第12章5 月下の交渉





 ガントは悩んでいた。




「………」

 それは、他ならぬアルタクルエ国際戦技大会へ連れてゆくチームメンバーの選定をどうするか―――ではない。


 おおよそのメンツは既に彼の中で決している。後はそれぞれに打診チーム・アップするだけなのだが……


「素直に受けるか否か……」

 当然だが、国際大会の国代表チームの選手に選ばれるのは名誉なこと。しかし、だからといって誰もが喜ぶわけではない。

 例えばエンリコなどは、学内の選抜戦技大会に出た目的はあくまで自分の魔法についての研究の一環。そのような者は、国際大会に出る出ないには全く興味がない。自分の興味や研究の時間を取られる事を嫌うからだ。


 ガントのようにあくまで国際大会での勝利を目標とする者ならば、二つ返事で承諾するだろうが、別の目的や理由を持っている者だと出場要請にNoと言う学生は少なくない。


 そしてガントが考えるメンツの中でも、その意味ではおそらく一番手強いであろう相手の姿を探し求め、彼は学内を歩き回っていた。







――――――夕食後の学園宿舎。


「大会が終わって一気にのんびりした感じになったなー」

 退院したばかりでまだ安静が必要なリッドだが、すっかりいつもの日常を取り戻しつつあった。


「何よりだ、面倒事と忙しさは少ないほどいい……」

 言いながらひとあくびかくシオウ。今日も一日が終わって、あとは風呂入って寝るだけだと言わんばかり―――だらけているというわけではないが、校内大会の時に見せた片鱗はどこへやらすっかり消え失せていた。


「そういやそろそろだろ?」

「課題の期限か?」

「ちげぇって、ガントの奴がアルタクルエの国際大会に誰を連れてくか選ぶ期限がだよ」

 実際、学園でも生徒の間ではガントが誰をチームメンバーに選ぶのか、その話題でもちきりだ。選定の期限が迫るほどに加熱していき、予想も白熱している。


 当然、準優勝したリッド達もその予想に名をあげられる面々となってはいるが、大方の本命はやはり、チーム・ガントのメンツがそのまま行くのではという意見が大勢をしめていた。



「ガントは本気だろうしなぁ。この学園から勝てるメンツで固めるってなると、最適解はどーなるんだ?」

「さぁな……国際戦技大会に出てくる他国のレベルのほどは今までの情報から漠然とは分かる。けど、具体的にどういうチーム組めば勝てるのかって予想するのは難しいだろ。悩んでるからこそ、期限が迫るギリギリまで選別できていないんだろうさ」

 無難なのは全員をバランスのいい者で固めること。何かに突出している者よりも、あらゆる相手に対応しやすいので対戦相手を想像する必要がなく、一番楽だ。


 しかしガントはこの学内選抜戦技大会が始まる前から国際大会での勝利を視野に入れてここまできている。選手選定はその要を成す大事な部分だ、慎重かつ悩むのは当たり前だろう。



「結局、周りがどーこー言ってもガントのヤツがどう判断するか次第ってことだよな。アイツが考えそうな理想の “ 勝てるチーム ” か……敷居高そうだな」

「………」

 リッドは興味津々だが、シオウは興味ないとばかりにもう一度大きくあくびした。




 ・


 ・


 ・


 そして夜。そこはいつもの庭だった。


 ただでさえ昼間も誰も来ない場所は、夜になるとさらに寂しく、生き物の気配もない。そんなダークブルーに染まった世界に、ガントはこっそりと訪れる。


「………」

 隠れる必要はない。だが、なぜか遺跡の崩れた壁の影に隠れた。その光景が視界に入った瞬間、ゾクッとしたからだ。



 ファ~ン……、ファ~ン……、ファ~ン……



 大自然の一部であるかのような不思議な音色を薄っすらと放つ、幻想的な青白い輝きの発光球体が、その者の周囲を漂うように動いている。


 一体何をしているのかは分からない。が、目を閉じて小さな丘のようになっている芝生の上で、その者―――シオウは、球体と同じ幻想的な輝きを淡く放っていた。


「(瞑想……というやつか?)」

 球体はおそらく魔力の塊で、何等かの魔法を用いて操作しているのだろうか、などと推測していると……



「―――いつまでそこに隠れてるつもりなんだ、ガント?」

「!!?」

 驚愕。ガントはここ数年で一番の驚きを覚える。

 何せ気配は完璧に消していたつもりだった、にも関わらず隠れている者がいることに気づき、そればかりでなく誰かまでも特定した相手に、驚かずにいられない。



「………何故ここにいると分かった? いや、それはこの際どうでもいい。貴様に聞きたいこと、話したい事は他にある」

 古い壁跡の影から出てたガントは居直ってシオウに近づいた。


「面倒な話は聞かない」

「そう言ってくれるな。……そうだな、まずソレ・・は何だ?」

 こんな真夜中の、人気のないところでやっている時点で、あまり見られたくない事なのは容易く想像できる。


 しかし、明らかに見た事がない。学生のレベルはおろか、このルクシャード皇国内で同じことが出来る魔法の使い手がいるかどうかも怪しい行い―――たずねないわけにはいかない。


「ただの瞑想。ちょっとばかし慣れてくると、自分の魔力を集中したり何やかんやできるってだけで、別に意味あるコトじゃあない」

 こんな “ ただの瞑想 ” があるものか、と普通なら突っ込みを入れるところだろう。しかしシオウという人物が、問い詰めれば何でも教えてくれるような性格でないのは明らか。

 なのでガントはただ短く、そうかと相づちを打つだけにとどめた。


「ならばその瞑想を邪魔して悪いが、本命の用事だ。ルクシャード皇国代表チームの一員として、アルタクルエ国際戦技大会に出場しろ」

「断る」

 一切考える素振りもなく、間もあけない明確な拒否。


 シオウにしても、ガントの用件など分かり切っていた。そして要請を断ることも決定していたこと―――ここまではいわば予定調和であり、本当の交渉はここからだと、ガントも一切引く気はない。


「今のこの国に貴様ほどの人材は稀有だ、他に替えはきかな―――」

「やる気のない奴に声かけてる暇あったら、やる気のある奴に声かけるもんだろう、時間の無駄だ」

 ああ言えばこう言うの典型であり、一切隙がない。説得が通用する相手でないのは分かっていたものの、ガントは思わず閉口して暗い闇の中に立ち尽くした。







「ふぁ~、ったくアイツ……どこ行ったんだ?」

 大あくびをかきながら、月明かりを頼りに友を探して回るリッド。育て親の親戚であり、寮母でもあるウルラに、余所からいい果物をたくさんもらったという事で宿舎の皆でお裾分けされる事になった。

 だが宿舎の自室にシオウはおらず、探して呼んでくるよう白羽の矢が投げつけられたリッドは、夜の散歩がてらに暗い中の捜索を強いられていた。



「(まさかこんな夜中にあの庭で日向ぼっこ……いや、月光浴してんじゃないだろうな?)」

 しかし、シオウならあり得る。特に理由はなくとも気まぐれに思いもよらない行動を起こしたとて不思議じゃない性格だ。

 考えている間にもリッドの足は既にいつもの庭へと向けて進む。ほぼ確信に近いものを感じながら、目的地へと近づいていき―――



『頼む、この通りだ』

 ―――信じられないものを見た。


「!?」

 思わず崩れた古いレンガ壁の影に身を隠して覗く。それは、あのガントが地に伏して土下座し、頭をこすりつけるという光景。

 そして、何やら青白く淡い輝きを纏いながら、発光体が周囲を回ってる神秘的な状態にある目標人物シオウの姿に、リッドは度肝を抜かれた。


「(なんだこりゃ?? どういう状況だよコレ???)」



 ・


 ・


 ・


「頭を下げられても断るものは断る……面倒だし、やる気もない。お前・・の方こそ、何故そこまでする? たかだか見世物の戦技大会……国の威信が掛かっていようが何だろうが一個人の、しかも貴族のボンボンなお前がプライドかなぐり捨ててまで根無し草な俺に頼む事か?」

 ガントは、ゾッとする。お前・・と言われた時、まるで遥かな隔たりある存在感をシオウに感じたのだ。


 そして同時に強く確信した、絶対に引き下がってはならないと。たとえいかなる恥を晒そうとも、全てを投げうってでも引き込む価値がある、と。


「……貴族の家柄などどうというものではない。むしろそんな肩書も家名も、俺からすれば虚しくも下らない文字の羅列に過ぎん。そこに誇るべきものなどありはしない」

 事実、ガントにとって己の生まれや家柄とは、忌みさえするものだった。


 一族の中でも体格と戦才に恵まれたガントであったが、家が高位貴族の、それも文官としての名門家というしがらみのせいで、その人生は何かと阻まれてきた。

 故に生まれという檻から脱っせんとして、ガントは父親と反目している。


 しかし家柄のカゴを破ろうとしたのは彼が初めてではない。ガントの前にもいたのだ、兄・オルナック=フルレ=ガンツァーブリッグが。


「兄は……遥かに戦士のセンスがあった。だが長兄であるが故に、父より後継としての教育を強いられた。それでも抗っていた。そんな兄オルナックは俺の尊敬すべき唯一の家族だった……しかし前回のアルタクルエ国際戦技大会に出場した兄は、無念と共に敗れ、そして―――父より家を追い出されたのだ」

 ルクシャード皇国代表チームとして、これまでの大会成績と比べれば明らかに成果を残した方だった。

 ―――しかし、その大会で負った怪我は深く、ガントの父はそんなオルナックを廃嫡。

 まるで最初から存在しなかったかのように、次男であったガントを長兄として扱うようになった。


「父親が憎い? それで国際大会で優勝して見返してやるとでも?」

 しかし所詮は他人の御家事情。シオウは冷酷に興味ないとばかりに突き放す。


「ああ憎い、反吐の出る男だ。この身にあの男の血が混ざっていると思うだけで、全身を掻きむしりたくなる。……兄には確かな戦才があったのだ、あの男が兄の才を認め、伸ばすことを許していれば、兄は大会であのような深手を負う事もなければ、優勝する事も不可能でない実力を身に付けられていたはず―――考えるだけで、兄の無念さが我が怒りとなってこの身の内に沸き立って止まぬ!」


 ゴガッ!!


 短い草に覆われた地面の中、僅かに残っていた古い遺跡の石畳が割れる。自らの発熱と殴った時の摩擦で、ガントの拳からは一筋の湯気がたった。


「……ま、その怒りのほどは分からんでもないがな」

 ガントの激情に感化される事もなければ、その背景に同情することもない。シオウは至極平坦なままだ。


 世界を旅してきた彼からすれば、その話を聞いたところでやはりガントは貴族のボンボンであると思うだけだった。




 ―――人生とは、ままならぬもの。


 何かしらの才能があろうがなかろうが、それが有意義に働くかどうかは別であり、大半の人間は自分が持つ才能を十分に活かせない人生を強いられる。


 もっと言えば、自分がどんな才能を持っているかにすら気づかないで一生を終える者も多い。それだけ世の中の大半の人間は、今日を無事に生き、明日を目指すことでいっぱいいっぱいなのだ。夢を見ている暇がない。


 ガントは、どこまでいっても貴族のボンボンなのだ。だからこそ生活に余裕があり、自分の目指す夢なり目標なりに突き進む、その暇があるという事を知らない。

 まだまだ世の中というもの、そして人間の一生というものに対する認識が若く、甘い証拠だ。


 シオウにとって、ガントの持つ激情など甘ちゃんの戯言でしかなかった。




「兄の無念、この俺が晴らす。そして証明したいのだ、我が生まれ持ち得た才覚、その真価を。家柄や血ではなく、個として宿したこの力を示したいのだ!」

 そのためにチーム戦で挑む大会で優勝して見せる。矛盾していることだが、残念ながらアルタクルエ国際戦技大会に、個人の部といったものは存在しない。


 ルクシャード皇国内においても、戦技に関する大会などは皆無。つまりガントのように戦才を持つ者が、その実力を広く世に知らしめる場はアルタクルエ国際戦技大会くらいしかない。



「……で、リッド。お前も何か言いたげだな?」

「「!?」」

 シオウの一言で、頭を下げていたガントと隠れていたリッドが同時に驚愕した。


「……気づいてたのかよ、ったく、とんでもねーな」

「リッド=ヨデック。貴様……いつの間にそこにいた? いや、それよりも……」

 ガントにとって今更自分の思いの丈を誰に聞かれようとも恥じるものではない。むしろ自分が気づいていなかったリッドの存在に、シオウが気づいてたことの方が問題だ。


 その時点で少なくともシオウの本当の実力・・・・・は、薄々は感じていたことだが自分ガントを超えていると感じられた。


「それで、お前までこんな夜中に何の用だ?」

「いや、おばさんがさ、余所様から果物大量に貰ったってんで皆にくれるってよ。んでお前がいなかったんで探して来いって言われたんだが……なぁシオウ、どうしても大会に出るのは嫌なのか?」

 要するに、出てやれよ、ということ。


「……」

 シオウは答えない。目を伏したまま沈黙を返す。


「……」「……」

 ガントも、そしてリッドも黙する。言葉を重ねることは説得には有意と思われがちだが、意図がもう十分に伝わっているのなら、ただくどくなるだけ。

 特にシオウにはどんなに言葉で説得を深めてみようとも無意味だと、二人は理解している。

 なので何も言わずに待つのみ。彼が言葉を発するのを、ただひたすらに。




 10秒、あるいは1分かもしれない。静かな時が流れた後、一陣の夜風が吹いた。



「………―――1つ、聞きたい事がある。そして1つ、俺の言う通りにしてもらう」

 静謐なる沈黙の時が破られた時、シオウの全身の淡い光は消え失せ、代わりとばかりに周囲を漂っていた発光体が、強く輝きながら移動する範囲を大きく広げた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る