第12章4 それぞれの閑話






 大会が終わって1週間。


 ようやく後片付けが終わって学園に日常に戻る。しかし参加した生徒たちは、大会の余波を受けていた。







「……え、ええっと、少し落ち着いてくださいませんか、皆さん?」

 ミュースィルの元には貴族令嬢な女生徒達が連日、多数詰めかけていた。


 今はエステランタの取り巻きになっているクルエとアンだが、以前はミュースィルの取り巻きになろうとして、彼女のところに毎日やってきたもの。

 シオウ達とよくいるようになってからはそういった事は無くなっていたのだが、それが一気に息を吹き返して、かつ大増量した上で押し寄せてこられ、彼女を困らせていた。


「はーい、アンタらちょっと散ってくださいー。毎日ご苦労さんですけども、邪魔になってしもうとること、いい加減気付いてなー? ホラ、ミュー姉様行きましょう」

 こうしてスィルカに助け出されるまでの一連の流れを毎日のように繰り返している。


 ミュースィルのところに女生徒たちが詰めかけるようになったのは、大会で彼女の試合を見たからだ。

 以前は皇帝の実子たる姫という身分―――ステイタスだけが重要だったのが試合での活躍で、人物的な面でも彼女達の中での評価が上がったのだろう。


 以前なら遠巻きに遠慮していた令嬢でさえも、お近づきになっておきたいと心変わりし、二人の覚え良くならんと迷惑な頑張りを見せていた。








「うーん、退屈だ……。なぁノヴィン、学園の方はどうよ?」

 リッドは胸の骨折の治療で入院するハメになった。

 と言ってもシオウが治療に用いた希少薬液がまだ残っていたので、退院までの時間はかなり短縮され、病床生活はあと数日で卒業できる見込みだ。


「大会の反響が結構あります。お姫様方は毎日大変そうですよ」

「ハハッ、まぁ元からあの二人は高貴な御身分だしな。試合での様子見て、印象が変わった奴もいるだろうし……痛っ、笑うとまだまだ響くかぁ、くっそー」

 これでもかなり治療に恵まれている方だ。早く治っていつもの日常に戻りたいが、これ以上はさすがに欲張りだろう。

 それでもリッドはもどかしさからため息を吐く。



「やっぱりガントさんが一番大変そうな雰囲気です。遠くに姿を見かけると、いつも色々な生徒が何か言い寄ってる感じでした」

「どうせ国際大会の選手に自分を選んでくれーってんだろうさ。ガントの奴も災難だけどアイツの性格知ってりゃ、自分が選ばれるかどうかなんて分かりそうなもんだろーに無駄な努力、ご苦労なこった」

 チーム・ガントが優勝したので、そのリーダーであるガントにはアルタクルエ国際戦技大会に出るルクシャード皇国代表チームの、選手を選定する権利がある。


 なので特に名のある貴族家の子息ほど親から言われるのだろう、何とかして代表チームの選手枠に滑り込め、と。


 欲しいのは栄誉と名声だけ―――中には学園の選抜大会の予選にさえ出ていない生徒もいるというのだから、何とも滑稽こっけいなことだ。



「あとは……バーマルさんに言い寄る女子がたくさんいるとか、エンリコさんにお城の魔術研究所からスカウトっぽい人が来たとか、やっぱり大会に出た人達はみんな、何かと話題になってました」

 バーマル=スーリットはチーム・ブルックルンの副将だった学園随一の巨漢だ。しかし大会にて巨漢姿は覚醒能力によるものだった事と、本来の姿は可愛い系男子だった事が発覚。

 彼の真の姿が判明した以上、言い寄る女子の10人や20人くらい出てきてもおかしくはないだろう。

(※「第4章4 スィルカの苦戦」「閑話:人物紹介.その4」参照)


 チーム・ハルの先鋒をつとめたエンリコ=アプル=エジタインも、その魔法の技は学生として考えればかなりのものだ。

 チーム・リッドとの試合だけでなく大会全体を通しても、魔法の扱いについて目聡く注目したその道のプロが観客の中にいたなら、声をかけるスカウト相手として選ばれても当然だ。

(※「第6章1 難であるは不明たればこそ」「第6章2 魔法使いの弱点」「閑話:人物紹介.その6」参照)



「どっちもインパクトの強い奴らだったし、まぁいいんじゃないか? 本人らにとっても悪い話じゃないだろうし」

「あ、悪い話といえば……、あのチーム・モーロッソの試合に出てこなかった二人、学園を中退……辞めたらしいですよ」

 それは準決勝前。モーロッソの妻であるアレオノーラ夫人に悪さを仕掛け、謹慎処分になった男子生徒2人のことだ。

(※「第8章4 紅玉を濁さんとする戯け者」参照)


「あー、あいつらか。けどそれって、辞めたっつーか辞めさせられたんだろうよ、たぶん」

「辞めさせられた、ですか?」

 貴族は見栄と外聞を重んじる生き物だ。家名に泥を塗るような行為は極刑ものの重罪と捉える。

 大会に来ていた他貴族の夫人にちょっかい出して、しかもそれが明るみになったとなれば、彼らの家は当然黙っていないだろう。

 我が子がどれだけ可愛いかろうとも、そのままというわけにはいかない。


「もしかすると一族の恥だーってな感じになって、学園どころか家も勘当されちまったりしてるかもな」

 可哀想な話ではあるが自業自得だ。

 裏で悪さをして、それを糾弾されずにやり抜けるほどしたたかでやり手な貴族というものは、現実にはそうはいない。

 まだ学生の身で迂闊な馬鹿をやらかした彼らに至っては、より低レベルな人間として悪ふざけの報いを受けた、それだけの話だ。


「……そういやクドゥマの野郎はどうなったんだろうな? 何か話題になったりしてるか??」

「あー、そういえば聞きませんね。姿も見てません」

 兵士達にしょっ引かれて以降、もし学園に来ていないのであれば、シオウの根回しが思った以上に効いている可能性が高い。


 しかし同時に……


「ほとぼりが冷めるまで潜ってる・・・・のかもな」

 ワスパーダ家が息子のクドゥマを擁護する方向に舵を切っているならば、間違いないだろう。

 家自体にも追求や捜査の手が及んでいるはずなので一族壊滅を免れるため、まるで存在していなかったかのように気配を断ち、ほとぼりが冷めるのを待つというわけだ。


「それってつまり、冷めたらまた出てくるって事ですよね……何だかやるせないです」

「いつの時代も悪いヤツってのはそんな感じだよな。今回のことで御上が逃さずにズタボロにぶち壊し尽くすとこまでやってくれりゃいいんだが」

 恐らくそれは無理だろう。


 そんな簡単にいく相手ならもっと早くに終わっている。一族として悪辣でありながら息の長い連中とは、つまりそれだけしぶといということなのだから。




「あ、そうだ、リッド先輩。シオウ先輩を見かけませんでしたか? どこにもいなくって」

「? シオウの奴ならいつもの庭じゃないのか? それか食堂」

「それが……ここ数日、いつ行ってみてもいないんです。前はこんな事はなかったんですけど」

 学園内でシオウの姿が見当たらない時は、あの庭か食い物のあるところに行けば8割がた見つかる。

 それでも見つからないというのは、リッドにしても知り合ってから初めてだった。


「んー、じゃあ学生宿舎の自分の部屋か? まさかお姫さん達の部屋に入り浸ってるなんて事はねぇだろうし……あとは……本のあるところはどうだ? 蔵書館とか」

「目ぼしいところは全て回ってみたんですが、どうも学園のどこにもいない感じなんです。一体どこに行ったんでしょうね??」

 不意に、リッドの頭にあることがよぎった。


「(まさか旅に……でた? いやいや、そこまで薄情な奴じゃないだろアイツは。出るにしたって挨拶の一言くらい……)」

 元は根無し草の旅人だったシオウ。

 言ってしまえば学園での生活は別にそれほど重要でもない。長い長い人生の、文字通りの旅路の中で立ち寄って、成り行きで通うことになっただけだ。


 フラリと出ていく可能性はゼロではない。とはいえリッドには、シオウが誰にも何も言わずに出ていくような奴とも思えなかった。


「んー……学園にいない、か…。……あ、そういえば―――」


  ――― バイト先の夫人にお願いして ―――


 (※「第10章4 囲った網を引けばいい」参照)


「そうだ、バイトだ。アイツ確かバイトしてるって前から言ってたっけ。もしかしてそっちに精を出してるんじゃないか??」

「バイト……ですか。そういえばシオウ先輩のバイト先ってどこなんですか??」

 言われてリッドは、そういえば自分も知らない事に思い至る。


「うーん、前に聞いた時は、何だかんだで教えてもらえてなかった気がする……覚えてないんだよな。けどクドゥマの件の根回しの話でバイト先の夫人に・・・協力してもらった、ってな事を言ってた。夫人っつーことは、アイツのバイト先は貴族がやってる店かなんかなのかもな」

 貴族なら金払いもいいだろうし、バイト雇いでも結構な収入を得られる可能性が高い。

 雇い入れてもらえたならいい勤め先だろうし、元々本と食い物にしか興味がないシオウは出不精でふしょう気質だ、短時間で高収入は正に望むところだろう。


「……どっちみち、どこでバイトしてんだかまでは分かんねぇな。今度アイツから直接聞き出してやろうぜ」









――――――喫茶店カフェ夜眠やねむりの白猫 ”



「!? ……」

 何やら妙な悪寒を覚え、シオウは思わず身を震わせた。


「あら、どうかしましたかシオウちゃん?」

「いえ、なんでもないです……多分、友人が良からぬ事を考えてるのかと。んじゃ、マスター、お先に失礼します」

「はぁ~い、お疲れさまでしたぁ~♪」



 ・

 ・

 ・


 バイト先を出たシオウは、暗くなり始めた空を見上げながら、フゥっと息を吐いた。途端に白くなる。


「季節にはまるで似合わない寒さだな」


 今は夏。

 ……だというのに、まるで冬のような冷たい風が吹きつけている。


《北の海から冷たい風が吹き込んでくるにしたって、こんなに寒くなるだなんてネ、防寒は大丈夫?》


「ああ、問題ない。それにしてもこの寒さ……元からこの大陸自体が北東に位置しているのもあるんだろうが、北の海の彼方には氷の大陸があるなんて聞く。そんなに寒い地域が海の向こうにあるんじゃ、風向き次第で夏も寒風が吹き込むのは道理というところだな」

 元々ルクシャード皇国は夏でもそこまで気温が上がらず、快適な気候の国だ。寒くない日であっても、道行くのは長袖ばかりで半袖や袖なしの服装をする人間はいない。


《南の大陸とは大違いよネ。あっちはあっちで布少なすぎるトコが多かったケドさ》

「ところ変われば服の文化も大違い。なかなか面白いよ」

 今一度、空を見上げる。


 夕方でも夏の明るい空だ。にも関わらず寒風が吹くせいか、どことなく暗い気持ちを喚起するような空……それも夕暮れに向かいはじめている青にごくわずかな茜色の混ざった色が妙なモノを感じさせる、不思議な空だった。



「……。……バイトに集中したおかげで生活費は当面問題ないし、何か買うか……」

 シオウがこう口にする時は、いつものような本や食べ物ではなく、別の買い物だ。守護聖獣がうながすことなく自発的に興味の対象外への購買欲を見せるのは、シオウにとっては年に1度あるかないかの珍事だった。


《アラ、なに買うの? 欲しいモノとか別にないんでショ??》

「それはそそうだけど、何となく……な」

 シオウは、自分では意識していなくとも先々を予感し、己に必要な事を感じとることがある。


 過去に対して強い後悔・・自責・・を抱き続けているが故に、先々に悪いことが起こらないか、何となく予見しようとしてしまう。


 その判断材料は自分を取り巻く空間、いや世界そのものといってもいい。視界に見える森羅万象はもちろん、見えない雰囲気的な曖昧なもの、気配、神秘的な感覚、何者かの足音や視線――――――


『………』


 この時もシオウは無意識にソレを、 “ 自分を伺う視線 ” を感じ取っていた。そして、やはり無意識に理解していた、先々に起り得るであろうことを。

 その際、自分にとって必要になるモノがあると、明確な思考ではない曖昧な直感として、その備える意識は既に回っていた。



「……ここにするかな」

《アラ、カバン屋さんじゃナイ。新調するノ?》


「まあそんなところだ」





 そう言って小一時間、個人経営の小さな店で商品を物色した末にシオウが選んだのはかなり大きな大容量の、ボストンバッグのようなカバンだった。







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