決勝の刻

第11章1 決勝戦に立つ皇姫



 ワァァァァァアアッ!!!!



 大会としては、威厳に欠けたややチープな学園内選抜戦技大会。


 それでもいざ決勝戦を迎えたならば、その盛り上がりは相応だ。何せ国際大会に出場する国の代表チームリーダーが決まる、重要な試合なのだから。




「両チーム入場! まずは北側よりチーム・ガント!」

 5人が闘技場に向かって歩んでくる姿が見えると、歓声はさらに大きくなった。観客席のあちこちに、今までで一番多くの学園生徒たちが普通の客に混じって観戦にきている。


「続きまして、南側よりチーム・リッド!」

 審判の声がよく通る。


 こういう時は不思議なもので、観客はキチンと声を一時潜めてくれた。何も言わずとも合わせるこの独特の一体感は、これからの試合を期待する両チームへの礼儀だと、観客たちが言わずとも理解しているためだ。


 しかし入場選手の姿が見えたなら、再び歓声をたけさせる――――それはすぐさま沈下して、今度はどよめきへと変わる。



「? おい、あっちはなんか人数少なくないか??」

「4人しかいないようだけど……どういうこった??」

「トラブルか? おいおい、決勝戦で5 vs 4とか、盛り上がりに欠けるじゃないかよ」


 一部の観客は不満そうにブー垂れはじめる中、VIP席のアレオノーラはため息をついた。


「残念だけど、送ったモノは治療には使えなかったようね……」

 色々と有用そうな医療品を詰めに詰めて送ったが、役に立たなかったのだと理解する。


 チーム・リッドに欠けている一人は他でもない、リーダーのリッド=ヨデックその人だった。


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「―――と、いうことでお願いできますでしょうか?」

「……なるほど、了解したました。しかしそちらの選手4名が敗北すれば、その時点で勝敗は付きます。そこのところは変えられませんのでお忘れなきよう」

 ミュースィルが代理としてリッド不在について審判に話をつける中、闘技場の下ではシオウが他二人と相談しながらオーダー票を作成していた。



「まあ、大将は必然そうなるんは分かりますけれども……先鋒はやっぱりウチの方がええんと違います?? それかノヴィンさん」

「ぼ、僕ですか?! …いえ、もちろん出来る限り頑張らせていただきますけれども」

 そう言うスィルカとノヴィンに対して、シオウは首を横に振った。


「いや、この試合はどちらかというと勝敗よりも客を納得させるような試合運びの方を重視した方がいい。元々、100%完全な状態でも勝ちに行くのは厳しい……今の状態で優勝を目指すための作戦は、残念ながら立てようがない」

 そういう言い方はスィルカが反発するのではと、ノヴィンが恐る恐る隣を伺う。だが意外にも彼女は大人しかった。


「そですねー……ウチも今、本調子で動くんは逆立ちしたって無理ですし」

 スィルカは決して、状況も見えずに努力と勝利の美学に執着し、すぐ感情を荒げほど蒙昧もうまいな女子ではない。


 言うからには己で実践して示すべきであり、ポリシーとアクションが共にある事ではじめて、他者に自分の意志や意向を押し付け、受け入れてもらえるもの。

 口先理想を叫ぶなど、醜い女に成り下がって己の価値や精神を貶めるだけ。


 なにより今の調子でコンディションは、チーム・ガントのメンバー相手にどこまで勝ち星をあげられるか分からない。

 もしかすると、一勝すら出来ない可能性もあると厳しい判断と理解をしているからこそ、シオウの言葉に噛みつくことはなかった。



「ノヴィンもこれでいいか? ……正直、相手さんの引き立て役で終わるかもしれないが」

「はい! ここまでこれただけで僕には奇跡みたいなものですから。すべてお任せします、シオウ先輩!」






 オーダーが決まる。審判との会話を終えて闘技場から降りてきたミュースィルにも見せ、許可を得た試合順。


 今度はシオウがそれを提出せんと闘技場へと上がり――――審判を挟んで反対側で、ガントも自チームのオーダー票を出さんと上ってきていた。



「……リッド=ヨデックは欠場、などという事はないようだな?」

 ガントがそう判断した根拠はシオウの雰囲気。一人、それもチームの戦力の片翼がいないというのに、いつもと変わらない。


「ま、そりゃあね。こっちの大会出場の言い出しっぺはアイツだし。もしアレが欠場するっていうなら試合は棄権、そちらさんの不戦勝での優勝決定だ」

 だがガントはそんな不快な勝利はゴメンだと含み笑う。


 そして、シオウが審判にオーダー票を渡した際、それがペロリとくたびれて一瞬、書かれている内容がガントの目にまった。



「(……ほう、そういう・・・・方針か)」

 先の準決勝で、チーム・リッドがそれなりにダメージを被ったことは知っている。


 それを踏まえ、今チラ見えたオーダー票の順番からチーム・リッドの決勝戦に臨む上での作戦を、ガントは察した。


「俺と当たったら・・・・・お手柔らかに頼んどくよ、んじゃ」

 シオウが闘技場を降りんと遠ざかる。


「……当たらない・・・・・試合運びを考えている者が、よく言う」

 遠ざかっていく小さな背中に呟くガントだが、久しぶりに少しは愉快な戦いが期待できそうだと、いかつい表情をガラにもなく和らげていた。



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―――オーダー票が提出されてからおよそ3分弱。


 審判が決勝戦を始める準備をする間、両陣営は最後の打ち合わせを行い、そして最初の対戦、先鋒戦が開始される時がやってくる。


「では、行って参ります!」

 そう言ってチーム・リッド側の一団より離れ、闘技場へと登りだした先鋒は……


 ミュースィル=シン=ルクシャード。


 観客席が再びどよめいた。

 何せこの国で彼女を知らない人間はいない。皇帝やその妃に次ぐやんごとなき御方だ。


 まず大会に参加している事自体も驚きだが、これまでそのポジションは大将であったことから、お飾りや大会に箔をつける意味での出場なのだろうという推測で、多くの観客は納得していた。


 ところがこの決勝でいきなりの先鋒。


 それは彼女がチームの一員として試合に、戦いごとに挑むという意味に他ならない。





「こりゃラッキーだ。お姫様と手合わせできるなんざ、一生のうちにあるかないかだぜ」

 同じように闘技場へと上がってくるチーム・ガントの先鋒。


 クラウノ=カルス。


 一般入試組で中肉中背な同年次の男子。

 明朗快活を好み、物事をあまり深く考えない楽天的な性格で、普段の学業は芳しくなく、日頃よりフラフラしている物腰軽そうな生徒。


「(シオウ様のおっしゃられた通りのお相手だと致しますと、最初から気を引き締めておかないと……)」

 細かい事を嫌うその性格は、戦技にも影響している。

 すなわちその戦闘スタイルは猪突猛進である。


 単純で、戦術としては稚拙。しかしそのシンプルな突撃力はガントにチームメンバーとして選出されている事からも並みのレベルではない事は、ミュースィルでも想像できる。


「へへ。ま、一つよろしく頼むぜミュースィル姫さん♪ オッパイに手ぇかかってもそんときゃ怒らないでくれよな?」

「そのように器量の狭いことは致しません。どうぞ、ご遠慮なく……」

 軽口をたたいていても下劣さが感じられない。


 クラウノは、決してこの対戦に下品な欲や油断を持って臨んではいない。全体的に軽い態度、しかしミュースィルを眺める目には、倒すべき対戦者を観察する真剣な色が宿っている。


 貴族社会の中で培われた相手を見る目が、クラウノが決して手加減してくれないことを彼女に悟らせ、戦慄を感じさせた。


 戦いごとが得意でない自分が、はたしてどこまで出来るのか―――冷や汗が流れる。




「では、双方準備はよろしいか? ……決勝戦、チーム・ガント vs チーム・リッド。先鋒戦、クラウノ=カルス vs ミュースィル=シン=ルクシャード……、…………対戦、始めッ!!!」



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「シオウさん、本当にミュー姉様で良かったんです?」

 スィルカはいかにも心配だと問う。最終的には納得したものの、やはり先鋒でいきなり戦わせるのはどうなのかと心配せずにいられない。


「ある意味、先鋒ってポジションは一番楽だよ。勝利者が連戦可能なルールの中、100%対戦する相手が誰か決まっているし。それに試合で実際に戦いたいと望んだのは、他でもないミュー自身だ」

「ミュー姉様が???」


 昨日、スィルカの治療を終えた後にミュースィルは、決勝では自分も確実に試合で戦うことになるポジションを密かにお願いしていたと、シオウは明かす。


「……理由はいくつかあるだろうが、ミュー自身にとって一番の理由は “ 自分を見せること ” なんだろうな」

「見せるって、何を見せるんですか? 自分も戦えるところを見せるとかです??」


「いーやノヴィン、そういう事じゃない。……俺達はチームメイトだから、ある程度ミュースィルという人物について理解及んでる。けど彼女はこの国のお姫様、皇帝の実子だ。象徴的な存在感ある身分だけに、だからこそ同時に、この国の多くの人間は、彼女という人物を知らない・・・・んだよ」

 すると隣でスィルカが、ポツリと呟いた。


「……つまり示す・・……」


「ま、そーゆーことだな。ミュー自身が1個人として自分をてもらいたいという意地。ついでに皇家に連なる者として多少なりとも威を示せればっていうのもありそうだ」

 たとえ勝てなくともお飾りと思われていた皇家のか弱いお姫様が、それなりに立ち回って戦っている様を見せることは、人々の認識に改革をもたらす。


 ただ美姫として飾られ、遠くから見られるだけの何も出来ない存在ではない。


 一個の人間としてここまでやれると行動でもって示す。

 それは、一国の長の娘という身分にあるミュースィルだからこそ、本人の人生において大きな意味を持つ。


 彼女の存在そのものアイデンティティを賭けた、彼女にしか分からない重みが、そこにあった。



「………それで、ミュー姉様は勝てるんです?」

 勝利できるならば、最善にして最高。しかしスィルカは理解している。戦いごとはそんなに甘くはない。


 いくら決意や覚悟、あるいは確固たる意志を持って望んでも、都合よく力が増したりなどしない。


 本人の力量は何も変わらない。


「今のミューの出来ることで勝利までいけるかどうかは、正直分からないな」


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 それでもシオウがミュースィルを先鋒に当てたことには理由があった。


 対戦が始まってから20秒程度が経過。

 チーム・ガントの中で一番勝てる可能性のあるメンバー。それがクラウノなのだと、他ならぬミュースィル自身がこの短い時間経過の中で実感していた。


「(この方の動きは私にもわかります……こういう事だったのですね)」

 クラウノは持ち前の突進力を武器としている。

 その強さはガントをして頼もしいと言わせるほどに強力だ。


 ―――が、それだけだった。彼の戦闘スタイルは、ひたすらにそれだけ。


 だからこそ、ここまでの突進力を培うことが出来たのかもしれない。



「……知ってるかい、お姫さん? 優れた武器は磨くほどよくなる。他に浮気する器用さが俺にはないんでね。だからシンプルでもどこまでも強烈に仕上がった。下手に受けちまうとイッパツでイっちまうんで、せいぜいぶち抜かれないよう気を付けてくれな?」

 避けられたばかりだというのに当たらなかった悔しさをにじませる事もなく、平静で真剣な声。


 闘技場に敷き詰められた石板を吹っ飛ばし、あがる土煙の中からその姿を悠々と現すクラウノは、これまでで見た選手の中でもその真剣度は桁違いだ。


木製の・・・武器でさえ、これほど激しいのですね……猛烈です」

 危なげなく回避したはずのミュースィルの心臓が、バクンバクンと打ち鳴らされている。

 怖くないわけがない―――相手は自分自身の弱みを理解した上で、長所の一点のみを磨いてきたツワモノ。



 クラウノの防具は極めて軽装。

 上半身は心臓など重要部位を除いてほぼ半裸状態。下半身はしっかりと厚みのある少しダブついたズボンと簡単な脛当てなどのプロテクターがついている。


 よく見ると上半身の服は強引に脱ぎ、しかし脱ぎ捨てずに織り込んで下半身に垂らしたような状態で、一応は着用していた。



 そしてその両手に持つ得物こそ、ミュースィルが一番恐れを抱く対象。


 右手には木槌。ただし本人の身長の倍は長い、本格的な形状の木製バトルハンマー。本来なら両手で扱う重戦武器を、クラウノは片手で持って振るう。


 そして左手には巨拳―――いや、拳を模して巨大化したような、木製の拳闘グローブ。

 普通のグローブのように指は動かせないが、巨大化した拳そのものと思って差し支えないような拳打を繰り出せる武装だ。



「(お二つとも強力な打撃を行うためのもの……とても大きくて、痛そうです)」

 嫌なドキドキを胸の奥に感じ、懸命にその根源である怖れを抑える。


 その場からいつでもすぐに移動できる態勢を意識しつつ杖を構え、ミュースィルはおそらく生涯で初めて、自分から真剣に戦いに挑むという覚悟を決めた。






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