第二編:アルタクルエ国際戦技大会

挑むべく整えるべし

第1章1 白銀の王子




 ルクシャード皇国の東隣であるアルタクルエ神聖公国。

 それを越えた先のさらに東北部の大山地の中、国家が丸々いくつも入るほど広大な盆地を支配する国―――――フェル・クアルド、通称ファルキア。


 この北東大陸に存在する国々の中でも最大級の国土を有するこの山国こそ、前回のアルタクルエ国際戦技大会優勝国であった。






「では父上、母上。僕はこれより、アルタクルエへと向けて出立いたします」

 静謐せいひつな王の私室は、重厚なしつらえと大きな窓から差し込む日の光で明るく、どこか荘厳ですらある。

 しかし室内の空気は活力が不足していて、入室者には何か暗い雰囲気を感じさせてしまう部屋だ。

 挨拶に訪れた彼は、部屋の主とその伴侶の姿を眺めるたび、憂いと心配を覚えずにはいられなかった。



「本当に、本当に道中には気を付けるのですよ、シュハク」

「分かっています、母上。決してお二人を心配させるような事は致しません。母上達も、安心してゆるりといらっしゃってください」

 にっこりと、人を安心させる笑顔を両親へと向けると、確かな所作でもって退室した。



 この国の王子―――シュハク=ドゥ=フェル・クアルド。


 清潔感ある純白の、高貴ながら嫌味にならないよう、よくまとまった意匠の装束を纏っている。美しい銀髪が輝きなびき、短くまとめられた髪型は、スタイリングに確かな腕を持ったベテランメイドによる毎日の手入れの賜物だ。

 上背がありながら、どこか可愛らしさを感じる顔立ちの王子様は、軽く憂い顔を見せるだけで世の女性達を悶えさせるとても優れた、いかにも王子様然とした容姿だ。


 だからこそ男性としての力強さに欠けるようにも思え、両親からすればまだまだ心配になってしまう、愛しい愛しい我が子という感覚のままなのだろう。


 しかしこれでも、国内選定においてはその実力を示し、個人として高い戦技能力を有していることを証明している。

 しかも2年前の前回大会を優勝に導いた。実績と実力は既に一人前だ。



「……」

 そして今回もこの国の代表チームを率いるリーダーとして、アルタクルエ国際戦技大会に出場する。

 両親に出立の挨拶を済ませ、城の廊下を歩く彼の胸中は、大会ではなく別のことでいっぱいだった。




「シュハクお兄さまっ!」

 待ち構えていたのか、愛らしい少女が廊下の角から飛び出してきた。

 シュハクは内心では大いに驚いたがそこは一国の王子。つい後ろへと反射的に跳び退きたい衝動を抑え、最小限の反応にとどめた。


「やあシャリオ、驚いたよ。でもダメだよ、誰かをビックリさせるのは……特にお父様とお母様には、絶対にしてはいけないからね?」

 元気いっぱいの少女の、綺麗なピンク色の髪の頭頂部を撫でる。


 少し前なら脇から手を通して持ち上げたりしてあげたものだが、妹の成長は著しい。もう以前のように軽々と持ち上げるのは難しいだろうと、シュハクは兄として妹の成長を喜ばしく思う反面、ちょっぴりの寂しさも覚える。



「もちろん、おとうさまとおかあさまにはやらないもんっ。それよりシュハクお兄さま、今回はシャリオも観戦に行かせていただけるって、おとうさまに聞きました! シュハクお兄さまのご勇姿を見ながら、シャリオは一生懸命応援しますっ。また優勝してくださいね!」

 それを聞いた時、シュハクは妹に気づかれないごく一瞬だけ顔色を曇らせ、そしてすぐ笑顔を取り繕った。


「うん、頑張ってくるよ。シャリオも後から父上、母上と一緒に気を付けて来るんだよ。道中はみんなを困らせてはいけないからね?」

「はいっ、分かってます。いってらっしゃいませ、お兄さまっ♪」


 聞き分けのいい妹は、ブンブンと子供特有の力いっぱいの腕振りでシュハクと別れ、廊下を駆けていく。


 ……このお城の中は安全だ。妹が一人で自由に走り回ろうとも問題ないほどに気を使い、配慮を張り巡らせ尽くされている。


 しかし1歩外に出ればそうはいかない。それでも父も母も、妹を連れて行くことを決めた。



「(今回はシャリオも連れて行くのか。やっぱり一人置いていくのは心配なんだろうな……)」

 前回大会の時は、両親とも体調を崩してアルタクルエ国際戦技大会への招待に応じる事が出来なかった。

 しかし今回は、一国の王と王妃として貴賓席にて現地観戦する。


 そうすると妹一人、国に残すことになってしまうので、不安と心配から連れて行くことにしたのだろう。

 けどそれは、二人にとっては過去のトラウマを伴う決定であることを、シュハクはよく知っていた。

 きっと妹の護衛は、すごく堅固なものとなるに違いない。


 ある意味で、両親にとっては子と共に他国へと出向くことほど、トラウマになっていることはない。


 そして、その心の傷は自分達では癒せない……ある一人を除いて。


「今度こそ……わずかな手がかりでもいい、掴んでみせる……」

 シュハクは拳を握り、自分の胸板を軽く叩くようにして、誓いとして心の中に強く刻み付けた。



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