第11章4 耐えた先で灯火は盛る
「……う、ぅ………ん。……あ、れ、シオウせん、ぱい?」
気を失ったノヴィンが目を覚ましたのは闘技場の外、設置型魔導具の前だった。
「気が付いたか。気分はどうだ?」
「は、はい。少しクラクラしますけど何とか―――っ、そうだ試合はどうなったんですか!?」
上体を一気に起こして軽く意識が遠のきそうになり、思わずノヴィンは額を抑えた。
「無理に起きない方がいい。アゴ打たれて
シオウが闘技場に上がっていったのは気絶したノヴィンを運び出すため。
チーム・リッドの中堅はスィルカが担っていた。
――――――闘技場の上。
スィルカに対峙するはチーム・ガントの中堅ヴェッダ=フノ=グーイデンタ。
「さすがはルクシャード皇家に連なるお姫様だ。前評判以上の動き……捉えるのがやっととは、まいってしまう」
三年次生のヴェッダはルクシャード皇国では珍しい、やや色黒の肌をした生徒だった。
性格や物腰は大らかで、一見すると先の二人よりも試合に挑む戦意は低いように見える。しかし……
「(雄大な、落ち着きある雰囲気……。まるで大自然を見てるような感覚になる先輩やなー)」
広い海のような闘志を感じる。普段は穏やかながら、攻撃に転じる時は巨大な波となって襲い掛かってくる、そんな印象だ。
「捉えられるんでしたらそれで十分やないですか? ウチに攻撃当てはるくらいの事は簡単ですやろ、先輩」
やや煽るように軽口を投げかけてみてもヴェッダは落ち着き払っている。ニコリとする笑顔は穏やかそのものだ。
見る者を安心させ、同時に揺るがない精神性が垣間見える。挑発や煽りが一切効かないタイプ。
「(厄介ですー。こういう相手は絶対に
精神的に僅かでも乱れれば小さいながらも隙が生じる。しかしこのヴェッダは、持ち前の気性や性格から自分を乱す事はない。
1撃必殺で決める隙を簡単には見せてくれそうにない相手に、スィルカは面倒なと苦しい気分で微笑を浮かべた。
「こちらは貴女ほどの速度は出せませんからね、丁寧にいかせてもらいますよ」
言いながらスィルカに向かって走ってくる。普通の走行……その速度は戦いごととしてはやや不足に感じる程度だ。
間合いが詰まるにつれ、両手の武器をしかと構え、攻撃の意を見せる。
ヴェッダの武器は編んだ革ひもを結びつけた
地面を蹴って一気高速に迫るといった鋭い動きがない分、動きを見てから余裕で対処できる。
だが繰り出してくる攻撃はいやらしく、気を抜けない厄介なものだった。
「っ!!」
ブンッ……ヒュバァッ!!
まずは
本体である槍部分は本人の足と同じ程度の長さで槍としては短く、柄に太さもなければ穂先もシンプルな形状と大きさで、武器としてはむしろ貧弱に見える。
ところがヴェッダは投げて当てるのではなく、本来は引き戻して回収する用途であろうはずのヒモ部分を、ムチのように操作して攻撃に利用する。
「この程度っ、当たるウチと違いますよって!」
飛んでくる槍部分は難なく回避してみせるスィルカ。しかし彼女は、ムチによる攻撃をもっとも苦手としていた。
変幻自在に蠢くムチは蹴りでも拳でも対処が難しい。扱いに長けている者が操作すれば、こちらが繰り出した腕や脚が標的にされて攻撃を受けてしまう。
もちろん苦手に対処できるよう普段から練習は積んでいるが、先端に投擲槍が付いているせいか普通のムチとは動きが違い、苦慮させられていた。
「そこだな!!」
ブォオオッ!!
「んくっ!!」
そしてもう一つの武器の
単純な刀剣としての攻撃だけでなく、拳を保護する側面もあるこの武器は、格闘術で戦うスィルカには相手し辛い得物だった。
普通の剣と違ってスィルカが
「はぁ、はぁ……嫌なタイミングで突き出して来よりますね……」
「それでも、かわされている。簡単には勝たせてもらえそうにないようで」
拳闘術のように腕を振るえるその構造は、接近戦スタイルの迎撃に最適。
格闘の応用で今のように即応攻撃を繰り出しやすく、スィルカが自分の間合いに捉えたとしても、素早く対応されてしまう。しかも攻撃モーションに無駄がない。
中・近距離戦に特化していてかつ精錬されている。ヴェッダは、今のスィルカにはかなり手強い相手だった。
「(ウチの間合いに持ち込んでから間髪入れず1撃……いえ、2撃はキツいのを入れないと難しいですかー、うーん)」
相手の防具は腹部を中心にしての、一枚の厚手の皮革で作られた前掛け系の鎧。盾や兜がない分、攻撃を当てる事に関してはさほど問題はない。
しかし、コンディションが万全じゃない今のスィルカには、簡素とはいえ鎧の上から有効な一撃を与えるのは難しく、かつ防具の覆いがない箇所を狙った攻撃を繰り出してみても、鋭さに欠けていた。
「ぬんッ! ハッ!!」
吐く息と共に、攻撃を繰り出してくるウェッダ。
攻撃パターンは変わらず、まず
「んっ! くのっ、……てぇいっ!!」
スィルカが何とか繰り出す反撃は態勢の悪さもあって当たらない。あるいは当たってもギリギリかすったかどうかという程度。
昨日の治療のおかげで試合には出られるものの、体調は6、7割といったところ。耐えられるとはいえ体感した相手の実力を考えると、早いうちに勝負を決める一手が欲しかった。
「(かというて焦りは禁物やし。こうなったら奥の手をここで
しかし躊躇われる。
スィルカにもイザという時の隠し玉はあるがそもそもこの決勝戦自体、チーム・ガントに勝利すること自体が厳しい。
ここで自分が隠し玉をさらけ出してまでヴェッダに勝つ意義は……
「うん、やっぱりこのままいかせてもらいますよって」
別に勝利する事を諦めるわけじゃない。何より奥の手を隠しているのは、彼女自身がそれに頼りたくないが
それに使ったからといって勝てるかと言われると、現状では多少はマシになるかもしれない、という程度の効果しか見込めず、彼女は今のままを維持することを決める。
「一気に攻めてくる気ですか? 拙速は感心できないですが……」
スィルカの一言を一気呵成に勝負を決めようとする意志と捉えたヴェッダ。
しかし彼女は、思わず噴きだしたように笑みをこぼす。
「いえ、そういうわけではないんですけども。まぁそれも悪くはないですけども……、ねッ」
トッ!
この中堅戦が始まってから初めて、スィルカがギアを一段上げて地面を蹴った。
これまでは慎重姿勢だったのでスピードは幾分か抑えつつ戦っていた。万全ではない状態ということもあって、試合での感覚を確かめつつ、相手の強さと自分の力をどこまで出しても大丈夫かを測るため、彼女にしては
様子見は終わり。自分と敵のおおよそを把握したスィルカは今の可能な範囲で実力を発揮する。
「!! くっ、なんと!!」
ヴェッダが驚くのも無理はなかった。
これまでは、ヴェッダより一つ上の――徒競走で自分より2人分程先をいく――程度の速さで、追いつけずとも追いすがるような感覚で対応は十分可能な動きだった。
ところがギアをあげたスィルカの速度はヴェッダの予測を超えていた。
ガッ!!!
1秒を数えられるか否かの間に10m近くあった距離を詰められ、ノーモーションで飛んできた蹴り。
スィルカにはそのつもりはなくとも、ヴェッダは奇襲を受けたような感覚におちいる。
「(何という瞬発力! ……これがスィルカ姫の本気の速さか!)」
もしもヴェッダの強さがお城の兵士達と同等水準であるとするならばスィルカの方が確実に強い。彼女は今よりも未熟な頃にそのレベルを倒しているのだから。
しかし今の彼女は先の試合で負った怪我のせいで、自分の実力を100%発揮できない。
それでもヴェッダが己の実力だけではしのぎ切れそうにない攻撃をスピードに乗せて繰り出せる。
「いい反応しよりますねー……ふぅ。今のを防がれはるなんて、まだ甘くみてしもうてたみたいですー」
本当ならさらに連撃を繰り出したいところだが、彼女は再び間合いをあけた。
疲労感。そして治療した箇所が我慢できるとはいえ痛むのだ。
「(あんまり耐えられそうにないですかー……悔しいですけど、1撃1撃丁寧にやるしかなさそうですねー)」
盾を持っていないヴェッダは、手持ちの武器の形状的にも相手の連撃を防ぎ続けるのは難しいはず。いつものスィルカなら多少の反撃でダメージを受けたとしても一気に押し切ってしまえる相手だが、今はそうはいかない。
スピードを武器に、慎重で丁寧に攻撃し、確実に当てて打点を稼ぐ方針でいくより他なかった。
「その速度は中々辛いものがある……が、泣き言をいってもいられないな」
対するヴェッダは、スィルカの速度が予想以上だったことで、逆に勝負に出る必要性を感じていた。あの速度の攻撃を受け続けることは、自分には不可能と判断したからだ。
長期戦はもちろん、今までのようなじっくりと戦う姿勢では速さの前に削られてしまう。
するとヴェッダは、
「前言を撤回しよう。拙速は望むところではないけれど、ダラダラと戦うよりは一つ、勝負を賭けさせてもらいます」
完全に槍の柄に巻き取られた革ヒモ。咄嗟にムチとして振るうには適さない状態だ。
当然そこに何らかの意図があるのは明らかだった。
「……そですかー。まあ、ウチとしましてもスパッと勝負するんは嫌いではないですんで、受けてたちますー」
ヴェッダの体躯は並み。戦技を嗜んでいる分、多少は逞しい方かもしれないが、体力や腕力に自信のあるパワータイプではない。かといってスピードがないのはこれまでの試合で明らか。
なら考えられる攻撃はテクニカルな面を押し出した技か何か、と彼女は推測する。
「(勝負に出るゆーことは、それなりの攻撃性もあるはずやけど……けど、単品では威力不足でも二つ上手く使った連続での攻勢なら)」
しかと技量ある相手。それぞれの武器をただ振り回すだけや、連携して使いこなすだけとは思えない。
加えてスィルカには接近しての近接格闘しかないことも十分わかっているはずだ。
「(
ダンッ!!
可能な限り強く床を蹴って走り出すスィルカ。しかしヴェッダに向けて直進はしない。
「! なるほど、こちらの手を警戒して……さすがの判断だ」
ダンッ、ダッ、ダンッ、ダッ、ダッン
ヴェッダの周囲を巡るように移動する。走るというよりは低空跳躍―――滑走だ。しかしそのスピードは、地面を蹴るたびに上がっていく。
「(! ……このヘンが限界ですかー。不本意ですけど、これでやるしかないですね)」
いつもの全力の7割ほどまで持ってこれたもののそこまでで精一杯。動いている体にかかる空気抵抗だけで、ジリジリとした痛みを感じる。
これ以上は意識的に痛みを我慢しなければならなくなり、どうしても集中を欠いて攻撃の精度が落ちてしまう。
スィルカは速度を維持しつつヴェッダを見据えた。
「………ここっ!!」
周囲を巡っていたスィルカが一転、ヴェッダに向かって跳ぶ。
「来ましたねっ、<
ゴォオッ!!
それはヴェッダの
槍の柄から、引火して火のついている革ヒモが伸びる。
「!! このくらいっ」
空中で身を捻り、
と、同時に彼女の伸びた両脚が鋭くヴェッダの腹部に突き刺さった。勢いのあるドロップキックだ。
ドグゥッ!!
「ぐうっ!! ……ハァッ!」
攻撃を受けた痛みを
しかし彼女はヴェッダの腹を蹴って
攻撃が当たる間合いで着地すると同時に、左右1発ずつストレートをヴェッダの腹に追撃する。
「せぇぇぇいっ!!!」
ブンッ……ドゴ!!!!
さらに腹部に強烈な回し蹴り――――――完璧に入る。が、ヴェッダの身体は態勢こそ崩れるものの、遠く吹っ飛ばされることはかった。
「!!?」
そこで初めてスィルカは気づく。ヴェッダが、炎をあげている
「ぐっ…ぅ……悪いですが、こちらの勝ち、だ……<
ヒュンッ……ボォオオッ!!!
革ヒモ全体が一気に火を噴き上げて
「ぁああっ!? うっっ、こんな炎なんてこともっ」
当然、その場から後方へとステップを踏んで退避。移動の勢いで燃えかけていた服の炎も消す。
しかし、彼女が着地するとヴェッダは微笑んだ。
その場にしゃがんで
「はぁ、はぁ……はぁ……<
ドボォォオォオッ!!!
それは最初に投げた
「きゃあああああーーーーーー!!!?」
激しい熱風と火炎で、悲鳴と共に吹っ飛ぶスィルカ。
彼女が後方に跳んだ先は、まさに魔法の火を灯した槍が突き刺さっていた場所。ヴェッダの切り札は、自身の少ない魔力で1度限り仕掛ける事のできる、この爆発的に発動する火炎魔法であった。
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