第19話 自分の生きる道

 オレの体調が悪いと思った拓也は家まで付き添ってくれた。

 せっかくのデートを台無しにしてしまって申し訳ないと謝ると、

「そんなことは気にするな」と優しく言ってくれた。


「それより、ありがとう」

「えっ?」

「その、俺を好きになってくれて……」


 ボウッと自分の顔がこれ以上ないくらい赤く染まっていくのが分かる。

 そうだ……オレと拓也は恋人どうしになったんだ。


 拓也がオレを支えるようにして玄関を開けるとミルが立っていた。

 最初はオレたちの様子を見てびっくりしたような表情だったが、すぐにホッとしたような顔になっていった。


「おかえり、純。拓也さんもわざわざすみません」

「い、いや……」


 自分たちに向けられたミルの視線に、何かを感じ取ったのか照れるような表情で頭を掻く拓也。


「じゃあ、俺はこれで」

「あ……今日は本当にありがとう」

「いや、こちらこそ」

「……」

「……」


 自然と見つめ合うオレたち。それを見守るように微笑んでいるミル。


「それじゃあ、また」

「うん」


 拓也が家を出ていくとオレは思わず玄関フロアに座り込んでしまった。

 あまりにも今日一日で起きたことが重かったのだ。

 そこへミルが遠慮がちに話しかけてきた。しかし、目はいつもとは違って真剣そのものだった。


「純さん、お話があります」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ミルと二人でオレの部屋に入る。

 いつもと違う雰囲気を醸し出しているミルはオレの目の前に座ると単刀直入で切り出した。


「純さん、朗報です。わたしは思い出しました」

「えっ?」

「純さんが元に戻る方法を思い出したんです」

「ええっ!?」


 つまり、オレが男に戻れるってこと?

 オレが呆然としているとミルは顔を近づけてきた。


「どうしますか?」


 真剣な表情で聞いてくるミル。


「う……」


 こんなタイミングで戻る方法を思い出すなんて。

 少し前であれば一も二もなく男に戻る方法に飛びついていただろう。

 でも、今は……。


「ごめん、ミル」

「うん?」

「オレ……いや、わたしは……このままでいい」

「……」

「このまま、女の子として……『藤堂純』として生きていきたいの」

「それはモブになれた、ということですか?」


 ミルが尋ねてくる。

 元々は自分がモブになるために元神様であるミルにお願いしてこの世界にやってきたのだ。

 でも、今のオレ……わたしにはモブなんて関係ない。


「ミル、今までありがとう。あなたのおかげで自分の気持ちに気付くことができたから」

「そうですか。よかったですね」


 ミルはにっこりと微笑む。


「純さんにそう言ってもらえてわたしも嬉しいです」

「ミル……」


 不意に視界がぼやけてきた。それが自分の目から溢れてくる涙のせいだということに気付く。


「それじゃあ、わたしはこれで用が済みました」

「えっ?」

「純さんがこの世界に留まるという決断された以上、わたしがこの世界にいる理由はなくなりましたので」

「……」

「わたしは元の世界に戻ります」

「ミル……」


 ミルは少し寂しそうな表情を浮かべる。


「純さんと一緒にこの世界にいることが出来て楽しかったです」

「うう……」

「これからは……拓也さんと仲良く生きてくださいね」


 ゆっくりと立ち上がったミルさんは小さく呪文のような言葉を呟く。

 その瞬間、部屋がパアッと光ったかと思うと、オレの意識が遠くなっていった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「おはよう、お姉ちゃん」


 わたしがリビングに行くと妹の清美が既に朝食を摂っていた。


「ええ、おはよう」


 わたしもあいさつを返して自分の席に着く。


「そういえば、拓也さんとはどうなってるの~?」


 にへらとした表情でわたしに聞いてくる清美。


「どうって何が?」

「またまた~」

「あ、朝から変な質問しないの!」


 わたしは顔を赤くしながらトーストをかじる。最近の清美はやたらと拓也とのことを聞いてくるようになった。やっぱり中学2年生ともなると恋に目覚めるのだろうか。

 リビングの窓から外を見る。今日も暑い日になりそうだ。


 そう言えばもうすぐ夏休みだ。

 高校に入って初めての夏休み、拓也とどこに出掛けようかと考えていると清美が思いついたように話しかけてきた。


「お姉ちゃん、今度服借りてもいい?」

「ええ、いいわよ」

「やったあ、お姉ちゃんお洋服いっぱい持ってるから助かるよ」


 確かにわたしの服は異常に多い。しかも可愛いけど自分好みではないものが半分もある。

 前々から不思議に思っていたけど、お母さんに聞いても清美に聞いても心当たりがないらしい。

 まあ、わたしと清美の二人姉妹だし、たくさんあって困るわけじゃないからいいけどね。


「それじゃ、行ってきます」


 家を出て学校へ向かうと、途中で自転車を押しながら歩いている拓也と逢う。


「おっす、純」

「おはよう、拓也」


 拓也は別の高校に通っているけど、わざわざわたしと逢うために自転車通学をしている。

 わたしも拓也が遅刻しないように早めに家を出て、なるべく一緒にいる時間をつくるようにしていた。


「最近、暑いよな。もう本格的な夏だな」

「そうね。紫外線対策しないと日焼けしちゃうわ」

「お前、色白だから大変かもな」

「え、そうかな……えへへ」


 二人でまったりとした会話をしていると後ろから声を掛けられた。


「お二人さん、朝から熱いですね~」


 振り向くと金髪碧眼でにやりと笑う外人さん、いや転校生のミルフィーユさんがいた。

 彼女はついこないだ転校してきたけど、何故か転校初日からわたしに声を掛けてきてすぐに仲良くなっていた。

 しかも驚くことにわたしと顔がそっくりなのだ。

 顔は間違いなく美人の部類に入ると思うけど、話す内容や行動がちょっと残念な感じがして身近に感じるというか、放っておけない感じがする。


「いや~仲良きことは美しきかな、ってやつですね」


 あっはっは、と豪快に笑いながら前を歩くミルさん。

 わたしと拓也は顔を合わせて苦笑しながらその後を歩くのであった。

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神様、どうかオレをモブにしてくれ! 魔仁阿苦 @kof

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