第10章5 暗がりに潜んだ明かり



 治癒魔法というものは、どんな怪我でも即座に治せるような魔法ではない。



 即効性のある魔法でも、表面のごく浅い擦り傷程度。それなりの効力を持つ魔法でも、せいぜい筋肉の小さな断裂や骨の僅かなヒビ程度で、しかも1時間程の施術時間が必要だ。


 今回のリッドやモーロッソのように完全に折れた骨などの場合は、どんなに頑張ってみても一般的な・・・・術のレベルでは、くっつくのが普通よりも早くなるであろう程度の自然治癒力増強効果が限界であり、完治に必要な期間をある程度早められるだけ。


 特にリッドは、内臓に及んだ打撃ダメージこそ数度に分けての治療で7割ほどまでの回復を見たが、胸の骨折はいかに治癒魔法をかけたところで1日そこいらでは絶対に治らない大怪我だ。




「―――しかも場所が場所だけに完治まで絶対安静だ、諦めろ」

「けどよシオウ。せっかく決勝まで進んだんだぞ? …何とか、ならんですか?」

 期待半分、ダメもと半分で軽くおどけながら聞くリッドに、無情にもシオウは首を横に振った。


「無理。どんな言い方されてもどうにもならん。ここのスタッフもハッキリ言ってたろ? 試合なんてもっての他だって」

 何だかんだ言ってもシオウは素人だ。多くの書物を読んでいるからこそ分かることもあるというだけで医療のエキスパートではない。


 大会医療スタッフにダメと言われた時点でリッドの出場は絶望的。けれども本人は食い下がる。


「うーん。なんて言うかこうさ……1試合! 1試合だけ何とかなるとかさ、ありませんかね、シオウさん~?」

「気持ち悪く言い寄られても無理だって、諦め悪いぞ。決勝まで来て惜しい気持ちは分かるけどもな」

 二人がそんな応酬を繰り返していると、ノヴィンがそーっと手を上げた。



「あのー…リッド先輩が欠場なら、じゃあ決勝戦は僕たち、どうするんですか??」

 すでに今日の試合はすべて終了し、番狂わせもなくチーム・ガントが勝っている。明日の決勝はチーム・リッド vs チーム・ガントの対戦カードで確定済み。


 これまでも苦戦したチームは数あれど、決勝は間違いなく一番厳しい試合になる。しかし、そこにチームの2本柱の片割れであるリッドが加われない。


「……まあ、3人・・でやるしかない。皮肉なことに、今日のチーム・モロと同じような形で挑むわけだ、勝敗はやる前から見えてるな」

 シオウの言葉にリッドだけが疑問を覚えた。しかし仲間達を見ると、全員が既に納得しているようで、特にスィルカは少し悔し気にやや下を向いていた。


「3人って…スィルカ姫さんも戦えないのか?」

「ええ、ウチもちょっと無理や言われまして。正直かなり悔しいですけども、残念ながらここまで・・・・のようですー」

 それはスィルカ自身がではなくチームとしても、もはやここまでという意。

 2本柱のもう片方も自力で歩ける程度には回復したが、やはりダメージの蓄積したその身体は、彼女に数日間の静養を求める容態であった。




 しかし決勝戦で見栄えする試合もままならないで大会が終わるのは、成功させたい学園側としては、かなり頭の痛い展開のはず。

 そこに何か打てる手がありそうに思えたリッドだが、先んじてシオウがその解答を述べた。


「一応、フラッドリィのおっさん通じて休日挟むよう脅しといた。それでもよくて中1日が限界だろうな」

「大会スケジュールを伸ばせばそれだけ経費もかさみはりますしねー。残り1試合しかない中、選手の怪我が完治するまで休止、なんて事は100%不可能ですし」


 スィルカはまだ1週間程度の安静で回復するだろうが、リッドは継続的に治癒魔法を施してもらったとしても最低2、3週間は必要になる。

 そこまでかけても両者とも万全といえる状態まで戻るかは怪しい。



「それに、後にはアルタクルエでの国際大会も控えてますし、出場選手の届け出などのお話もありますでしょうから、この大会のスケジュール延長もそろそろ限界ですよね?」

 アルタクルエの国際大会まではミュースィルの危惧通り、あと1ヵ月を切っている。

 ルクシャード皇国としても、送り出す代表選手の選抜と準備を考慮すれば、もうそろそろ学園選抜大会を終え、代表チーム選定を終わらせてもらいたいところだろう。


 シオウは元々勝敗に関心がないからか、変わらず飄々ひょうひょうとしているが、特に熱の入ってたリッドとスィルカを中心に、チームは戦う前からの敗北濃厚な空気感に包まれ、意気消沈していく。





 ――――と、そんな夕暮れ迫る医務室の扉がノックされた。


「失礼致します。こちらにリッド=ヨデック様はいらっしゃいますでしょうか?」

「はい、居ります。少々お待ちくださいませ」

 ミュースィルが丁寧な所作で扉を開ける。すると執事風の恰好をした若い男性が数人、何やら車輪のついた大きな箱のようなものを後ろに置いて立っていた。


「こ、これは姫様おんみずからのお手を煩わせてしまい、恐縮でございます」

「いいえ。お顔を上げ、楽にして結構です。ご用向きのほどを述べてください」

 皇族としての雰囲気を垣間見せるミュースィル。相対する所作、作法、言葉遣いは、きちんと上下関係を意識したソレだ。

 相手がそういう態度を取ったからこそ姫として返したと言わんばかりで、少しだけ不機嫌な雰囲気を醸しているようでもあった。


「我々は、レステルダンケ家よりの使いに御座います。リッド=ヨデック様へ、こちらを送り届けるようにと承った次第で……」

「……。中にお運び入れください」

 ミュースィルは軽く振り返って意を問うように視線を向け、リッドが頷き返すのを待ってから、彼らの入室を促した。


 ガラガラと音を立てて押し入れられてきたフタのない大きな箱の中身は、何やら医薬品の数々と思われる品が、大量かつ無造作に入れられていた。


「…なんか小さい子のおもちゃ箱みたいですねー」

 スィルカの言う通り、あらかじめ大きな空箱を用意し、片っ端から目ぼしそうなモノを放り込んだかのような雑な感じで、様々な品が詰められていた。




 ・

 ・

 ・


 執事たちが帰った後、シオウとノヴィンは箱の中身を漁り、整理のために外へと掴みだしはじめた。それらを空いてるベッドの上でスィルカとミュースィルが分類分けする。


「リッド先輩の治療に役立ててほしい、という事でしょうか? なんだかよく分からないモノもありますけど……シオウ先輩、使えそうなものとかありますか??」

 ノヴィンも決勝まで来たからには、このままただ敗北必至で終わるのは嫌なのだろう。漁る手は真剣かつ丁寧で、箱の中の品々を一つ一つ興味深そうに物色する。


「んー、基本はありふれた薬やら包帯やらばかりだな今のところ。治療に役立つのは間違いないが……」

 しかし、どれも従来通りの治療にそくしたモノばかり。明日明後日には闘技場に立てるまでに回復させる、なんていうほどのシロモノはさすがに見当たらない。


 そうして夜も迫った頃合に作業に追われていると……



 ボボボッ、ボウッ!


「っ?! 今、扉向こうに火が見えましたけども、まさか火事とちゃいますんっ?」

 驚くスィルカに、全員が扉の方を見る。

 が、シオウは問題ないと淡々と箱の中を漁り続けた。


「ああ、火事じゃないよ。帰ってきた・・・・・だけだから、誰か扉を開けてやって」

「?? ええと、扉を開ければよろしいのですね??」

 先ほど同様、丁寧に…しかし今度は少しばかりの警戒感を伴う様子でミュースィルは医務室の扉を開ける。


 すると扉の向こうには、空中で幾度となく炎のような何かが、ボッボッと不自然な明滅を繰り返していた。そして、そのまま医務室の中へとすんなり進んでくる。


「んなっ、なんですか!? ひ、火の玉???」

「お、おいシオウ! お前に向かって――――あれ?」


 ボワァッ!


 シオウが何気なく横に伸ばした腕の上に着火した……かと思いきや完全に消滅。触れた箇所にも焼け焦げたような痕はない。


「クドゥマとの試合が終わった直後、アイツに付けといた・・・・・・のが戻ってきたんだよ。前に話さなかったか? 俺には守護聖獣が宿ってるって」

 まるで何でもないかのように変わらぬ態度で、箱の中を漁りながら話す。

 しかし火が、空中を生き物のように移動するなんて不思議な光景を初めて見た4人は、驚きのあまり身体を完全に止めていた。


「……あ、あー、そういやそんな事言ってたっけか。頭の痛い奴とかがかかってるなんたら病…って奴かと、半分くらい思ってた、スマン」

「だから見せてやろうか? って言ったろ話た時に? ま、おかしいと思われても仕方ない、守護精霊とか世間一般の常識じゃあおとぎ話レベルだし―――ん?」

 小さな箱を取って横に除けた瞬間、シオウの手がハタと止まる。隣で呆然としていたノヴィンが、何かあったのかと箱の中を覗き込んだ。




「どうかしたんですかシオウ先輩? 何か見つかったんですか??」

「まぁ、見つかったと言えば見つかったんだが、んー……」

 複雑な表情。喜んでいいものかどうか、といった様子で何やら悩みだす。


「どうしたんだよ、何かあったんだろ? 治せるモンじゃないのか??」

「まぁ、これを使えば何とかならない事もない、ってモノがあった。使えばとりあえず決勝戦はたぶん持つ」

 その言葉の直後、リッドの表情が喜びに満たされた。


「ホントか!? ……て、そんな簡単な話じゃないっぽいな」

 普通に考えれば、大怪我をごく短時間で戦闘可能な状態にまで治すなんて普通じゃない。

 何か大きなデメリットがあるのだろうと、リッドは察する。


「スィルカの怪我の程度なら、まぁ後遺症・副作用なしで8割くらいまではコレで回復できると思う。けどリッド、お前の場合は6割くらいまでが限界で、試合後はたぶん今よりキツいことになると思うが……それでもやるか?」

 シオウが悩むほどだ。その “ キツいこと ” が尋常でないのはまず間違いないだろう。

 正直ちょっと怖いが、リッドはその感情を押しころす。


「……へっへ、方法があるんならやるさ! ここまで来て不戦敗で終了とか、まだ試合で負ける方がマシだろっ」

「分かった、ならコレでいってみよう。後で泣きわめいても知らないからな?」










――――――夜、宿舎のシオウの部屋。


「やはりクドゥマはあがいたか」

《ま、とーぜんでしょうネ。自分の進退がかかってちゃ、必死になるでショ?》

 守護聖獣から話を聞く限り、取り調べにて言葉の限りを尽くしての弁明はもちろん、取り調べ中にもかかわらず、隙を伺っては提されている資料の一部を盗んで抹消しようとしたという。


《怪しい動きをしよーとするたびに止めたワ。弁舌は立ってたケド、あれじゃ逃げきれないんじゃないカシラ》

 守護聖獣は普段シオウに宿っている。言うなれば精霊的アストラルな存在だ。

 物理的な存在でない分、こっそりクドゥマにくっついていても気付かれないし、姿も見えない状態でいられる。いわば取り憑いたような状態で、守護聖獣は連行されたクドゥマのその後を監視していた。



「それで頼んだことはどうだった?」

《バッチリ。今教えるわネ、エート……――――》

 守護聖獣が述べる事を紙にまとめていく。それは取り調べでのクドゥマの呟きや、他者との会話の中で重要な発言をまとめたものだ。


 仮に重罪人であっても身分上、貴族に名を連ねる者は、取り調べを受ける際には従者が付く。理由は身の回りの世話をするのと、暴力など行き過ぎた取り調べを行わせないための第三者の目としての役目だ。


 取り調べ中はいかなる発言も許されないが、取り調べ前後や合間の休憩など、あくまで取り調べ外では会話や接触が出来てしまう。


 つまりクドゥマらワスパーダ家のような、人には言えない怪しい生業に手を付けるような連中は、その事を利用して己の現状を回復、あるいはこれ以上悪化させないよう計らうのだ。


 実際、これまでもワスパーダ家は一族の誰かが窮地に陥った時、この方法で乗り切った事が何度もあった。それは、これまでのワスパーダ家や類似した他の悪徳貴族に関する歴史を調べたことで、シオウも容易く想像できていた。




《――――――……以上、これで全部ヨ。でもどうするかしラ? 発言なんて白を切られたら意味ないじゃナイ?》

「こういう発言をしていた、という疑い・・が大きい。本人が否定しても、そういう発言をしていた可能性として尾を引いたまま残る。証言は証拠にはならないが、人間関係にはヒビが入るし、その後の様々な活動に影を落とすこともある」

 特に悪い話ほど、それが間違いであったと判明しても影響は避けられないものだ。そしてそれは、時間と共に細ってはいくものの、一度引いた尾が完全に消えるには時間がかかり、どこかで関連する話に火がつけば、細っていても一気に太る。


「それに、発言の内容次第では、その真贋しんがんの程が不明であっても、これは調査が必要だと御上が動くに足るケースも出てくる……追い詰められた悪徳商人ほど、そんな迂闊さがこうして・・・・発言に滲み出てきやすい」

 記された発言文のいくつかは、誰の目にも聞き捨てならない内容。

 シオウがしている事は、クドゥマに留まらずワスパーダ家全体が今、取り調べに引きずり出されんとしている中での追い打ちに繋げるものだ。



 書き出した発言内容から、何人かの人物への手紙にまとめ直して完成させる。と、同時に窓に気配があらわれた。


「……こんばんわ」

 誰にも気づかれない事を意識してか、か細く小さい夜の挨拶。


 シオウの数少ない伝手ツテが今日も律儀にやってきた瞬間、シオウはようやくこれで本当に面倒なお節介が終わると、机の上に並べた手紙を前に大きく息を吐いて、やれやれと両肩から脱力しながら筆を置いた。





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