〇閑話:チーム・エステランタの善戦 ――――



 リッド達が医務室で何やかんやとしているその頃、闘技場ではもう一つの準決勝である、チーム・ガント vs チーム・エステランタの試合が行われていた。



 敗者復活戦で勝ち上がったとはいえ、結局のところ準決勝ともなれば対戦相手はみな手強い―――遅かれ早かれ、勝ち上がっていけば絶対に避けられない強豪チームとの対決。


 エステランタ達はまさに、その最中さなかにあった。





「ひぃぃいいっ、こ、怖いですっ!!」

 先鋒クルエ=ヘヴァンダンと次鋒アン=タドクレーは敗北。そして今は、逃げ回っている中堅のウリン=フェブラーと、ヴェッダ=フノ=グーイデンタの対戦が行われていた。


「その体たらくでよくここまで来れたものだ。悪いが手加減はできんぞ?」

 チーム・ガントはやはりこれまで通り、全員連戦はせず先鋒には先鋒、次鋒には次鋒と戦い、順調に勝利をおさめていた。

 そして中堅のヴェッダも、ウリン相手に一方的な戦闘を展開していた。


「はーはーふーふー…このっこのっ、えいえいえいーいっ!!」

 エステランタの意向により、チームで揃いの武器たるショートウィップ。ウリンはメチャクチャに振り回すが、素手のヴェッダは難なくこれをかいくぐり、彼女の懐へ到達。


「長引かせるのも可哀想だ。ここらで眠ってもらおう、…はっ!」


 ドッ!


 それは、非常に綺麗な正拳ストレート

 拳自体はウリンの胸部中央を真芯に捉える。しかし入りは浅く、ほぼ寸止めに等しいレベルの接触。


 しかしその拳がインパクトする刹那、魔力の輝きが弾けて、彼女の上半身を波のように広がりながら通り過ぎ、やがて霧散した。


「………」

 直後、ウリンは驚いた表情のままその場で後ろに倒れ、気を失った。


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「わざわざショック衝撃インパクト魔法を使うまでもなかったんじゃねーの?」

「実戦での感覚を試しておきたくてね。本当にイザって時まで温存して使わずに行くと大事なところで失敗するもんだよ、ヘスター」

 ヴェッダは本当ならハンマー使いである。しかし試合には武器を使わないどころか持ち込みすらしていない。


 チーム・ガントが全員素手で挑んでいるのは、それだけチーム・エステランタを脅威と見なしておらず、自主的なハンディキャップを自分達にかせる意味があった。


「あー、わかる。使用感って大事だもんなー」

 言葉とは裏腹にクラウノはたいして興味なさげに言い放つ。既に勝利で試合を終えている3人は、どこかお気楽でのんびりしていた。


「実際、攻撃の拳に合わせて魔法を撃つってなータイミングがムズムズだぜ? 下手すっと武器や自分がイタイタタってなもんで、ギリギリの局面でついミスりっしーだ」

 ジクーデンも足をのばして地面に座り、リラックスしきった態度。だが他の3人と比べてどこか手持ち無沙汰感を感じてか、両腕を空に向かって伸ばすと拳を数度ニギニギした。


 それもそのはず。副将である彼は本当なら今、試合中の身。しかしわざと棄権し、残りの2戦を大将に譲ったので、この準決勝では出番がなかった。




 


―――そして闘技場の上。


 その大将のガントと、チーム・エステランタの副将エイリー=スアラの試合が行われていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……つ、つよい…っ」

 チーム・エステランタで一番の実力者はエイリーで間違いない。

 しかしそれは、あくまで農家出身ゆえに他の貴族令嬢なチームメイトと比べれば、まだたくましい方だという程度。

 戦技のほどはガントの足元にも及んでいないのは明らかだった。


「まあこの程度だろう。残念だが慣らし・・・の相手としても不足だな」

 ジクーデンに試合を譲ってもらった理由。それは彼自身が決勝に備え、実戦でウォームアップをはかるため。




――――――ガント=フルレ=ガンツァーヴリッグ。


 2m近い背と体躯の学生らしからぬ風貌。チーム・エステランタでなくとも、誰から見てもまるで巨人に対峙するかのような迫力を受ける、学園最強の相手。


 見た目からパワー押しなタイプかと思いきやとんでもない。

 巧みな槍さばきと拳闘、そして…


「……。フレイム炎の・フロー浮動スプレッド・拡散するボルト電圧アッパー上昇・ルートする根

 多種多用な魔法まで用いる。


 一つ一つは弱く、基礎に近い。しかしそれらを戦術的に使いこなしてあらゆるタイプの敵に万能に対応。

 常に優勢に戦いを進める様は、むしろ確かな理知性による知略的な戦い方が上手いからこそだ。



「(は、反則すぎるよ、こんなのぉっ!!)」

 エイリーでなくともほとんどの対戦者は泣きたくなるだろう。

 素手でも戦えるほど戦いごとに恵まれた肉体。それが一級品の技量で武器を振るい、魔法を使い、しかも戦術思考も備えているなど、学園の他生徒達は絶望するしかない。


 しかし、それでも――――


「(……まだまだ足りん。こんな低レベル・・・・なままでは!)」

 そんなガントの現在の実力でさえも、国際大会で優勝を狙うにはなお不足。




 ……前回、2年前のアルタクルエ国際戦技大会。


 当時学園3年次で今の自分よりも優れていた兄でさえ、手痛い敗北を喫した光景を、観客席から応援していたガントは今でも目に焼き付いている。


 彼の目指すところとは、あくまでもアルタクルエ国際戦技大会での優勝であり、兄の雪辱を晴らすこと。

 こんな学園内のオママゴト大会など、最初から眼中にはない。




「ハァハァ、うう! ……あーー、もぉおっ!!!」

 ヤケになるエイリーを、誰が責められるだろうか?

 ムチは当たらず、蹴っても殴ってもわざと受け止められる余裕を見せつけられる。


 飛来するガントの攻撃は明らかに手加減されている。にも関わらず、それを受けたエイリーの身体のあちこちが、いつまでもビリビリと痛み続けるほどのダメージが残る。


 まかりなりにも大会に出場し、準決勝まできたチームの一員。しかし、あまりにも力の差を感じさせられて虚無感を抱き、情けない気分になるのも当然だった。




「……凡庸だが、気持ちだけはよく頑張った。精神的には見どころもある、が…これまでだな」

 ガントが大きく、全身で後ろへと木槍を引くように構える。どんな攻撃を繰り出そうとしているのか、誰の目にも明らかなほどあからさまな、超大振りの槍投げのような構え。

 エイリーはその攻撃を避けられると思った。


 なぜならこれから行われる攻撃は、至極単純な “ 突き ” もしくは “ 投擲 ” だ。

 ガントが、こういうところで明らかな格下相手に小細工をするタイプじゃないのは明白。なので推測に間違いはないだろう。


 そしてこんな大きな構えでは予備動作も非常に大きくなってしまう。


 動きだしてからその槍先がエイリーの身体に到達するまで、素人でもかわせるだけの余裕があるはず―――これまでのガントの動作速度スピードを思い返しながら、彼女はそう結論づけた。



「(アレをかわしたらそのまま反撃で、もうムチで思いっきり叩いて叩いて叩きまくるしか―――)」


 しかしこの後、彼女が攻撃に転じることはなかった。



 フ……ボヒュッ!!!


「~~ッ?!!」

 気づけばエイリーは、空を飛んでいた。

 そのまま後方へ、闘技場の外へ、張り付いて応援していたエステランタの頭上を越え、場外はるか後方でお尻と背中を擦り、たまらずその身は数度縦に横にと転がる。


 ようやく止まってから1、2秒経過した後、エイリーは自分のみぞおち辺りに強く深い、全てをその一点に集約したかのような苦痛を感じて、その場で声なき叫びをあげながら悶絶しはじめた。


 闘技場の上のガントは、大きな木槍の柄の方を突き出した態勢のまま、停止している。

 そして脱力する排気―――深く強く、長く息を吐いた。


 唖然としていた審判は我に返り、慌ててガントの勝利を宣言した。







――――――観客席。


「チーム全体がフツーに強い。けど、ガントはやっぱり別格だね……はむっ」

 出店屋台で買ってきたのか、ハルは串焼きの魚を頬張る。

 さすがに準決勝。しかもガントの試合ともなると観客席には、戦い事に興味ある生徒の姿も多かった。


「武芸も魔法も優秀とは…羨ましい限りですね。それにあのバネの強さは天性の才能でしょうか…?」

 ジッパムにとって、ガントの戦才の数々はまさに己が理想とするもの。祈るかのように組んだその両拳に、嫉妬からつい力が入る。


「ヘヘヘ…魔法に関しちゃあ、ボクほどじゃないね。万能のオールラウンドみたいに見える…けどやっぱ武芸寄り。だからといって魔法もまぁ使えるレベルにはあるってだけ」

 実際、魔法関連においてはエンリコの方が勝っているのは明らかだろう。


 しかしガントにとっては現状で十分な武器。戦闘で有用なレベル、しかも武器や己の五体と組み合わせれば、それだけで幅広い戦術が取れてあらゆる対戦者に対応可能だろう。


 総合的に個として見た場合、自分はガントには劣るとエンリコは認める。

 しかし負け犬の遠吠えと分かってはいてもプライドを保つため、せめて魔法に関しては自分が上だとあざけるような口調で語らずにはいられなかった。



 ・


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「ほ、ほう…なかなかやるんじゃあないか、ガントのヤツめ」

 何やら上手者のような目線でのたまうブルックルンだが、その眉はヒクついている。


「あきらかにブルックルン以上の魔法の使い手だね」

「使い方も上手いな」

「素直に認めるですよ、ブルックルン。弱さを認めるのも大事なのですよ」

 バーマル達チームメイトは揃ってブルックルンに、虚勢の哀れさを悟るよう促す。

 

「う、うるさい! 俺だって、俺だってあのくらいできるっ、できる…はずっ、できないことはないさ! うん、たぶん!!」

「はいはい、どうどう。男の嫉妬は見苦しいぞ」

 リーダーをいじりつつ、チーム・ブルックルンの面々は完全に観客モードで試合を観戦していた。


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「多才はうらやましいですね。能無しの身としましては、ただただ嫉妬するばかりですよ」

「その多才者に対して今の試合、エイリー=スアラはよく健闘したものだ。いくらガントが手抜きしたといってもアレに獲物をなぶるような趣味はない。ここまで粘れる奴はそんなにいないはず」

 苦笑するゴヴを慰める意味も込めてか、オグワスはまるでガントはそんな高評価しすぎるほどの化け物ではないと言わんばかりに、相手のエイリーを誉めた。


「……。ちなみにアレと戦う作戦とかも立てていたんでしょう。もし試合で当たっていたらどうするつもりだったんです?」

 ガントの強さはこうして試合で拝見するまでもなく周知の事実。大会に挑むにあたりオグワスのような知恵者が、対チーム・ガント戦を意識していないはずがない。


 自分達のチームがもしガント達と対決した時、どのような作戦を考えていたのか、ゴヴは興味があるとばかりに問うが、オグワスの返答は……


「そんなものはなかったよ。編成を見た時点でチーム・ガントには敵わないと思ったさ。もちろん僕も色々考えてみたよ、このチームで勝つ方法を。けど……」

「けど?」


「……勝てない。それが僕の導きだした結論だ。少なくともあと1人、デフラみたいな戦力がいたなら、まだ分からないけどね」

 それは確かに勝てないなとゴヴは苦笑する。デフラでさえ、チームに参加してもらえたのは幸運だったくらいだ。

 覚醒能力持ちで、それなりに戦力として期待できるレベルの選手を確保するとなると、やはり誰も彼もがスカウト合戦の対象になり、引き入れるのは容易ではない。


「チーム・ガントの陣容と戦力に対して、他のチームでも色々シミュレーションしてみたけれどすべて、戦力不足で勝利には届かなかった」

 あくまで自分の脳内では、という但し書き付きで語るオグワスだが、おそらくそれは正しい見解だ。

 ゴヴも今大会の参加チームの面々を思い返してみたが、あのチーム・ガントに対抗できそうなところなど1つとして思い至らなかった。


「もしガント達に勝つことを考えるとしたら、そうだな……チーム・ハルのリーダーのハルに、チーム・リッドのスィルカ姫、ウチのデフラと、チーム・モーロッソのモーロッソ、そこに僕かシオウのような頭脳担当が1人。このくらいの陣容が実現できなけりゃあ、アレ・・には勝てそうもないよ」






――――――闘技場の上。


 オグワスの言う “ アレ ” ことガントが今対峙しているのは最後の相手、チーム・エステランタのリーダー、エステランタその人。


「さすがに……おやりになりますわね、ガンツァーブリッグ家のご子息は。ぜぇ、ぜぇ…はー、ふー……はぁ、はぁ…」

 いつもの高飛車が鳴りを潜め、滅多に見られない真面目なエステランタの表情が、鋭くガントを見据える。


 ともに高位の貴族家の子息子女。家名を背負った誇りというものが、エステランタにはある。実力差がどうあれ、負けられないという意地があった。


 しかし相対するガントにはそんなものはない。むしろエステランタとは逆であり、家名を出されることを不快だと言わんばかりに表情を強張らせる。


「……エステランタ、ケガをせぬ内に降参することを勧める。貴様では先の者エイリーのような立ち回りはできまい」

 その家柄上、幼い頃から社交界で幾度か顔を合わせたことが当然ある。知己といえばそうかもしれないが、かといって互いに感慨深い何かがある間でもない。

 それでもガントの忠告は最低限、知った顔に対する慈悲であった。


「フフッ、そのような面白いご提案にこの私、エステランタ=プルー=ファンデルクが承諾すると思いまして? ……見くびらないで頂きたいものですわっ!」

 するとエステランタは、左手に持ったメイスの柄にショートウィップを接続。それを右手に持ち替えると、ガントに向かって突撃を敢行した。


「せぇぇぇぇぃっ!!!」

 恐れ知らずと見えるだろう。

 実際、エステランタにガントという強大な戦技者への恐れはない。かといってかの者の実力を分かっていないわけでもない。


 エステランタは貴族家の娘としてのプライドを強く持つ娘である。身分や階級から他人を見下す事もあるが、それは己の身の上に責任と覚悟、そして誇りがあるからこそ。

 その前には実力差の有無など勘案する意味はない。


 相手によって自分の行動を情けなくも変えたり萎縮させたりするなど、彼女にとって決してあってはならない事なのだ。




「その気概や良し。だが………」


 ドフッ!!!


「?! カハッ!!」

 エステランタのムチが当たる前にガントの回避運動も兼ねた回し蹴りが、彼女の身体を横から蹴り飛ばした。

 一瞬の悶絶の表情を浮かべ、エステランタは派手にもんどり打って闘技場の上に倒れる。



「愚か。力量差を踏まえぬ行動は単なる無謀。軽率な行為に気位や誇りを添えてみたところで―――」

 ガントは、まだ辛うじて動こうとしているエステランタに歩み寄る。そして


 ドゴォッ!!


 一切の遠慮なし。無造作に思いっきり蹴飛ばした。



「ふぐっ……――――、………」


 エステランタの意識は完全に飛んだ。そのカラダは冷たい石の闘技場を転がり、場外に身を半分落とす形で止まる。

 みっともない負け姿。それを見下しながら、ガントは険しい表情のまま吐き捨てた。


「―――何もかわりはしない。むしろ哀れにして無惨。戦いの場に相応しくない愚か者は、とっとと消え失せろ」

 その仕打ち、その態度、その威風。


 ガントという男のストイックなまでの戦技への真剣さが、その身より溢れかえっていた。









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