づけている。

その為、中学は私立に通っていた六郎も、高校では公立の学校へ通う事になっている。

そして、住んでいる地域の中でトップの高校を受験する。

勉学では他を圧倒する天才の六郎にとっては雑作もない事だ。

滑り止めを必要としない六郎の受験は、一ミリの困難もなくスムーズに一発合格。

実際、成績はトップクラスではなくトップなのだから進学する高校も選びたい放題である。

六郎も、両親の考える教育方針を理解し、

(私立だけという狭い世界では、俺の実力がその狭い世界で終わってしまう。)

と考えているようだ。


通学は、田村や吉村がハイヤーで送り迎えする事はなく、基本自転車で移動する。

文武両道の六郎としても、日々のトレーニングという意味も込め、通学は自転車を選んだ。

もちろん道路交通法の遵守は当たり前で、他人に迷惑をかけず毎日20kmの距離を疾走する予定の六郎。

自称イメージカラーとなっている真っ赤な新品のロードバイクにまたがり通学する。

ちなみに、あらゆる事に完璧を求める六郎からの特注で、髪型に影響を与えないよう神壁コーポレーションの技術をふんだんに詰め込んだ、オリジナルのヘルメット着用は当たり前の事である。


学校に到着した六郎は、正門前に自転車を勢いよく停め、爽やかな春風を乗せて颯爽とヘルメットを外した。

そこへ、門の前に立っていた教諭が六郎に声をかけた。


「きみ、そこにいると他の生徒の邪魔だから、早く降りなさい。

駐輪場はあっちだから。

あ、それから、校内は自転車押して歩くように。」


「出迎えご苦労だ先生。

では、失礼するよ。」


平然と教諭の言いつけ通り、歩いて駐輪場へ向かう。

自転車を指定の場所に置いた六郎は、そのまま教室へ向かい歩き出した。

背筋の伸びた美しい歩き方で、校内に爽やかな風を送りながら移動する六郎。

目が会った全員には、ウィンクで挨拶を返す。

周りから注目の視線を受けていると感じた六郎は、

(この学校で俺の事を知っているやつは一人もいない。

これから、俺の伝説がここで紡がれていくのか・・・)

と鑑賞に浸りながら、自分の教室へと向かった。


(なんだあいつ・・・?)

(何あの男子かっこよくない?)

(確か、入試トップだった奴じゃね?)

(神壁とか言うらしいよ)

(黙ってればイケメンじゃない?)

(なに完璧?いやあれただのバカだろ)

ザワザワザワザワ・・・・

周りからのささやきが六郎の耳にうっすら入っているのかどうなのか・・・

(なんだか周りが騒がしいな?

やはり、俺の完璧オーラは隠せないのか。)

六郎の脳内で、周りのささやきが完璧に変換されている。

自身の使う教室と、校内の配置などは事前に吉村情報によって、完璧に頭に入っている六郎。

教室を間違える事なく、無事到着。


入学式の前、一旦教室へ新入生は全員集まる事になっている。

教室に入った六郎はまず、自分が1年使う席を確認した。

黒板へ出席番号と合わせた席順が記載され、その通り教室には机が並べられている。

何故か、吉村は六郎の座る席の場所だけは教えなかった。

六郎の出席番号も秘密のままである。

(きっと機密情報扱いされ、校外への情報漏洩に対するセキュリティーが厳しかったのだろう。)

という想像しながら、六郎は自信の出席番号と着席する机を確認した。

出席番号の書かれた黒板で自分を探す六郎。

(35・34・33・32・・・・・)

そして、黒板に張り出されている自身の出席番号を見た六郎は愕然とした。


「なぜだ?!

なぜ俺が、13番なんだ!!!」


突然の発狂に、クラス中の生徒が六郎に注目した。

驚きとどよめきが交差する教室で、ただ一人六郎は考え込んだ。

(13番といえば不吉な数字じゃないか。

神壁という名であるいじょう、トップを意味する1番でない事は百歩譲ってしょうがないとしても、3番か、せめて7番という幸運を表す数字が俺には相応しいはずだ。

それが、13番とは・・・

これは、きっと、試練なのか?

そうだ!

神が与えた俺に対する、生きるための試練なのだ。

この13番という数字に負けない強さを発揮し、1年間を乗り切れという神からのお告げなのだ。

ならばしょうがない。

13番という数字を甘んじて受けよう。

だがしかし、この俺を13番まで追いやったクラスメートをチェックしても罪はないだろう。

これから1年間友に学ぶ学友なのだから。

出席番号・・・1番、相川・青木・赤城・阿久津・芦田・麻生・安達・雨宮・安室・荒木・安西・安藤・神壁・・・・・・

どんだけ「あ」だよ!

しかも、「あ」の次にやっとくる文字が俺の「か」って・・・

日本中の「あ」から始まる名字は俺の敵か?!敵なのか?!!

だ、だがしょうがない。

これも神からのお告げだ。

「あ」に負けない「か」になれという・・・

そのはずだ!)

何かに納得し、スッキリとした表情の六郎は、そのまま自身が使う机に向かい、ゆっくりと腰を降ろした。


全校生徒が登校し、各教室ではクラス担任が説明などの事務的な話を終えると、生徒達は体育館に向かった。

体育館に向かう六郎は、ブツブツと何かを言いながらニヤついた笑みで、他の生徒達と共に体育館へと足を向けている。

広い体育館には、全校生徒が集合している。

様々な種目が行えるほどの広さが充分ある体育館は、バスケットゴールが6つも設置されている。

ただ一つ気になる点は、天井の隙間に取り残されたバレーボールが一つある程度。


事前準備に余念がない六郎は、何度も挨拶用の台本をチェックし完璧に備えている。

六郎自身、失敗は許されないという緊張感と、全校生徒の注目を浴びる瞬間に武者ぶるえが止まらない。

そんな六郎に気付いた男性教諭が声をかけてきた。

男性教諭は丸く太めの体格をし、虚しく光る頭では少ない髪が涼やかな春風になびいてた。

ある意味艶やかに太った男性教諭は、笑顔で六郎に話しかけてきた。


「六郎くん、準備は大丈夫かい?

さっきはあまり話を聞いていないようだったが、緊張でもしているのかね?」


「任せておけ、校長。

この俺に、失敗の二文字は存在しない。」


「いや・・・私は君のクラス担任になるんだが・・・

さっきも教室で会ったんだけど・・・」


「おまえも校長を目指すくらいの度量が必要だと言うことだ!

と、とにかく、今日は俺に任せておけ。」


「さすが、あの神壁コーポレーションを背負う人間だ。

今日の新入生代表は任せたから、宜しく頼んだよ。」


「当たり前だ!」


どう見ても人違いという状況の中、緊張した六郎も焦りを隠しきれなかったようだ。

(あぶなかった。

しかし、俺のとった即座な対応は完璧だった。

あとは、完璧なスピーチをこなすだけだ。)


そんなこんなで、入学式は始まった。

(ついに始まる。俺の伝説。)

まずは、お決まりの学園長挨拶。

(俺の舞台を準備してくれて感謝する。)

在校生代表から、激励の言葉。

(俺の前座、ご苦労。)

そして、ついに六郎の出番がやってきた。


「新入生代表、神壁六郎。」


「っはいぃ!!」


声が引きつりながらも勢いよく返事を返した六郎は、文字通り全校生徒の注目をあびた。

ただ一人に全校生徒という視線が注がれ緊張感漂う中、六郎はゆっくりと壇上へ向かった。

どことなく己の世界に浸っている六郎。

(春の爽やかな風と共に、俺は観衆の目線を集めている・・・)

目をつむり、気持ちよさそうに壇上へ向かう六郎。

(壇上に上がる階段を一歩一歩噛み締め、伝説が始まる瞬間がここに・・・)

壇上に上がる階段を、一段、二段、三だ・・・ガツっ!

(ガツっ?)

六郎は、足下で不穏な音がしたと思った瞬間、周りの光景が一変した。

壇上のいた教師達が視界から消え、ゆっくりと流れるスローモーション映画を見ているような景色に六郎の脳内は高速回転した。

(どうやら、不覚にも俺は体勢を崩してしまったようだ。

そうか、これも神からの試練か。

しかし神よ、甘い!あまいぞ!!

これもイメージトレーニングで攻略済みだ。

即座に俺は両手を前に突き出し、前方への転倒に備える。

完璧なシチュエーションだ・・・)

現在起きている状況を客観的に捉えた六郎だったが、目の前に現れた紫色をした謎の物体も捕らえていた。

どこからともなく現れた紫色の物体は、勢いよく六郎の目の前、丁度両の手が付く位置へと滑り込んできた。

(これはなんだ?!

こんなモノは俺のイメージにない!)

混乱の中、六郎の到着地点に登場した紫色の物体は、ふんわりと柔らかく、そして上品な触り心地を残し、またどこかへ消え去っていった。

次の瞬間、

“バターーン!!!”

緊張感漂う静かな体育館に、衝撃音が響き渡った。

勢いそのままに大きな衝撃を顔面で受けた六郎だったが、平然と体勢を立て直し壇上の中心へ向かい、何事もなかったかのように歩き出した。

中心部へと向かう六郎に、周りの教諭達が駆け寄った。


「大丈夫かね君?!」


「いや、問題ありません。

お恥ずかしいところをお見せしてしまったようだ。

式を中断するわけにはいかないので、このまま続けさせていただきます。」


「そ、そうか。

ならば、せめてティッシュを渡しておくよ。

鼻血を拭き取りなさい。」


顔面から勢いよくたたきつけられた六郎の鼻からは、一筋の血が流れている。

(なに?!俺としたことが、民衆の前で鼻血を出してしまうとは。

うかつだった。

ここまでのシュミレーションが出来ていないとは、俺もまだまだのようだ。

ティッシュも俺に対する心優しい教師からの気持ちだ。

一先ずは、ありがたく受け取っておこう。)

鼻に、小さく丸めたティッシュを詰め込むと、さっきまで何もなかったぞと言わんばかりのドヤ顔で、全校生徒が見守る中、堂々と新入生代表を六郎は華麗に成し遂げた。

(ここはやむを得ない、先ほど受け取ったティッシュを鼻に詰めるしかない。

俺のアクシデントに協力してくれた教師達よ、感謝する。

がしかし、これだけはやりたくなかった・・・

背に腹は代えられない、か・・・)

多少のアクシデントはあったものの、六郎は新入生代表という大役を勤め上げ壇上を後にする。

六郎は珍しく緊張したせいか、どことなく苦しい胸の痛みと、ヒジを中心とした痺れるような痛みを感じている。


自分の持ち場へ戻るため階段を下る六郎の目飛び込んできたモノは、先ほど目の前を勢いよく通過したはずの紫色をした謎の物体。

(視界に入ってきたあいつが、俺の完璧を邪魔したにっくき奴か!?)

平静を装ったまま表情に出すことのない怒りを六郎は、足下に転ぶ紫色した不思議な物体に向けた。

そこには、鮮やかな藤色で、暖かそうにふっくらと膨らんだ高級座布団が一枚置かれていた。

四隅には赤と金で編み込んだ角綴じが施され、さらに紫の優しい色合いをした表面には、金色で大きな丸と、その中に同じく金色で大きく「吉」の文字が描かれている。

(これは、吉村さんお気に入りクッションコレクションの一つ。

なぜこんなところに・・・?)

全ての疑問を内に秘めたまま六郎は自分の席へと戻っていった。

(なぜかはわからんが、これがないと吉村さんが困ってしまうだろう。

一応持ち帰っておこう。)


こうして六郎の、伝説に残る入学式は幕を閉じたのである。



体育館天井付近にある小窓から、男性の声がひっそりと・・・

「いや~あぶなかった。

危うくバレるかと思ったぜ。

転んだ坊ちゃんが怪我をしないようにと投げ込んだ俺のクッションで躓くとは・・・

計り知れない天然坊ちゃんだ・・・」

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