第12章3 怪我人の輪舞



 それは、本職の戦士でもなかなか実現できる者はいないであろう、剣を振るうだけで強烈な衝撃波を発生させるという技――――――バスター・インパクト。


 リッドが耐えられなかったのは単純にガントのパワーに押し負けたわけではない。剛撃を受け止めるか否かの刹那に広がった衝撃波こそがこの技の要なのだ。




 一方向一点。


 剣と剣がぶつかり合う場合、接触点に力がかかる場所と方向はそれだけ。なのでそこを見極めれば負荷を最小限に抑えて受け止めるということは、十分に訓練を積んだ者であれば可能。


 ところがガントの放った剛の1撃は、リッドに向かって振り下ろす途上のポイントで膨張する球のように広がっていく衝撃波を発した。

 つまりリッドは、ガントの大剣による1点への剛撃のみならずほぼ同時に、壁のように迫る衝撃波を浴びせられた。



「はぁ、はぁ、はぁ……―――(―――ぐっ、……さすがにコレは負担が大きい。何より……シオウの奴め、憎いことを)」

 それは先の試合の最後。シオウはただ負けただけではなく、自らの杖を破砕させるほど、ガントの足に強いダメージを与えていた。


 この試合が始まってから今までガントは、さほどの痛みを覚えていなかった。ところが今、本気の技を一つ用いた直後から、利き足である右のすねあたりに激痛が走り始めたのだ。



「(……骨にヒビが入っている。バスター・インパクトの負荷で悪化した、というところか)」

 威力や効果の高い技ともなれば自分の肉体に返ってくる負荷も必然、大きくなる。


 もしも、ガントが大技を用いることで怪我が悪化する事を見越しての攻撃だったというのであれば……


「(恐ろしい奴だ、まったく)」

 ガントは笑う。

 痛みを堪えるためではなく、心の底からの喜びの感情で。


 その視線の先で、吹っ飛んだリッドが何とか立ち上がり、盾と剣を構え直さんとしていた。






「てて……なんて技だ。まともに・・・・喰らったら終わってたかもしれないな」

 ガントの一撃を受け止め、堪えようとしたリッドだが、全身に襲い掛かる衝撃を受けた瞬間に危険を感じた。その身が吹っ飛ばされる際には間に合いきらなかったが、一定の脱力と後方へ飛びのく姿勢―――あえて吹っ飛ぶ体勢に移行せんとした。


 もし、意地になって最後まで堪えようと踏ん張っていたら、ガントのパワーと衝撃波の威力で、吹っ飛ばされるどころか完全に粉砕され、今頃は地に沈んでいたに違いない。



「(ケガの痛みが思いっきりぶり返してきやがった……さーて、こりゃ正念場だぞ……)」

 シオウによれば―――折れた骨に、表皮から浸透する希少な薬液を塗り込んで、そこに回復魔法をかける処置を施したということだった。


 浸透した薬液は、回復魔法の効能を患部にへばりつかせて保つ・・・・・・・・・効果がある。それによって術者が付きっきりでなくとも、事前に回復魔法を過剰にかけておけば、継続的な治癒を見込める、とのこと。


 リッドの骨の折れた部分にはその薬液が浸透し、薬液そのものが接着の役目も果たしながら回復魔法の効能が効き続け、短時間で折れた骨は完全ではないもののくっついた。


 しかし骨折は、折れた骨の歪みも矯正しなければならない。その処置がリッドに苦痛を与え、骨折部分がとりあえずでもくっつくまでは、彼に苦悶の時間を強いた。


 それが今、ぶり返したということは……




「(くっついた部分がまた折れたわけだ……さーて、どうするよ俺?)」

 また今のような剛撃が来たら今度こそ終わる。


 しかもガントの引き出しはこの程度ではないはずだ。100ある技のうちの1つ、なんて言われても納得してしまえるくらい、この男の戦技への熱意は学園では有名。


 あくまで剣主体で機動性を活かした戦闘スタイルしかないリッドと比べ、相手は広範かつ深いものを持っている。


「(勝ち目は限りなく薄い。けど―――)―――こっちも技の一つも見せ返さなきゃあ、失礼ってもんだよなっ」

 リッドがそう吠える。するとガントはピクリと反応し、構えを整え直したところで動きを止めた。


 ―――興味。


 確実にリッドの次の行動を待つつもりの様相を見せる。


「面白い、どんな攻撃を仕掛けようというのか……見せてみろ!」

 ガントにしても利き足の痛みのせいで剛撃の後、すぐに次の行動に移ることができなかった。

 リッドに足の負傷を気付かれはしてないようだが、かつての彼の機動性を考えれば、小回りで立ち回られるとかなりの不利を強いられると、ガントは脳内であらゆる可能性を考えながら、対処法を練り始めた。




 ・


 ・


 ・


「……ん、勝敗は決したな」

 シオウがそう呟く。その表情を伺ったミュースィルは、意味するところを汲み上げた。


「もしかしてこちらの負け……でしょうか?」

「ああ。二人とも気合いでしのいでいるが、どっちもケガの痛みがきてる。ガントの奴が攻撃後、すぐに動かなかったのは利き足が痛んだからだ」

 そう言って、シオウは先の試合で砕けた自分の木杖を掲げて見せた。


「あっ、もしかしてあの試合でシオウさん!」

 ガントとシオウの試合内容を思い返し、スィルカが気付く。杖が砕けた最後の攻撃の意図を。


「処置したとはいえリッドの奴はケガ人だ、それも結構重い方の。何かハンデの一つも背負ってもらわないとフェアじゃないだろ?」

 そういう公平公正的なのは好きだろうと言わんばかりにスィルカに返す。


 その意地悪な意志を理解し、スィルカは軽く頬を膨らませた。


「でも、それならイーブンなんじゃ?? シオウ先輩、どうしてこっちが……リッド先輩が負けるって思うんですか??」

「簡単だノヴィン。そのガントの怪我以上にリッドの怪我の方が重い。しかもあの様子じゃ、くっついたところが完全に折れてるだろうから、相当痛い」

 身体の中は、たっぷりの余裕ある空間になってるわけではない。折れた骨の周りには肉があり、少しでもズレれば神経や血管などを圧迫、あるいは傷つけてしまう。


 骨折という怪我が単なる骨が折れただけで済まないのは、そうした周囲へのダメージが広がる懸念があるのと、身体の動きを支えて力や負担を伝達する柱が途切れるため。特に後者は戦闘という行為においては明らかなパワーダウンに繋がる。


 たかだか1本折れただけ―――それは全てを狂わせてしまう。



「もうリッドは100%の力を出せない。それどころか、あと1回何かしら仕掛けるので精一杯だろう……本来なら痛すぎて試合どころじゃない怪我だしな。一方でガントは足にヒビが入ってるだけだ、気合で乗り切ろうと思えば1試合くらいはまだ誤魔化せる。元からの力量差に加えて、発揮できる実力差もついてしまった」

 これを覆す方法はないわけではないが、今のリッドでは難しい。


 そう言葉を結ぶと、どこから調達してどこに隠し持っていたのか。串に小さな玉状のパンケーキめいたモノが5つ刺さったものをスカートから取り出し、一つ頬張ってからスィルカに手渡した。









 闘技場の上でリッドはシオウの言う通り、最後の攻撃を考えていた。


「(技を繰り出したらもうそれで限界だ。勝ちを諦めたくないが、絶望的な現状は認めなきゃな。けど……)」

 深呼吸。

 そして木剣を握りしめ、蛇腹になっている木盾を整える。


「(俺がワガママを通したんだ。万が一、億が一だろーと、ここで諦めるわけにゃいかねーよ)」

 頭の中に思い浮かべた悪友が、ボケーっとした顔で無理すんなバーカとのたまう。

 勝手なイメージだが軽く笑いがこみ上げてきて、緊張の無駄が削がれ、精神状態は丁度良い塩梅となった。


 意を決し、リッドは表情と構えを変える。




「………来るか」

 ガントも正面から応じようと、大剣を真っすぐに構えた。最も基本的な剣の構えだが、それを大剣という大きな得物で易々と取れるあたり、見る者に力強さを感じさせる。


「(姿勢低く剣を前に? ……盾は隠れるほど後ろに、ということは攻撃に重きを置いた技か?)」

 リッドは右手の木剣を真っすぐ前方、やや下げる形で突き出した。一方で左腕は自分の後ろに隠すような体勢。


 右足を前に大きく踏み出し、ともすればそのまま猛烈な突きでも放ってきそうに見える。


「(ここにきて単純な突撃技とは思えん。何かあるな)」

 ガントの構えに変更はない。が、痛む右脚を僅かに動かした。

 それは力を込めたという素振りそぶり。怪我を悟られないようにする目的と、カウンターでの反撃を狙っているように思わせるフェイクだった。


「さあ、見せてみろ、貴様の技を」



 静まり返る。


 しかし今度の静寂は二人にとっては別の意味を持っていた。それは怪我の痛みを堪え、心身のコンディションを現状での最高に持っていくための時間。



「………ふーーー……、はぁーーー………」

 リッドの長い一息。

 胸奥の痛みがズキンと大きく波打った直後、その波が一気に引く―――刹那!



  バンッ!!



 リッドが動いた。上半身は構えた状態から固定したままで、ガントに向かって一直線に突撃する!


「(本当にただの突き……ではないのだろう?)」

 だがガントは突きを防ごうとするかのように大剣の腹を見せた。


 おそらくは突くと見せかけるフェイントが入ると予想するも、リッドがどのような攻撃を繰り出すつもりなのか、それを見たいがためにあえてノった。


「おおおおおっ!」

 雄々しい声と共に迫ってくるリッド。

 腕を伸ばせばすでに切っ先が届く間合い―――が、それでもリッドに変化は見えない。


「……本当にただの突きかっ!!?」

 やや憤りを含んだ声と共に、ガントが大剣を振るう。


 突きを防ぐために横腹を見せていた木製の大剣をそのまま横に薙いで、リッドをぶちのめそうとした。


 しかし―――


 カッ! シャァァァァァッ


「!? こ、これはっ」

 リッドの突き出した木剣が、大剣が振るわれるのを待ってましたと言わんばかりにその下方に当てられ、まるでレールのようになって大剣の軌道を上方へと流すように振るわれる。



 不用意。


 ガントは大きく振り抜いた体勢となり、完全に大きな隙を作る形となった。


「せやぁぁぁああ!!!!」

 リッドの身体が半回転する。温存していた機動力をフル動員しての回転は非常に速く、後ろに隠していた盾が一気に前に出てきた。


「ぬうぅっ!」

 ガントも立て直そうと、返す刀で素早く大剣を振り戻してくる。しかし間に合わない。

 ガントの右わき腹から腹にかけての辺りを、えぐるようにリッドの木盾が強打した。


 バッキャァアンッ!!!


 木装甲を重ねた盾が粉砕。大小さまざまな木片が飛び散り、ガントの視界がごく一瞬、塞がれる。


「っ!」

「りゃあああああ!!!」

 リッドは咆哮と共に、同じ方向にもう半回転。

 今度は一回転した右手の木剣が、ガントの右肩を袈裟懸けに斬る!


 ズドッ!!


「ぐぬっ……」

 攻撃が当たった直後、リッドは木剣を手放した。意識と力を下半身に集中し、低い位置からガントを見上げる。

 木剣が闘技場の床に落ちてカランと音を立てるまでの間に、左足が天に向かって伸びた!


 ドカァッ!!


「っっ」

 ガントのアゴに炸裂。スリップダウン込みでの動きは、ガントが振り戻してきた大剣をもかわし、リッドは見事にノーダメージで3連撃を決めた―――かに思えた。




 ガシッ


「なっ!?」

 リッドの蹴り上げた左足首が掴まれ、そして大剣の切っ先がピタリと突きつけられる。


 いかにガントが屈強とはいえ、アゴに一撃を喰らえば下手すると気絶モノのダメージを受ける。

 しかしリッドは、最後の最後で読みが甘かった。



「……惜しかったが、良い動きだったな。突きと見せかけて受け流し、強打し、斬撃し、急所を狙っての一撃……理にかなっているいい技だ。しかし―――」

 アゴの辺りにごく薄っすらとした魔力の輝きがある事に気付いて、リッドは奥歯を噛み締める。


「! ……防御魔法・・か」

 ガントはただのパワータイプではない。

 スピードも技も相応に持ち合わせ、なおかつ魔法も用いることが出来る。


 リッドの誤算はその認識が甘かったこと。

 ガントが終始、大剣による剣術で戦っていたために、魔法を用いてくるという認識が弱くなっていた。


「正確には防護魔法だ。……もっともこの程度、出来たところで児戯のようなもの……貴様の狙いが一撃で意識喪失を狙えるアゴだと気が付いた時、気休めでもないよりはマシと思って用いたが、なかなかどうしてだな」

 盾は砕け、剣も手放した。

 最高潮にズクンズクンいってる胸の激痛を堪えるので精一杯で四肢に力を入れる余裕もない。


「……終わりだ、よく戦った。素晴らしかったぞ、リッド=ヨデック」

「ちぇっ、しまらねぇけどここまでか。最後の試合でこんな負け方は盛り上がりにかけるけども、さすがにこれ以上はもう無理……ギブアップ、降参だ」



 ワァァァァァァァア!!!



 観客席が色めき立った。

 確かに劇的とは言い難くも、レベルの高い選手の動きと技を見れて観客は満足しているようだった。



「勝負あり、リッド=ヨデックのギブアップにより勝者、ガント=フルレ=ガンツァーブリッグ! よって、本大会の優勝はチーム・ガント!」

 審判の宣言と共に、一層沸き立つ会場。


 十分な歓声に包まれながら、この年の学園内戦技選抜大会は決着を迎えた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る