第12章2 木目の剣閃
決勝戦、最後の対戦はチームリーダー同士の一騎打ちとなった。
「両者、準備は良いか? ……これより最終戦、チーム・リッドよりリッド=ヨデックと、チーム・ガントよりガント=フルレ=ガンツァーヴリッグの試合を始めます。………」
審判がスッと片腕を天に向けて挙げる。
それと同時に、ガントは木製大剣を右手に持って切っ先を床から上げ、リッドは左腕の盾を前に構えつつ、木剣を持つ右手に力を込めた。
たっぷりの間。静寂……
聞こえるはずもないが、静まり返った観客席で誰かがゴクリと生唾を飲む。刹那、審判の腕が振り落とされた。
「試合……始―――」
バッ!
ドンッ!!
「―――めっ!!」
言い終わるか否かの際、両者が闘技場の床を蹴って開始線より飛び出す!
「っ!」「!!」
ガカァッ!!!
木製武器同士がぶつかり合い、強烈な音が鳴り響いた。
武器の質量とパワーで勝るガントが有利と思われるぶつかり合いだが、リッドは標準的な木剣で、それを見事に受けきる。
「わわわっ、とっと!!」
自分が言い終わる頃には目の前で武器を合わせてのつばぜり合い状態に移行している両選手に驚き、審判はコケそうになりながらも安全なところまで慌てて退いていった。
ガギギ……
強い力がこもった堅い木が擦れ合う音。
相手を弾き、体勢を崩させた方が圧倒的有利に立てるという状況の中、ガントは笑みを浮かべた。
「驚いたぞ。
ガッ!!
力にモノを言わせてリッドを弾き飛ばす。彼の喜びの理由はリッドが以前、剣を交えた時は耐えられなかった自分のパワーを、今回は耐えて見せたからだ。
(※「第1章5 燃ゆる赤毛と焦燥の黒頭」参照)
成長し、強くなっている。しかも短期間で明らかなほどに。
「あんがとよ。けどま……このくらいで驚かれちゃ困るぜ」
リッドにしても最初、突撃という選択を取ったのは考えあってのことではなかった。なぜかガントに合わせて身体が自然と動いた。
そして確信する、今の自分ならガントの攻撃を真正面から受け止められると。
「(すげぇもんだな……兵法だとか戦術だとかっていうのは。ここまで違いが出るものなのか)」
――
――――
――――――
それはシオウの治療を受けた後のこと。
『おいおい、なんだよこの本の山??』
『山ってほどじゃないだろ、たかだか8冊程度で大袈裟な……明日の決勝まで最低3冊は読破な。今のお前に一番役立つ』
そういって容赦なく持ってきた本を病床の脇に見舞うと、あっけなく帰っていった友人。
リッドは一体何なんだと思いながらも、積まれた一番上の本を手に取ってタイトルを確認。
『なになに…… “ オクタゴ剣兵の戦法遍歴 ” にこっちは “ 古今兵法集 第三巻 ” ?』
何やら小難しそうな、戦いに関する本ばかり。しかもなかなかに年季の入ってそうな古書だ。試しに1ページ開いてみてみると、小さい文字でビッシリと文章が並んでいた。
『うえぇぇ、なんじゃこりゃ!? おいおい、ただでさえ痛みを我慢するのにいっぱいいっぱいだってのに、こんなもん読んでられるかよ』
しかしリッドは読むことになる。
苦痛には波があって、余裕が出来るとベッドの上でじっとしてるのが退屈になってきて、何だかんだで暇つぶしにちょびちょびと読み進めたのだ。
――――――
――――
――
カンッ! ガッ、ガッ!
「(結局、1冊なんとか読めただけだったけども……こういう事なっ)」
リッド自身が鍛えられたわけじゃない。大きく変わったのは戦闘に関する知識。
シオウは、今のリッドにとって特に有用と思える戦術や兵法に関する本を選んで差し入れた。当然、リッド自身が真面目にそれらを全て読むとは思っていない。
が、それでも退屈を持て余せばこれくらいは読むだろうと、どれを読んでも彼の力になりそうなモノを厳選。
「はっ、とっ、……りゃっ!!」
カカンッ!!
「ぬっ、やりおるっ!」
結果、リッドの動きからは無駄が減り、ガントに真正面から対抗できるまでになっていた。
・
・
・
「シオウさん、一体どんな魔法をリッド先輩に施しはったんです?? まるで別人みたいに動き良くなってますやん」
スィルカが驚くのも当然だった。
昨日の今日でここまで変化がある―――特に戦技に詳しければ詳しい者ほど驚かずにはいられないくらい、リッドは強くなっていたのだから。
「もともとアイツはあれくらい出来るよ。今まではそこにヘンな癖や、知識軽視の我流な経験とカンどころに頼ってた分、その実力が発揮しきれてなかったってだけ」
そう言うと、シオウは自分のスカートを軽くめくり上げ、しまい込んだばかりの書物から一冊取り出すと、ノヴィンに向けてぽいっと放り投げた。
「わわっ!?」
「ノヴィン、その本のタイトル読んでみ」
急に投げ渡されたそれを、危うく落としそうになりながらもキャッチしたノヴィン。言われて本の表紙を伺う。
すると左右からスィルカとミュースィルも興味ありげに覗き込んできた。
「ええっと…… “ 剣士の戦術思考 ー 基礎編 ー ” ? シオウ先輩、この本がどうかしたんですか??」
「昨日、リッドが病床で読んだ本。アイツがやったことはそれを読んだだけだ」
「本を……お読みになられただけで強くなられたのですか??」
ミュースィルは、摩訶不思議な現象だと言わんばかりに小首をかしげる。いくらなんでもそんな簡単には行かないのは、戦技が苦手な彼女でも分かる。
「これ読んだだけて……。しかもコレ入門書っぽいですし、かなり古いやつとちゃいますん??」
「ああ、
ノヴィンの手から本を抜き取るように取り上げ、その表紙を軽く叩いた。
「それでも昨日までのリッドに有効だと思って押し付けた。その結果がアレだ」
まだ互いの武器で真っ向から斬り結びあっている状態の闘技場を、シオウが視線で指し示したことで、3人の視線もそちらを向く。
カァンッ、カッ、カンッ、カカァンッ!
ガント相手に息のあった
「普段のアイツなら絶対に読まない。が、怪我の苦痛で弱気が顔を出してる時なら何気なくでも手に取る。で、そこにはアイツに足りてないものを埋める糸口があった……それだけだよ」
「それってつまり、たとえば僕がこの本を読んだとしても、リッド先輩のように一晩で強くなれるわけじゃない、って事ですよね?」
「ああ、他の奴が読んだところで何のためにもならないだろうな。もっとも、その本にアイツに足りないものが明記されてるかっていうと、そういう事でもない」
―――ちょっとしたこと。
日常の何気ないことで、抱えていた悩みや問題の解決が見えてくる、といった現象は起こりうる。
それは思考への斬新な刺激であったり、ヒントになりうる景色であったり、何ならもっと哲学的、あるいは神秘的な気付きであったり………
それそのものは答えでなくとも、それによって本人に何らかの影響が起こって、まるで関係も関連もない問題の答えがハタと閃いては見出されるのは実際に起る事だ。
「どこまでいってもアイツ次第なわけだから自信は全くなかったが、どうやら自分の殻を一つ破ることが出来たみたいだな」
そう言って本をスカートにしまい直すシオウ。もはや3人は、驚くということを諦めて呆れ、シオウだからと納得する境地に至りつつあった。
――――――試合開始から3分。
見ている側からすれば、さほどの時間ではないかもしれない。
しかし戦闘とは、時として僅か10秒間でさえも疲弊しきってしまうほど、当人達にとってはハードな行動である。
いかに命を取り合う真剣ではない、1対1でルール有りの試合だといっても、1分も戦い続ければ自然、その疲労は相当に及ぶ。
「はぁ、はぁ、はぁ……数発、かよ、通ったのはよ」
攻撃は確かに通った。間違いなくダメージも入っている。しかしリッドとしては全く満足のいく結果ではない。
以前よりかは確かにマシに渡り合えているが、優劣いえばなおリッドの劣勢具合は今回もかわりなかった。
「フッ、だが1撃が重くなった。打たれた箇所の痺れる感覚がなかなか鎮まらん……ふぅ~……ぅ」
さすがのガントも真正面から間断なく剣で打ち合い続けたからか、長く深い息を吐いた。
疲労の具合はリッドよりもまだまだ余裕。なれど、日頃より戦技を高めんと志高く鍛えているその身にとって、たった3分で大きな呼吸を必要とするなど、久々の感覚だった。
「(20分はフルでやり続けられる程度にはタフなつもりだったが……)」
ガントは笑む。この上なく嬉しいと思える。
気分が高揚する。何と心地よい疲労か?
確信する。この試合は大変に有意義であると。
だからこそガントは、
「リッド=ヨデック、貴様の
これまでガントは、あくまで手に持った木製の大剣のみでリッドに当たっていた。
しかも彼は、あくまで基本に沿った剣術―――お貴族様の習い事を真摯に磨いた、何の変哲もない武器術のみを駆使していただけ。
そんなガントが自分の引き出しを開く。それはひとえにリッドを試したいからこそだ。
「……」
ガントの雰囲気が変わったことを、リッドも鋭く感じとった。
1歩、2歩……後ずさるが臆したからではない。自分にとっての適切な間合いを見直し、攻撃にしろ防御にしろ最善手を打てるように体勢を整え直した。
「(あの時は見れなかった本気、か……こちとらケガ人なんでお手柔らかに頼みたいところなんだが)」
思うところとは裏腹に、リッドも不思議と笑む―――楽しいと感じてしまう。
あるいは再び痛み始めた怪我の事を忘れようと、無意識のうちにガントの真骨頂への期待感が高まっているのかもしれない。
「……――――ハァ……ッ」
ガタイの良い男の吐く気合いの声。しかし一瞬、ごく短いもの。
それだけでガントの全身に気力が満ちたのか、気配が強くなる。存在感が大きく増したと言い換えてもいい。そこらの雑多な者とは違う格上感が醸し出され、強者の風格が圧となってリッドに打ち付けられてくる。
「では行くぞ。一撃で終わるなどと、期待外れだけはしてくれるなっ!」
ブォッ!!
地面を蹴った。前に出た。
しかしガントの蹴り足は恐ろしいほど音を立てなかった。地面を蹴った音が聞こえないほど、ガタイの良い身体が空を切る音が大きい。
「っ!」
その意味を即座に理解したリッドは全力で防御、同時に避ける行動を選択。
ガントの動きは本気の、無駄のない完璧なもの。ならば攻撃にのせられる力は恐らく、これまでの比ではないはずだ。
「カァァァァァッ!!!!」
らしくもなく吠える。同時に、腕ではなく両胸から左右の手首に至るまでの筋肉が瞬間的にパンプアップする!
ッド パァアンッ!!!
大剣が闘技場の床を叩いた音にしては異様。
まるで空気を詰めに詰めたものが強烈に弾けたような音が会場中にこだまする。
「ぐぅう!!! …っ、がぁあっ!!」
リッドの身体が吹っ飛んだ。
振り下ろされた大剣の真芯を見極め、受ける位置をズラしたはずなのに、衝撃が強すぎてリッドの今の全力で持って耐えようとしても、1秒と踏ん張れなかった。
「ぐぅっ! ……う、痛……く、ぐ……く、くそ……ぉ」
痛みが思いっきりぶり返す。まるで胸部がガバッとこじ開けられたのではと、一瞬ながら勘違いしてしまうような激痛が走る。
ガントの攻撃による直接的なダメージはほぼない。
しかし、古傷の痛みをぶり返させるほどの衝撃波を発生させたその一撃は、リッドの肉体に確かな悲鳴をあげさせた。
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