第11章5 変わり者



 決勝戦の中堅戦はスィルカが気を失って敗北し、一転してチーム・ガントが2連勝を収めた。


 そして、スィルカを運び出すために一度闘技場から降りたシオウが、再び戻ってくる。



「わざわざこっちに合わせて1人1戦とか、律儀だな」

 先のヴェッダにしても、スィルカ相手に消耗したとはいえ連戦できないほどではない。しかしチーム・ガントの面々は、いずれも勝とうが負けようが1戦でバトンタッチする気満々で試合に挑んでいた。


 それは今回、チーム・リッドが試合に臨むにあたり取り決めたことでもあった。その事をガントは、オーダー票提出の際に把握していた。



「何のこっとんかな? ウチは今大会最初からこのスタイルだからから」

 そして副将戦。シオウの相手はジクーデン=ベルオ。

 学園の2年次生でシオウ達とは同期の一般入学組。しかし、独特な喋り方をするせいかその交友関係は学生間においては孤立的であった。

 とはいえ、気さくな性格で年上にも物怖じしない事から、教師陣とはよく言葉を交わしているらしく、大人との関係性においては顔が広い。


「(………ま、つかみどころがない人間性はお互いさまかな)」

 シオウとて、学園の生徒としてはジクーデン同様変わり者に分類される生徒。似たようなニオイを感じて、早々に木杖を構える。


「お? 結構やる気さんだねぇ、珍しい。大将クンがまだ来てないから頑張らないとってかい?」

「まーな。正直面倒だが、負けてもそこで終わりだ、せいぜいチームメイトに怒られない程度にはやらなくちゃいけないんでね」

 するとジクーデンはケラケラと笑う。


「怠け者は大変だーな、こーゆー時は。ま、こっちもこれでキメキメできれば優勝決定だっし? 悪いけど手加減はゴメンなさいなー」

 ジクーデンが腰から抜き出したのは2本の木剣。ただし、普通の両手剣とは異なった形状で、柄がなく持ち手から刀身まで一体だ。

 グラディウスと呼ばれる古代闘剣に似ているが、刃の形状が中腹で大きく波打っている。


「二刀流……」

「色々試したんだけど、これが一番しっくりんとしたんで。まー、あんまり上手じゃあないかもさんだが、ひとつお相手よろしく頼むよ」

 二人の準備は良し。


 そう判断した審判は、今一度両選手の様子を伺うと試合開始の合図をいつでも下せるよう、高らかに片腕を上げた。



 ・


 ・


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 チーム・リッド側。設置型魔導具の前。


「面目ありませんー、ウチが負けてしもうてー……いたたたっ、ミュー姉様それ染みますよって!」

「肌に火傷痕が残ったらいけません、我慢してくださいねシルちゃん」

 ヴェッダの意趣返しとも言える火炎魔法は、もはや爆裂魔法といえる衝撃力だった。

 スィルカ自身は爆炎によって吹っ飛ばされただけで済んだものの、やはり全身各所に軽度の火傷を負っていた。


 ひとつ残念な事があるとするなら、闘技場の外へと吹っ飛ばされてしまった点だ。


 なぜならヴェッダはあの後、無理な魔法使用がたたってか、意識が朦朧としてまともに戦える状態ではなくなっていた。



 もし城外に吹っ飛ばされずに踏みとどまれていたならば、スィルカは勝ちを拾うことが出来たはず。

 だが、ヴェッダは攻撃後の自分の状態を見越していた。だからこそ刺突直剣ジャマダハルを地面に突き立て、爆風で吹っ飛んでしまわない態勢で火炎魔法を発動させた。


 それはそれでヴェッダにとっても賭けだった事だろう。その賭けに勝った彼も、相手チーム側の設置型魔導具前でダウンしている。

 そして、山のように氷嚢を抱えてきたクラウノに埋められるわ、操作方法も分からないのにヘスターが設置型魔導具の出力をあげられないかと操作しようとしては止めてしまうわと、チームメイトからなかなかに乱暴な介抱を受けていた。



「1勝2敗……シオウ先輩が負けてしまったら、僕たちの敗退決定ですね」

 言いながらノヴィンは、緊張からゴクリとノドを鳴らす。


「まー、元々こっちは勝ち目薄い試合でしたし、ミュー姉様が1勝したゆーんが何よりの大金星や思いますから、上々の結果やと思いますよって……痛ったた!」

「大丈夫です、シオウ様はきっと勝ちますよ……はいシルちゃん、これでおしまいです。きちんと魔導具の前に座って、安静にしてくださいね」

「ミュー姉様もまだ安静にしとってくださいよー。ブレインアウト寸前やったんですからー」


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 ・

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 リングサイドで和やかな雰囲気が漂う中、闘技場の上では意外にも白熱した試合が展開されていた。


 ガッ、カッ!!


 杖と剣が打ち合う音が鳴り止まない。

 ジクーデンの剣戟けんげきに合わせるように木杖を当てるシオウは、ここ直近の中ではもっともらしい・・・動きでもって戦っている。


 一切の奇をてらうこともなく、真正面からの武器を用いた攻防。正統派な試合として観客の目を楽しませていた。



「っ! ……とと、ふ~。いやー、やるやる驚きびっくりだ。ヘトヘトになるやつだコレは」

いんを踏む余裕があるくせに疲れたもないだろ。それに驚いたのはこっちもだ、ここまでの剣術レベルとは思ってなかったよ。もうちょっと楽に対応できるとつもりだったんだけど、アテが外れた」

 実際、ジクーデンの剣術は基本に忠実でさほど怖いものではない。が、これもクラウノと同様によく鍛え上げている。学生レベルは既に脱していると言ってもいい。


「リッドの奴と同じレベル・・・・・の腕前は、この学園じゃ数えるほどしかいないと見ていたが、さすが決勝まで余裕でくるチームのメンツ。考えてみれば、その数えるほどに当たっても不思議じゃなかったな」

 するとジクーデンは、ニッと笑って胸を張った。


「なかなかやるもんさんだろう? けど、シオウもここまで出来るなんて思ってなかったぜい。杖術の達人さんかい?」

「まさか。なんとか食らいつけてるだけだよ、買い被り……っと、韻を踏み返してる場合でもないな。さーて……」

 どうしたものか困ってしまう。


 シオウ的には正直、結構引き出し・・・・を開いたつもりだった。これくらいなら何とかなるだろうと、あくまでさほど目立たない範囲に収まるギリギリのところを。


《アラアラ、どーするのかしラ? もう細かいこと忘れて思いっきりヤっちゃえばいいんじゃない?》

「(……出来ない・・・・こと知ってるくせによく言う)」

《フフフ、冗談ヨ。でもホントにどーするの? ここで負けると終わりなんでショ?》




「(………仕方ない、魔法を使うか。今までの試合でも多少は見せてるし、それで何とか―――)―――<火炎ファイア波状ウェーブ>」

 呪文を唱えると共に、シオウが木杖を横に一薙ぎする。


 ブォウワァッ!!


 すると振るった軌跡に沿って炎が上がり、そこから扇状に前方へと薄い火炎の波が伸び広がった。


「アチチッ!! とっと、けっこー範囲ひろびろだ。警戒してたのに避けきれなかなかな魔法だな」

「この大会、火炎系の魔法を多用する奴が多い。当然だな、武装は燃えやすい木製や革製、布製が中心だから効力が期待できる。だが……」

 シオウは前方にワンステップ軽やかに跳んで着地する――――と同時に、上から落とすように杖を振るい、目の前の地面を小突いた。


 ビキキ! ピシィッ!!!


「!? こ、氷…凍ったりあ!?」

 シオウが小突いたところから、地面を伝うように走ったのは凍結の波動。

 ここまでの試合で、闘技場の石板はもはや僅かしか残っていないが、それを繋ぐかのように伸びた氷の筋は床に樹氷を描き出し、その先端にてジクーデンの両脚を凍り繋いでいた。


「その言葉遣い、本当にクセなのか……けどま、驚いてる暇はないんじゃないか?」


 シュオオオオオ……


 シオウの杖先で輝く玉が集束している。バレーボールほどの大きさのそれを、すでにジクーデンに狙い定め終えていた。


「悪いがこれでフィニッシュだ、<ライトボール>」


 バシュ!!!


 輝く魔法弾は、真っすぐに標的めがけて飛んでいく。誰の目にも確かな攻撃性を持っていると判断できるそれは、弾速こそ避けられるスピード。

 しかし、足をとられている相手に回避する事は不可能、100%命中する。



「……」

 すると何を思ったのか、ジクーデンは目を閉じた。そしてせめても両手の剣で防御の構えを取るべきところを、なんとそのままだらりと腕を下げ、まるで諦めたような態度で魔法弾を迎える!


 ドォッ!! バキンッバキバキィッ!!!


 確かな威力。両脚の自由を奪っていた氷が砕け、彼の身体を闘技場の端まで吹っ飛ばした。



「ぐ……うう、な、んて痛いんだす……はぁ、はぁ……はぐっ!」

 せきこんで吐き出された唾液が薄っすらと色づいて見えた―――血が混ざっている。


「そのダメージじゃもう戦えない。ギブアップしろ」

 シオウとしては結構ギリギリのラインを攻めた。中途半端にダメージが軽いとなお試合への意欲は残る。かといって威力の高すぎる魔法では派手さと言う意味でもダメージという意味でもやりすぎになってしまう。


 設置側魔導具をはじめ、この大会の治療体制を想定し、その治療の許容範囲内に収まるよう痛めつける事に成功した――――――つもりだった。




「………。こういう汚い・・のは、好きじゃナシっこだけどもっ」


 バッ!!


「!」


 カッカァンッ!!!


 動けないはず……いや動けたとしても、立ち上がるのも厳しい程の大ダメージを確かに受けていた。

 ところがジクーデンは、床に沈んでいた状態から一気に飛び掛かり、斬りかかってきたのだ。


「……奇襲したつもりつもったはずなのに、受け止めるのなっ」

「この動き、不自然だな。どんな奥の手だ?」


 カンッ、カカッ、カンッ!!


 まるで試合開始時点に戻ったかのような攻撃とキレある動き。ダメージを受けている人間の動きではない。

 シオウは杖で受けきっているが、さすがに相手の不可解な動きに怪訝な表情を浮かべる。


《どーゆーコトどーゆーコト?? バッチリ魔法、当たってたわよね。平気すぎないこのコ??》

「(………。可能性はいくつかあるが、さて……)」

 むしろ不可解なほど動きにキレが戻っているからこそシオウはすぐさま、ジクーデンの謎に可能性の観点から迫る思考を開始していた。




「明らかにおかしいな? 俺の目が確かなら、吐いたツバに血が混ざってたくらいにはダメージは重かったはずなんだが?」

「フッフッフーりーん。さー、どうかなーどッ!」

 やたら好戦的。

 謎の復活を境に、会話に応じるのもほどほどですぐ攻撃に移ってくる。


 カカッ、カンッ! カキッ、ガッ!!


「(狂戦士バーサーク効果の魔法? だが身体能力が向上している様子はない。何か強力な回復魔法? それにしては傷だけじゃなく体力も戻っているように見える……)」

 何とか攻撃を受け止め、あるいは受け流し続けるシオウ。同時に相手の大ダメージからの復活について思索と分析をより深めてゆく。


「(怪我自体がフェイク? いや、魔法弾の命中は間違いなかった。それに……)」

 攻防の最中さなか、チラリとジクーデンの足を伺う。


「(氷綱アイスロープを絡めた足にもダメージの痕が見当たらない。全身の怪我が消えている?)」

 そもそも回復魔法であれば癒しの輝きが見える。それがどんなに小さく弱い効果のものであったとしてもだ。

 しかしジクーデンが奇襲をかけてくる前、そんな光は見えなかった。それどころか他の魔法の兆候も何もなく、攻撃の動きはあまりにも突然過ぎた。


「(魔法じゃないということは覚醒能力。だとすると効果は瞬時に全身を癒す? ……いや、それだと違和感あるな)」


 ヒュッガ! カンッ、ガカッ!!


「(復活後も特に戦法には変わりなし。やたら息つく暇なく攻めてくるようになっただけ……ならば、それはなぜだ? まるで急ぐように攻勢に転じるのは何を意味する?)」

 しかも気さくな性格のジクーデンには似つかわしくない焦りも感じられる。どちらかといえばその気性は、どんな時でもマイペースなものだったはずだ。


「(……リスク。覚醒能力だとすると、何かしらのリスクがあるはず。……時限性? あるいはダメージを一時だけ、なかったものにする? それにしては急ぎすている。この感じ……戦闘そのものが困難な状況に自身が追いやられてしまう、といったたぐいのリスクなのは間違いなさそうだ)」

 それなら不自然に勝負を急ぐ理由としてありえる。その前に勝負を決めなければならないのだから。


 タッ、トッ……


「はぁ、はぁ、はぁ……どーしたシオウ? 魔法は打ち止めさんかい?」

「そっちこそ急に足止めて喋り出すのは何故だ? あれだけ猛攻続きだったのに、疲れたからなんて理由じゃないんだろ?」

 ジクーデンは嫌なところを突いてくると苦笑いを浮かべた。


「(! ……表情、いや……目つきがおかしい……? なるほど、そういう・・・・リスクか。ということは―――)」

 シオウはその場から後ろに跳ぶ。二度、三度とステップを踏んで、ジクーデンから大きく間合いをあけた。


「!! っ、ま、待てていっ……、ふぅ、ふぅっ……ぅ、く」

 追撃しかけて、しかし苦しそうにその足取りはおぼつかなくなるジクーデン。

 その苦しみ様は怪我や疲労の類とはまったく違うものだった。


「覚醒能力の効力はまだハッキリとしないが、それを使った時に発生するリスク―――おそらくは “ 睡魔 ” だろう? 我慢出来ないほどの眠気が襲い掛かってくることが分かっていた。だから大ダメージから謎の復活の後、やたら攻撃姿勢で向かってきた、それまでに勝負を付けなきゃならないから……違うか?」

「う、う……み、すかして……たんたん……たぬ、くぃ~~―――――」


 バタン!!


 シオウとの間合いを詰めようとして数歩をヨロヨロ歩いたところで倒れる。直後から寝息が上がり始め、ジクーデンは動かなくなった。


「ジクーデン選手の意識喪失を確認。シオウ選手の勝利ッ!!」





 審判の宣言と共に、シオウは闘技場を降り――――――なかった。


「? ほう……ここにきて連戦・・とは、どういうつもりだ?」

 ジクーデンを肩の上に抱え上げ、一度闘技場の外に運びださんとしたガントが、奇異なものを見たと言わんばかりに開始線に戻って佇んだままでいるシオウを伺う。


 その性格からして、試合が終わればとっとと舞台から去るはずの白髪小童が、まさかの連戦を選択するというのはまさに珍事であった。


「深い意味はないよ。ただ、ウチの大将がまだ到着してないんでね。どのみち連戦しなけりゃこっちの負け決定……それでもいいなら今からでも降りるけど?」

「くっくく、まさか。そのままそこにいろ。不戦勝で優勝などという不名誉、何の価値もない」

 そう言ってガントは、闘技場の階下にいたクラウノに鼻提灯作って爆睡してるジクーデンの身柄を預け、すぐに戻ってきた。

 いかつい姿からほんのわずかながらまだ若く青臭い、年齢相応の輝きを発する―――ワクワクしているのがひしひしと感じられた。



「……期待されても、出せるものはもうないんで、そこんとこよろしく」

「ぬかせ。ならば無理矢理にでも引きずり出してやるわ、貴様の隠しているもの・・・・・・・すべてをな」

 勘弁してくれと辟易とするシオウに対し、ようやく面白い戦いが出来そうだと期待に満ちているガントは笑みを浮かべ、長大重厚な大剣を軽く振るって空を切り、しかと構えを取った。











――――――選手入場ゲート前。


「ふー、やーっと来れたぜ。ここまでキツいとか思わなかった……けど」

 彼は背伸びする。確かめるよに両腕を動かし、腰を回し、足を曲げる。


「何とか慣れてきた・・・・・……よし! 間に合ってくれ~、頼むからもう勝負ついたーなんて言わないでくれよ~」

 赤毛の少年は、そこからは一気に走って会場入りした。

 上がる観客の歓声が、どうか優勝チームが決したものではない事を祈りながら。






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