第1章3 ルクシャード皇国代表ご一行様
――――――アルタクルエ神聖公国とルクシャード皇国の国境検問。
「ぶぇっくしゅ!!!」
「!! 随分と大きなクシャミでしたが……大丈夫ですか、そちらの赤毛の人?」
アルタクルエの国境警備兵が身分証明を検めている最中、リッドはここ一番の盛大なクシャミをした。
「ああ、大丈夫。馬鹿は風邪ひかないって言うし、アレは気にしないで結構なんで」
意外にも国境での手続きに応対しているのはシオウだった。
世界中を旅した経験からこうした越境のアレコレは慣れっこで、引率のルクシャード皇国騎士よりもスムーズに、アルタクルエ側の国境警備兵とやり取りをしていた。
「ちょ、お前それひどくないか? オレはそこまでバカじゃないって……たぶん!」
「たぶんですか。その中途半端な謙虚さ、必要ないんとちゃいますー?」
「バカはバカにかわりないじゃん。シオウくんの言う通り―」
「っ、言わせておけばこのチビっ」
「チビだけどあたしはバカじゃないもーん、キャハハッ」
スィルカやハルにいじられてるリッド。微笑ましい様子に、応対する兵士達も思わず緩み、苦笑する。
「……いやはや、なかなか楽しいお連れ様ですね」
アルタクルエは宗教国家だ。彼らはいわば僧兵で、多少の差はあれど生真面目な性格の者が多く、融通が利かない事も多々。
特にこういった手続き事で生真面目な兵士を相手取ると、細かな部分までキッチリしないと通さない、なんて言われる事はよくあるので面倒この上ない。
そんな彼らを意図せず
「ま……道中騒がしくて、おちおち寝てられないのが少し迷惑ですけどね」
シオウは軽く微笑みつつ、越境に必要な書類に必要事項を記述していった。
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―――――― 集団入国許可申請 ――――――
許可申請者:ルクシャード皇国代表選手団一同
発:ルクシャード皇国 → 入国先:アルタクルエ神聖公国
入国目的:アルタクルエ国際戦技大会への参加。
ルクシャード皇国代表参加選手団、第一陣として入国。
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集団代表者:ガント=フルレ=ガンツァーヴリッグ(第二馬車搭乗)
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以下同行者:
(第一馬車搭乗)
・リッド=ヨデック
・スィルカ=エム=ルクシャード
・ハル=ミカミ=ミアモリ
・シオウ(本書代筆)
(第二馬車搭乗)
・ガント=フルレ=ガンツァーヴリッグ
・ジクーデン=ベルオ
・モーロッソ=レステルダンケ
・エイリー=スアラ
(他)
・護衛団、馬車運用者等、別紙記載。
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滞在予定期間:アルタクルエ国際戦技大会開催期間(開催予備日を含む)
出国元責任者:ルクシャード皇国
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とある項目で、シオウの手の動きが少しだけ淀んだ。
「出国の責任は個人じゃなく国、か……」
通常は “ 責任者 ” と書かれているように個人名を書く。だが何故かアルタクルエ神聖公国への入国の際は、出国元の国そのものが責任者として記述するのが習わしだった。
「まぁ、変わっているように思うかもしれないが、それだけ当国は入国者に厳しく目を光らせている。ご理解いただきたい」
つまり入国者が問題を起こしたなら、アルタクルエ神聖公国はその入国者の出国元、つまりやってきた国全体に責任を問うと言ってるも同じ。
そうする事で出国元になってしまう周辺国家は、アルタクルエ神聖公国に向かおうとする者を厳しくチェックするようになり、怪しく危険な類の輩はそこでかなり弾かれる。
結果、アルタクルエ神聖公国では、他国から流れてきた者による犯罪率が低く、少ない労とコストで治安の高さを獲得していた。
「まぁそういう決まりなら―――けど、それだと外からの来訪者も減少しそうだな、特に旅人なんかは面倒に思いそうだし」
越境の際の厳しいチェックは、行き交う人々を辟易とさせてしまう。
シオウも世界中を旅してまわっていた頃、出国や入国の手続きが面倒な国は、もう一度来ようという気分にはなりにくかったと、自分の経験から断定した。
「16、7年前はここまで面倒な手続きは必要なかったんだがね。当時おこった事件がきっかけで、国を行き来するヤツには特に厳重になったんだ。実際、キミの言う通り、その頃を境に入国者はかなり減少したって聞くよ。ま、その分我々は楽だとも言えるがね、ハハハ」
行き交う者の減少は国家としては減収に繋がってしまう。治安面がいくら良くなろうとも、経済面を考えた場合は大きなマイナスだ。
にもかかわらず、そのマイナスを良しとしてまで国家間往来を厳重に取り締まるのだから、その事件というのは相当なものだったのだろう。
《………》
「(? どうした、何か気になることでもあるのか?)」
《……ン、そーゆーワケでもないんだけどネ……。まーいいんじゃない? 治安がいいってコトは、安心できる国ってことでショ?》
「(まぁそうだな。やれやれ、今度こそ楽できそうだ)」
守護聖獣が何か引っかかりのようなものを覚えている雰囲気だが、シオウは特に気にしない。これまでもこうした事はあったからだ。
この守護聖獣は、意外と繊細だ。何か勘どころのようなものを感じることがあるのか、行く先に何かを予感することがあり、そしてそれは3割くらいの確率で当たる。
なのでシオウも、心の奥底では一応は油断は禁物と自分に言い聞かせておいた。
「……よし、これで書類はいいかな?」
「はい、問題ありません。では入国者の身元と氏名を検めさせていただきますので、もうしばらくお待ちください。ちなみに
「ああ、間違いないよ。確認ご苦労さん」
シオウが記述した用紙を持って、警備兵が馬車に向かってかけていく。
記述にある人物がいるかどうか、あるいは記述にない人物がいないかどうかをわざわざチェックする。
何等かの理由で厳戒態勢にある国並みの丁寧さと厳重さ―――シオウは警備兵の熱心な仕事ぶりへのねぎらいと、自身の性別への勘違いに対する呆れを混同するように小さく息をついた。
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