第7章4 スロースターター



 ヒュッ!! ビュヒュフッ!!! シュシュシュッ!


「てぇぇぇっ!!」


 ハルの動きは加速する一方。しかし速度上昇に伴う動きの乱れは見られない。


「………」

 それに対してシオウは、悠然とした無駄のない動きでもって全て避け続けている。ハルが密着した状態で周囲を動き回りながら攻撃を入れてくるため、動ける範囲は狭いにもかかわらずカスりさえさせない。


 バッ!! …ッタ


 ある程度の連続攻撃の後、一度大きく後方へと下がった彼女の呼吸は乱れ、汗で肌や髪が艶めいていた。


「はぁはぁ、はぁ…はぁ、はぁ……。あたしと同じ…ううん、動き方だけ似たよーなかんじの…」

 一方でシオウは、まったく汗もかいてなければ呼吸も乱れていない。いつもと変わらず、のんびりとした所作でハルに向き直った。


「俺のは単純に回避に専念しているだけだ。攻撃もしなければ、そちらさんみたいに特別な技・・・・ も使ってないよ」

「! ……気づいてたんだ? ちょっとおどろき」

 ハルは楽々と対してるかのように振る舞うが、背中は汗でグッショリだった。先ほど感じた戦慄は間違いではないと確信する。


「(こんな早くに見抜くなんて…しかも、あの動きが回避に専念してるだけ? そんなわけないよっ)」

 本当に回避に専念しているだけ・・なら、もっと動きが大雑把になるものだ。


 戦闘とは、不測の事態とか予想外といった事は当たり前に起る。なので相手の全てを見切っていたとしても、余裕を持った動作をせんとしてしまうために、一つ一つの動きがもっと大きくなりがちになってしまう。

 例えば、10cm身体を反らすだけで避けられる状況だとしても、実際は10cm丁度しか動かさないなんて事は出来ないし、できたとしても念のために12cmくらい動いておこうと普通なら考えるもの。


 ところがシオウは違った。


「(完璧すぎるっ。あくまで印象だけど、あたしの攻撃を最適な動き±0で避けられてるかんじだよっ)」

 しかもシオウには態度や感情の変化は一切見られない。ギリギリ紙一重で上手くかわせたという安堵も、想定外の攻撃が飛んでくるかもという不安もまるっきり感じていないようなのだ。


 それは、ハルの全ての攻撃を完璧に読みつくし、かつ傲慢とも思えるほどにその読みに間違いなしと自信を持っていること前提。


 そして事実、結果はその通りになったと言わんばかりの余裕ぶり。

 試合中の今ですら、日常の一幕となんら変わらないように、真面目に構える事もなくのんびりと木杖で背中をかいている。




「(覚醒能力かなにかかな…ううん、そんな感じには…でもでも、じゃああたしの動きを完璧に見切るって、そんなことできる??)」

 考えたところで分かるわけもない事だが、それでもこの異常な状況。


 自分の攻撃が1発たりとも当たらない、宙を舞う髪の毛1本にすら触れないなどという不可思議な現象が、はたして起こり得るものなのか―――――落ち着いたはずのハルの呼吸が、また荒くなってくる。



「しかし、よくできたもんだ。剣技に舞踊ダンスの技術を取り入れるとか」

「……シオウくん、踊りに詳しいんだ?」

 そう、ハルの戦闘スタイルは幼い頃から培った伝統舞踊の動きを戦闘に取り入れたもの。しかしルクシャード皇国ではほとんと認識されていない珍しい古舞踊。


 そして多くが知らないということは、対戦相手はソレを見極めるのがより困難になるという事でもある。


 なので彼女は、シオウが舞踊に精通した知識なりを持っているものと期待した・・・・。それならば見切られた理由として、まだハル自身が納得できるからだ。


「いいや、本で軽く読んだくらいだよ。しかし世界には実際、剣舞と呼ばれる類の、武器を用いた舞いが存在しているし、中には暗殺のために技として戦闘行為が出来るよう進化した技術ものもある。可能性として一番高いのはそういった類のものだろうとアタリをつけてただけ」

 シオウの言葉を聞いて、ハルは一瞬だけホッとしかける。が、すぐに心臓が悪い意味で高鳴った。


「…って、それってつまり、シオウくんはあたしの舞踊の動きを知ってたわけじゃないのに、アレを全部避けたってことじゃん!!?」 

 ハルにとってそれはショック極まりない事。


 確かに元の舞踊ならば動作がゆっくりとしたものなので、見ればある程度は誰でも理解及ぶものだとは思う。

 それでも歴史ある伝統舞踊だ。見ただけでその真髄を理解するなど素人には不可能。


 しかも彼女がソレを剣技に取り入れる事にしたきっかけは、じゃあ同じ動きを速くしたらどうなるのか、という興味本位で舞ってみた結果、戦闘と相性が良いと気付いたからだ。


 つまり、見たところでそう簡単に理解しきれない珍しい舞踊の高速版…しかも戦闘に最適化するためにアレンジまで加えた完璧なハルのスタイルを、シオウは先の試合と合わせてものの十数回見ただけで見切ったという事になる。


「…まぁ、そうなるかな。不確定要素もあったし、偶然避けられたところもあったが、ギリギリ何とかなった感じだ」

 ――――偶然? ギリギリ何とかなった? そんなはずはないと内心、憤りにも似た感情がハルの内に沸き上がってくる。


「…へ、へーぇ? じゃあさ、次は偶然はなしってことで…1発くらい当てさせてもらうんだからっ!!!」

 激昂気味に叫びながら再びシオウへと飛び掛かる。だが放った言葉とは裏腹に、ハルの頭は割と冷静だった。


「(見切ってるっていうなら、それはそれ。だったら徹底的に手数! それで暴いてやるんもん、シオウくんがあたしの攻撃を避けれる秘密ワケをっ!!)」




 ヒュンヒュヒュンヒュヒュンッ!!!




 彼女が両手に持つ二刀の、風を切る音が鋭くなっていく。しかも音の切れ目も聞き取りにくくなり、攻撃の間隙かんげきがより短くなっていると耳で理解できた。


「(更に速度アップ。加えて攻撃の初速と次撃へのつなぎ・・・が上手いな)」

《アラアラ、けっこーキツめなんじゃないコレ? 大丈夫?》

「(このくらいは想定内、だが…これで確定。彼女はスロースターターだ、それも天井知らずに調子に乗れるタイプだな)」

 シオウにとって、対ハル戦に挑むにあたり唯一・・懸念していたのが、スィルカ戦で最初、彼女がなかなか動きださなかった事だった。


 手数とスピードで猛烈に攻め寄せ、動きで翻弄するスタイルであるはずのハル。むしろ先手を取って相手に何もさせない状況に持っていくのが最も有利な展開のはずだ。

 にもかかわらず、スィルカ戦では相手に先手を取られてペースに乗られかねないほどの時間を、構えて黙したままだったのはなぜなのか? それを見極めるため、シオウはハルの攻撃に対してこれまでは回避一辺倒であった。


 しかしその理由を見極めたならば、状況は変わる。


「(最後の確認の一手…は…、ん~……、………)―――――ここだな」


 ビュッ! ガシッ!!!


「ふぁっ!!?」

 シオウが、踏み込んできたハルの斬撃を避けると同時にその手首をしかと掴む。急にブレーキがかかった彼女の身体が宙に浮いた。


「(! やっぱりな)」


 ブンッ!!


「わきゃああ!!!! …な、んのっ、このくらいっ!!」


 シュルルルッ…スタンッ


 シオウに片手で投げられるも空中で数回転し、綺麗に着地したハルにダメージはない。

 もっとも彼の目的は攻撃ではなく、その一瞬の投げで彼女の熱さ・・を確認する事にある。


「基礎体温が低く、身体が温まるのに時間がかかる。ただのウォーミングアップではどれだけ時間をかけても温まらない…ってところか」

「!! な、なんでそんな事がわかるんだよっ!?」


「手首を持った時に感じた体温だ。戦闘行動による運動で身体が通常より熱を帯びてはいるものの、それでもまだ冷たい・・・・・。ほとんど大きな動きをしてない俺の方が熱いくらいだ。しかし発熱自体はしている……という事は元々の基礎体温―――平熱がかなり低い体質と考え至るのは、そうおかしなことじゃない」

 だが、それがどうしたんだと観客は思う。闘技場の脇のリッド達も同様だ。動揺しているのはハルと彼女のチームメイトだけだった。


「それはつまり、お前は運動ではあまり体温が上昇しないという事。先のスィルカとの試合、最初動かなかったのはそれこそ体温を上げ、ウォーミングアップしていたからだ。違うか?」

「………」

 ハルの解答は沈黙。つまりその通りだと言ってるに等しかった。


「ここからは完全に推測でしかないが気持ちの高揚、精神の昂ぶり…試合に挑むという緊張感か、あるいはこれから戦闘行為をするという状況そのものに身を置くことで、お前は体温を上げられる。……人は思い込みや精神状態次第で、実際に身体に変調をきたす事が出来る。それは意識的に念じるだけで肉体に働きかける事が出来るということだ、理論上はな」

 シオウの解説に会場の全員が息を飲んだ。彼の説明になるほどと思う者が大半だ。


「そして運動ではなかなか体温が…脈拍が上がらないという事は、かなり強靭な心臓を持っているという事。その身体であれだけのスピードで動き続け、一切の乱れもミスもないのがその証拠。さらに付け加えるなら、ウォームアップで調子を上げる伸びしろが普通よりも長い。こと戦闘に関しては恐ろしくタフに、トップギアで走り続けられる時間が常人よりも遥かに長い――――こういう大会の試合じゃあ非常に有利な体質だな」

 試合会場全体がシーンとして久しい。しかし静観の理由は感心から唖然へと変わっていた。僅かな時間、僅かな戦闘行為でそこまで相手のことを見切るなど、出来るものなのか。


「……わかってる? それってさ、シオウくんの対戦相手がめっちゃ強いって言ってるのと変わらないんだよ?」

 だが、そのハルの言葉は虚勢から搾りだされたものだった。そこまで観察と分析、そして的確過ぎる推測が出来る相手が、じゃあそれに対処する方法まで考え及んでいないはずがない。


「まーそうなんだけどな。俺で勝たないと後は難しそうなんで、本当は乗り気じゃないんだが……悪いが打ち負かさせてもらうよ」

 シオウが言い終わった瞬間、ハルの背中がゾクッと総毛だった――――その正体は殺気。いつもと変わらぬ態度を貫いているシオウが、ハル一人に対してのみ鋭く貫くような殺気を向け、彼女の小さい身体の強靭なハートを完璧に貫いていた。


「う、うあぁああああああーーーーーっっ!!?!!」

 ハル自身もなぜそうしてしまったのかは分からない、初めての体験。自分の頭を介する事なく身体が勝手に、爆発するように動き出していた。




 途方もない恐怖。生物がそれを感じた時、その後に取る反応は大きく分けて二つある。

 一つは完全に身動きできなくなり、ただ牙を突き立てられるのを待つだけ。そしてもう一つは…


《はじけたように突っ込んできたわネ》

「(ああ。けど彼女の技は本物だな、よく身体に染み付いてる。一切の思考放棄した状態でもその動きは変わってない…まさに身体で覚えているな)」

 我を見失うかのように突っ込んできたハルは、しかして依然変わらぬ自身のスタイルに忠実で、乱れることなくシオウに攻撃を仕掛ける。


 恐怖を突っつかれて破れかぶれになった者は、まともな思考の下に戦闘を継続するのは不可能になる。故にどれだけ彼女が日頃、修練を真面目にこなしているかがその動きの良さからもうかがえる。


「相手を軸にしてその周囲を回る。そして高速かつ流れるような動きは、反撃されても余裕で避けられる……しかし」

 ハルの攻撃を避けながらシオウはのうのうとしたままだ。しかし既に勝ち方は決していた。


「さっき、俺は腕を取った。…パターンがないように見えて、お前の動きには一定のパターンがある。限りなく無限に派生し、あらゆる相手の攻撃に対処できるように工夫はされているがな…と」


 バシッ!!


 再びシオウがハルの腕をつかんだ。しかし今度はすぐには投げず、そのまま腕を捻る。


「いだだだだだだぁっ!!!?」

「身体が温まるのが遅いスロースターター…時間をかければかけるほど、調子はどんどん上げられる。そしてその身体にしかと染み付いた技は凄い。実際、スィルカがもし完全な状態で挑んでたとしてもお前には敵わなかったろうな。けど、ま…今回は相手との相性が悪かったということで諦めてくれ」

 するとシオウは、ハルの視界からフッと消える。掴まれた腕もいつの間にか離されていた。

 しかしハルが慌てて態勢を整え直し、シオウの姿を探そうとするよりも早く、その身は空中に飛ばされていた。


「わひゃぁぁぁぁぁあああああっ????!」


 ドサッ!


 同じく小柄を活かした素早い回り込み。ハルがごく一瞬見失ったその時には、もうシオウの押手は彼女の背中に触れていて、そのまま押し飛ばした。



「ハル選手、場外! シオウ選手の勝利!!」

 審判が高らかに片手を上げて勝敗を告げると、観客席が思い出したように歓声をあげた。


「ううう、ま、負けちゃったぁ~…」

「最後、闘技場の位置関係が頭になかったのは明らかだったからな。割と端の方に立ってたって、気づいてなかったろ?」

 シオウが闘技場の上から話しかけ、お座り状態のハルはうんと素直にうなずく。



「時間をかければかけるほど動きがよくなり、力を発揮できる…。すごい事だが、今回は時間をかければかけるほどこっちは色々と可能性やら何やらと考えられた。俺みたいに相手を観察して戦う相手とは相性が悪かったな」

「うう~、つ、次! 次があったら今度はソッコーで叩きのめして、あたしが勝つんだからねっ!!」

 負け惜しみをのたまうハルにハイハイと適当に返事をしつつ、シオウは開始線へと戻る。

 とりあえず何とかなったという安堵感から、木杖を両手で持ってストレッチまがいな事をしはじめた。


《あともう一人ネ。今度はどーするのかしら?》

「(次の奴は…さすがに投げはないか。さて…)」

 ハルが闘技場のかたわらをテテテと走ってチームメイトへと合流する。それを追ったシオウの視線は、次の対戦相手へと移った。


「予定通り、いかない。けど、勝つ…2回、それでこっち、勝利」

 上がってきて開始線に立った最後の対戦相手。チーム・ハルの大将は、小柄なシオウから見るとまるで巨人のように大柄な男子だった。



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