第1章4 お姫様は天然倹約家




 ――――――アルタクルエ神聖公国へと出立する1週間前。




「ねぇシルちゃん、本当に新しく買い足す必要あるかしら??」

「それなりの期間滞在する事になりますよって、準備はしっかりしていきませんと。ミュー姉様の場合、本当に必要なもんまで用意怠るじゃないですかー」

 従妹いとこに指摘され、ミュースィルは うっ と言葉に詰まった。

 それは親族縁者であり、昔からの彼女を知っているからこその心配であった。

 本来ならこういった買い物ごとは喜ぶお年頃であるはずなのに、彼女にその様子はない。大きく豊かな胸を抱きしめるようにその前で両手を握る仕草は、明らかにこの買い物に対して後ろ向きな気持ちを表していた。




―――ミュースィル=シン=ルクシャードは皇帝を実父に持つ皇姫である。


 望めばドレスだろうと何だろうと思いのままに入手できる身分。


 ところが彼女は昔から物欲乏しく、派手に着飾るドレスや装飾品なども好まない。その派手な爆裂グラマラスボディとは真逆に、質素倹約なタチだった。



 皇族でありながら周囲が半ば強引に押し付けるくらいしないとドレッサーにドレスが増えない。毎回違うドレスに身を包むのが半ば常識と化している社交の場パーティに出る時でさえ、連続して同じドレスを着用していったなんてことも多々ある。


 無駄な物持ちをしないのは美徳だが、皇帝陛下の直子たる姫である事を考えた場合、彼女はあまりにも持たなさすぎる・・・・・・・のだ。


 しかもそれが、本人が意図してのことではなく自然とそうなるというのだからまた厄介であり、ミュースィルが学園に入学する事が決まった時、彼女を良く知っている侍従長が心配して、自分の仕事をほっぽりだしてついていこうとしたほどである。


 彼女の持たなさすぎなその性分は、天性の筋金入りであった。




「そ、そんな事は……必要なものくらいはキチンと用意していますよ?」

「……。ミュー姉様、持っていく荷物の中に下着パンツ、いくつ入れはりました?」

「もちろん2つ―――」

「足りません! ぜんっぜん足りませんよ! 毎日交互に使えばOK……じゃないですって! 女の子なんですよ? 毎日の洗濯で間に合うと思うてはるんですかっ」

「ええっ? で、ですけどシルちゃん、私は普段それで間に合って―――シルちゃん? シルちゃん!? どうしたんですか??」

 卒倒しそうになるスィルカをミュースィルは本当に分からない様子で揺さぶる。


 数秒ほど意識がどこかへと飛びそうになっていたスィルカが突然ガバッと身を起こし、逆にミュースィルの両肩をガッチリとつかんだ。


「……ミュー姉様、いい機会です。一通り・・・買い足しましょう。仮にもミュー姉様はこの国のお姫様なんですから、いつまでも着るもの最低限とかありえませんよって」

「あの、シルちゃん? 近いです……あとちょっと怖いです、よ??」



「シオウさんも今日はみっちり付きうてもらいますんで、そこんとこよろしく!!」

「……なんで俺が駆り出されなくちゃいけないんだ??」

 二人の姫君の後ろから、小柄な白髪小童が至極めんどくさそうについてきていた。


 朝、半ば強襲する形で宿舎にやってきたスィルカに、有無をいわさず連れ出されて今に至る。


「え、だってリッド先輩が今日は一日連れ回してもええ言うてましたし、予定は何もないて聞いてますんで、問題ありませんよね」

 スィルカはむしろ、シオウが問題ありといっても連れて行く勢いだ。

 その彼女に掴まれてるミュースィルのシオウを見る視線も、見捨てないでくださいと言わんばかり。シオウがいることで、少しでもスィルカが落ち着く事を期待しているようだった。

 


「(リッドの奴、はかったな……)」

 これまでだと、いつもなら宿舎にいる時間に赤髪の悪友の姿はなかった。

 前日に何やら " 明日は頑張れな " 的なことを言ってたのを思い出し、おそらくあの悪友殿はミュースィル達に自分を売ったのだと確信。


 とはいえ、ここでお姫様二人をほっぽりだして勝手に帰るわけにもいかない。


 シオウは仕方なしに二人の後ろについていき、一緒に町の一角にある店が並んだお洒落な通りの方へと向かって行った。




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