第18話 オレの過去

 中学2年生になったわたしは、このとき既に校内では才色兼備の優等生として知れ渡っていた。

 周囲のわたしに対する扱いに最初は戸惑いを隠せなかったが、露骨にわたしを避けるようになったクラスメイトややっかみ半分で声を掛けてくる友だちに、次第に苛立ちを感じ始めていた。

 ほぼ毎日のように男子から告白されたが、当然のごとく断り続けていたため、いつの間にか『氷の女王』と呼ばれるようになっていた。


 そんな中、わたしは拓也と出逢った。


 当時の拓也は今から思えば、別のクラスだったし、特に目立つ存在ではなかった。

 ただ、周囲がわたしに対して興味半分、あるいは冷やかし半分で接してくる中でいつも優し気な笑みを浮かべて気さくに話しかけてくるのが印象的だった。


 ある日の放課後、わたしが家に帰ろうと学校の玄関に向かう途中で、拓也と担任の先生が立ち話をしているのを見かけた。

 特に聞き耳を立てていた訳ではない。でも聞こえた会話の内容は衝撃的だった。


「僕は修学学園に進みたいんです」

「どうして? あなたの成績ならもっと上の高校に行けるわよ」

「それは……家に迷惑を掛けたくないんです。修学なら学費が免除になるから」

「そう……」

「はい。親に捨てられた俺を育ててくれた祖父母には……」


 わたしは驚きのあまり動くことが出来なかった。親に捨てられた……。

 およそ現実味のない言葉に身体が震えてくるのを抑えられなかった。

 いつも優しい笑顔で挨拶してくる拓也にそんな過去があったなんて。

 それに比べて、今の自分は何だ……ちょっと成績がいいから、見た目がいいからというだけで周囲に壁を作っていたなんて。

 わたしはバカだ……いつでも自分のことしか考えていない。

 自分の浅はかさに気付いて居ても立っても居られなくなったわたしは、逃げるようにその場から立ち去った。


 それからわたしは気持ちを入れ替えた。

 これまでの自分が優秀だという自覚はなくなり、少しでもみんなのために出来ることをやろうと思うようになった。

 みんながやりたくないような仕事を率先してやり、わたしを避けているクラスメイトととも普通に会話するように努めた。

 ときにはわたしの態度が変わったことを悪く言う人もいて、悲しくなる時もあったけど気にしないようにした。そんなわたしの変化の拠り所は拓也の存在だった。

 拓也にわたしの気持ちが通じればいい。これが同情だとすれば拓也には迷惑な話だろうが、自分でも同情なのかは分からなかった。ただ、拓也には誤解されたくなかった。


 3年生になって拓也と同じクラスになった。

 相変わらず拓也は自分の辛かった過去を感じさせない態度であっという間にクラスの人気者になっていた。

 そんな拓也にわたしはホッとすると同時に、少し寂しい気持ちを抱いていた。

 このとき、既にわたしは拓也のことが好きだったのだろう。でもその気持ちを彼に伝えることは出来なかった。それが事情を知っているわたしにとって同情からくる気持ちかもしれないからだ。


 そんなある日、帰宅途中で拓也とバッタリ鉢合わせしてしまった。

 この頃にはもう『氷の女王』と呼ばれることはなかったが、それでも完全にクラスに馴染んでいたとは言い難い状況にあったわたしは、どう拓也に接していいか分からなかったので焦ってしまっていた。


「よう、今帰りか?」


 何のてらいもない、純粋な笑顔で話しかけてくる。


「そ、そうよ。悪いかしら」


 恥かしさのあまり、思わずツンツンしてしまうわたし。


「いや別に悪くないけど」


 苦笑しながら横に並ぶ拓也。距離の近さに内心ドキドキする。


「そういえば、藤堂さんと同じクラスになるなんてラッキーだよ」

「そ、そうかしら」

「ああ」


 動揺を悟られないようにするのに手いっぱいで、とても顔なんて見れなかった。


「に、韮崎にらさきくんこそ、クラスでモテモテでいいわね」

「俺がモテるわけないだろ」

「そう? クラスの女子はいつもあなたの噂をしているわよ」

「ふーん」


 何の興味もないといった顔で答える拓也。

 その様子に少し安心してしまう自分がいた。


「俺は一人にだけモテればいいんだけどな」

「へ、へえ……そんな人がいるんだ……」


 そうか、拓也には好きな人がいるんだ……。

 それが自分だと嬉しいけど、そんなこと聞けるはずがない。

 自分でも顔が引きつっているのが分かる。


「藤堂さんはどうなの?」

「うえっ?」


 突然会話の矛先がこっちに来たので変な声を出してしまった。


「藤堂さんモテるでしょ? 誰か好きな人いるの?」

「う、い、いないわよ!」


 ヤバい……今のわたし、顔が真っ赤になってるはずだ。

 何とか誤魔化さないと。


「に、韮崎くんはどうなのよ? いるんでしょ?」

「うん。いるよ」

「ふぇ……」


 あっさりと答える拓也。そして顔をこっちに向ける。


「藤堂さんだよ。俺が好きなのは」

「はひっ!?」


 ストレートな攻撃にHPが大幅に削られてしまった。


「最近の藤堂さん、いろいろと頑張ってるよね。前は何て言うか冷たい感じだったけど」

「そ、そう?」

「うん。俺、頑張ってる藤堂さんってカッコいいと思う」

「あ、ありがとう」


 うう、コイツは天然の女たらしなのか? 言葉が直接的すぎるでしょ!


「俺は藤堂さんが好きだけど、別に返事は急がない。藤堂さんを困らせたくないし。この先、もしも好きになってくれたら嬉しいけど」


 穏やかな表情で話す横顔にしばし見惚れてしまう。


「……藤堂さん?」


 黙り込んでしまったわたしの顔を覗き込むようにする拓也。

 ハッ、ポーッとしている場合じゃない!

 わたしはびしっと拓也を指さして言ってしまった。


「それじゃあ、卒業までにわたしに好きな人が出来なかったら、つ、付き合ってあげるわよ! と、友だちとして!」

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