第12章1 白童は工夫で強者に迫る




 ゴウ! ――――――その音は “ 豪 ” と形容するに相応しい迫力と衝撃を伴っていた。



「っ。さすがの勢い……しかもそれをここまで制御できてるとか、たまったもんじゃないな」

 決勝戦、チーム・ガントの大将ガントとチーム・リッドの副将シオウ対決。始まるや否やガントは急加速で突撃、シオウはそれをギリギリでかわした。


「ぬかせ、明かにこちらが反転できぬ・・・・・タイミングを狙っていた者が。嫌味にしか聞こえんぞ」

 通常、猛烈な突進攻撃などは完璧に速度や勢いに乗ってしまうと、途中で軌道や行動を変更する事が叶わなくなる。

 運動エネルギーが進行方向へと真っすぐに作用するため、減速しようとするだけでも強烈な慣性が働き、何もできない硬直の時間が発生するからだ。


 先鋒のクラウノは敵に避けられても、常に攻撃を炸裂させることでブレーキとしていた。そこまでしなければ相殺しきれないほど、強烈な突進が生み出す運動エネルギーは大きい。


 ガントはそれを限界まで制御していた。


 すなわち敵に迫る限界ギリギリまで、軌道変更や行動変化が可能な時間を持たせていたのだ。相手からすればガントの突撃を無傷でかわせるタイミングは、先鋒のクラウノよりも更に短かく、シビアになっていて対応の難易度が跳ね上がっていることを意味する。




「(今のリッドに、コレの相手するのは無理だな。……仕方ない)」

 シオウは、木杖をクルリと一回転させる。

 そして観客席はおろか、試合を見ている全ての人間が驚くことをしてみせた。


「!! ……それは、ここからは本気を出すという事か?」

「ご自由に。好きに判断してくれ」

 シオウが構えたのだ。


 それもガントをして軽く背筋に寒気を感じるほど、堂に入った構え姿。


 軽く左半身を前に出し、ガントからは斜めに立っているように見えるアングル。左足の太ももは真っすぐに、しかし膝から下は半歩分ほど外側に向けて軽く曲げ、多少内股っぽく感じる立ち方。

 右手に持った木杖は、先端を下に向けてはいるものの、対峙する者に異様な存在感を感じさせる。逆に柄の方は、シオウの頭の後ろから天に向かって伸びているが、そこからあり得ない曲がり方で突き出てきそうな気がしてならない。


 アゴを少し引く、やや下向きの頭。しかし両目はしかとガントを見据えている。


 そして左腕。肩を僅かに浮かばせ、肘から曲げられてそれが盾のように本人の前を塞ぐ。だが左手は、その手のひらをガントに向けて見せていた。



 シオウの容貌に何ら変化があるわけではないのに、何かの力強い立像を思わせる風格がその構え姿にはあった。



「(なんだ? 見たこともない構えだ……しかし何という事だ。ここまで隙のない構えは初めて見る!)」

 この学園のレベルが低いと嘆いて久しく、かのアルタクルエ国際大会のレベルを見知っているガントが衝撃を受けるという事の意味は重い。


 いまだその底が知れないシオウというこの小童に、構えだけであの大会に通用するレベルのモノを感じさせられた―――ガントは打ち震える。そして、無意識のうちに歓喜満ちたその心が、彼の顔を笑わせていた。


「面白い、やはり貴様には何かあるっ!」

 再び最初と同じ突進を敢行。だが今度はシオウにかわそうという気配はない。


「(真正面から受けて立つつもりか、さあどうする気だ? 貴様の強さを見せてみろ!!)」

「………」



 ガッ!!


「!?」

 それは、恐ろしく短い一瞬。ガントは自分に、何が起こったのか把握できなかった。

 気づくと前のめりに、まるでヘッドスライディングしようとジャンプしたような体勢で宙を跳んでいた。


「っぬく!!」

 しかしそこはガントである。そのガタイには似つかわしくないほど軽やかに身をひねり、着地してからも滑るように回転しながら勢いを止め、闘技場の上を転がることはなかった。


「思いのほか身軽だな。見てる分には面白いが、厄介な身のこなしの上手さだ」

「貴様……今、何をした?」

 攻撃は受けた。身体の数か所に僅かながら打撃を受けた痛みを感じている。しかし、ガントにはあの一瞬のシオウの動きを捉えることが出来なかった。


「回転運動だよ」

「何?」

 言いながらシオウは、杖を剣のように振り回してみせる。


「突進する身体そのものは敵に向かって真っすぐ。が、繰り出される攻撃は結局のところ、その勢いを乗せた剣による一撃……しかも、突撃の効果を最大限に生かすために剣の終着点は自身の中心眼前の地面を叩くように振るわれる」

 すると今度は、木杖をガントの剣に見立てて持ち替え、自分に向けて振るう素振りをした。


「剣自体の動きは真っすぐじゃない。体当たりか突きじゃない限り、攻撃そのものは弧を描く―――つまり回転運動の一端。お前が右上から袈裟懸けで振り下ろした動きに合わせて、その反対……つまり切上げる形で振るうような動きでもって、俺自身が回転してかわしつつ、お前の身を杖で適当に打ちながら交差した」

 その説明が確かなら、シオウの動きそのものはいつもと同じ、のらりくらりと相手の動きに合わせるものの上位版とでもいうべき程度。しかしそれだとガントの重量が吹っ飛ばされる理由にはならない。


「あとは交差する際、左で衝撃を発する魔法を瞬間的に入れただけだよ。出来るヤツはそれなりにいるやっすい手品だ。吹っ飛びはしても、たいしてダメージは入ってないだろう?」

「……なるほど、魔法併用か。そしてその動きはハルの真似というわけだ?」

 伝統の舞いを武術に応用した高機動力の女子。その対戦経験からヒントを得たものとガントは考える。しかしシオウは首を横に振った。


「いーや? 戦闘において回転運動ってのは様々なところに見られる基本、武器だろうと格闘だろうとな。相手の攻撃への対応だけじゃなく攻撃も移動も、すべてに通じる動き……特に俺みたいな小人はそこを研ぎ澄まさないとデカいのとは渡り合っていけない、必然身につく範疇だよこれくらいは」

「それはつまり、身につけねばならない経験・・があるということだろう? 常人には必要なき事……有意でなくば必然たりえぬわ」

 少なくともシオウは、この学園の生徒の誰よりも実戦経験・・・・があるということだ。それも命の危険を感じるほどの。

 でなければ、ここまで戦える技術を磨く必要はない。脅威や危機、危険にさらされるからこそ人は強さを磨き、対抗するすべとして身に着けるべくを身につけるのだから。


「こちとら天涯孤独の旅人だった身、行く先々で危険がいっぱいだったもんで」

 同世代でも決定的に異なる人生経験の差。


 いくらガントが体躯と才に恵まれ、強くなろうと努力を惜しまなかったといっても、その出自は貴族のボンボンだ。安定した生活と環境、恵まれた人生にはぐくまれてきた。


 一方でシオウは、その若さで世界をまたにかけて渡り歩いてきた人間。気楽気ままな身分とはいえ、その小さな身一つであらゆることを乗り越えていかなければならなかったはずである。


「(という事は、単純な機動力や判断力だけではない。凄まじい直感を持っていると見るべきだな)」

 経験はカンどころを養う。たとえ本人が頭で理解していなくとも、無意識に突き動かして都度、最適な行動をその肉体に取らせてくれる、経験というチカラ。


 相対する者にとって、下手な魔法や覚醒能力、あるいは強力な武器などよりもよほど怖い能力だ。





「フッ、フッフフ……これほど嬉しいことはない。絶望しかけていたが、まさに希望が見えてきたぞッ」


 ボッ


「!」

 ガントの左手に炎が燃え上がる―――火炎魔法。


「見ての通り、こちらも魔法には多少の心得がある……さあ、コレはどう受けるかっ!?」 


 左手の中で綺麗に炎がまとまり、火球となって離れる。見事に撃ちだされたソレは、結構なスピードでシオウに迫った。


 だがシオウには、またも回避しようとする様子は見られない。


「ハァッ!!!」

 火球を撃ちだした直後、ガントが大剣を振りかぶりながら間合いを詰めてきた。火球に劣らないスピードで迫る。


「……」

 タンッ


 まるでガントの動きを待っていたかのように、シオウがその場から左に飛びのいた―――火球を避ける動き。


「甘いぞ!!」

 大剣を握る左手が力む。すると火球が軌道を曲げた。


「……やっぱりな、遠隔操作か」

 シオウを追いかけるように火球が異様な角度で曲がる。当たれば確かな攻撃性を発揮する魔法だが、ガントほどの人間が何の変哲もない直進するだけの弾を放つはずがなかった。



 それを見越していたシオウは、軽やかに火球をかわして逃げる。


 火球と共に追うガントは、さながら2対1でシオウを追い詰めようとするかのよう。

 しかもガントと火球の連携は完璧で、二人の軌跡は片方を伺えばもう片方が死角になってしまうように位置取りながら、かわすシオウをどんどん追い詰めていく。


 闘技場の上を飛び回る3者に息を飲む観客。まるでチェスや将棋で相手を詰まんとするのを見ているかのよう。

 それがおよそ1分続いた時、誰かがあっと声をあげた。それは詰みの形をそこに見たからだ。


「捉えたぞ!!」

 闘技場の端。迫る火球とガントは、シオウの逃げ場を完全になくした好配置につけていた。

 シオウから見て右手にガント、左手に火球。そして後方は場外で前方は開けているように見えるがシオウが逃げ抜けるよりも恐らくガントと火球の攻撃が追いつく方が早い。

 絶体絶命、だが追い詰められているはずの白きわらべはほくそ笑んだ。


「こっちもな」

 静かにそう呟く。迫るガントを無視して火球に向き直り、そして木杖を思いっきり全身で振るった。


 ブンッ!! グォンッ!!!


 ガントの大剣が、闘技場の外を経由して横薙ぎで炸裂。同時にシオウの木杖は闘技場の内から外に向かうように振るわれた。

 両者とも回転する勢いでの横薙ぎ。それが完全に対決し合う形!


 ドッ!!

 ガシュウッ!!!!


 結果、シオウの小柄な身体は闘技場の中央に向けて吹っ飛んでいた。






「シオウ様!!」

 ミュースィルの叫びが闘技場横から上がる。強い心配の色に染まったその声は、それだけシオウの吹っ飛ぶ姿がダメージを受けた者として様になっていたからだ。


 しかし当事者のガントは違う。吹っ飛ばした本人であるからこそ確信していた、手応えが十分ではない、と。

 それどころか―――


「……まさか、こちらの魔法を攻撃に使うとはな。しかも……くっ」

 ガントの目の前、シオウがいた場所に空から舞い落ちるスカート。それは学園の制服に付属している、彼が常時身に着けているもの。


「杖を振るいつつも止め具を外し、回転の遠心力でスカートを舞わせ、一瞬ながら我が剣の軌道を妨げるとは……なるほど、貴様の言う通り回転運動はすべてに通じる基本だな」

 言いながらガントは、自分の左上腕を抑える。


「しかも魔法の火を木杖ですくい取り、そのまま攻撃するなどと、よくも考え付くものだ」

 ガントの左腕……否、左半身のあちこちが火球によって軽い火傷を負っていた。

 大きなダメージとは言い難く、戦闘継続は余裕。だが火傷特有の痛みが弱いとはいえ確かに感じる。悪影響は確実に出てくるだろう。


「……得物の差があったし、お前のガタイにダメージ与えるにはそれくらいさせてもらわないと、こっちはしんどい」

 シオウは吹っ飛んで寝っ転がったままの態勢で答える。一拍おいてから面倒くさそうにのそりと起き上がった。


「やれやれ、まったく割に合わないな。はぁ~ぁ……」

 片手でズボンのホコリを払う仕草。いつもスカートを付けているだけに、露わになった多くの男子の制服姿――ズボン姿――が、彼を知る者の目にも新鮮に映る。



「! ……んじゃ、もうちょっびっとだけ頑張らせてもらうとするかな」

 ガントの向こうに何かを見つけて微笑むと、言うなりシオウは地面を蹴って、珍しく積極的な突撃を行った。


「(この位置関係……なるほど、こちらの場外狙いか。そうはさせんぞ?)」

 今、ガントは闘技場の端にいる。いくらシオウが小柄とはいえ、突き飛ばせれば勝ちを拾う事はできるだろう。


 ガントは向かってくるシオウを迎撃せんと剣を構えた。


 カッ!! カンッ! カカッ!


「体当たり狙いと見せかけての打撃、そして隙あらば体当たりで場外へ……というところか?!」

 これまでのオウの試合での臨機応変さを考えれば十分にあり得る話。


 本命をフェイントにしてフェイントを本命にする―――都度、全ての手が相手を翻弄もすれば本命の攻撃にもなりえる攻撃を行える器用さの持ち主。


 だがそうと認識してしまえば、さほど警戒心はいらない。要は全ての動きと攻撃に対して油断しなければ良いだけだ。


「………」

 シオウは黙したまま杖を振るい、身をひねる。機動力はあるが、直線的な動きは少なく、捉え辛さを感じこそすれど捉えられないわけではない。

 根気よく、焦らず、しかし抜け目なく。


「! ここだッ、今度こそもらったぞ!!!」

 ガントの大剣が唸りをあげてシオウに襲い掛かった。その時、シオウの脚がガクンと滑る―――不意のスリップ。


「同じくもらった、これで俺の置き土産・・・・は十分だ」


 バキャアッ!!!


 それは、ガントの大剣が闘技場の床石を砕いた音であり、シオウの木杖が砕けた音であり、そして……




『シオウ選手、場外!! よってガント選手の勝利!!』



 ・


 ・


 ・


 最後、シオウは自分のスカートに足を取られ、スリップしてしまった。しかしながらそれによってガントの一撃を回避することも出来たのだが、滑った時に身を捻るようにしたために接地後に転がった。


 すぐ傍の床がガントの一撃で砕かれ、その衝撃でシオウが倒れたところの石板も起き上がってしまい、角度がついていた。

 その上を滑ってしまい、闘技場外の地面に足をついてしまったのだ。



「いいところまでいってたじゃないかシオウ。驚きだぜ、ガント相手にあそこまで立ち回れるなんてな」

「……お前がもうちょっと早くついてくれたら、俺はもっと楽できたんだぞリッド」

 ようやく到着した我らが大将サマを前にシオウは悪態つく。汚れたスカートをバッサバッサとふるってホコリを落とし、再び腰に巻くと、取り出しておいた本やらなにやらをせっせと詰め直し始めた。


「そう言うなって。思った以上に治療痕が・・・・痛くってさ、起き上がるのも一苦労だったんだぜこっちは」

「……そこまでの思いをしてまで戦いたがったんだ、せいぜい頑張ってこい」

 最後に完全に砕けた自分の杖を拾い上げると、シオウはそれを手のかわりにヒラヒラ振ってリッドを送り出しつつ、ミュースィル達のもとへ早々と移動する。



 友に繋いでもらった出番―――リッドは噛み締めながら、闘技場へと上がっていった。







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