第7章5 隠された爪に屈する巨人



――――――チーム・ハルは、とうとう大将戦まで食い込まれた。


「予想外でした、まさか貴女が彼に敗北するとは」

 ジッパムは、本当に意外だったと言葉に態度も重ねる。そしてそれは他のチームメイト達にしても同じだった。


「へへへ…シオウの奴、存外動けるのか」

「動けるなんてもんじゃなかったよ。確かにずっと回避ばっかに専念してたっていうのはあるけど――――」

 それだけじゃあない。ただ自分の攻撃を避ける事ができて分析力が凄いというだけならば、ハルはまだ今頃、試合の真っ最中だろう。


 そしてあの時の、自分を完全に怖気させた殺気を、彼女以外は誰も感じていない。チームメイト達の話しぶりから理解したハルは本当の敗因に関しては口を閉ざした。

 恐れをなしたと思われるのは癪だというのもあるが、何よりアレの正体がどんなに思い返してみても分からないのだ。


「(なんなんだろ? あんな殺気を放てるなんて学園にいるものかなぁ…)」

 自分の気のせいかもしれない。判然としない敗因を、仲間に話すのは混乱のもとになる。念のため、これから試合に挑む大将のフランコにのみ、動きや読みがいいだけじゃないから気を付けろと忠告だけはしといた。


 どのみち勝つにしろ負けるにしろ、もうシオウとこの大会中に戦う事はまずない。謎を無理に考え、気を余計に散らすこともない。ハルは、今は完全に黙しておくことにした。





 闘技場の上では体格が正反対の二人が開始線に立って互いに向かい合っていた。


「油断、しない。もう、一人、いる、全力、倒す。怪我、注意する」

「見た目より優しいんだな。それに追い詰められても焦りはなしか。それでもまぁ、こっちもなるべく大将に回すのは避けたい。勝てる見込みがあるなら勝ちにいかせてもらうんで、一つお手柔らかに頼んどくとするよ」

 しかしフランコはフッと笑う。もちろん手加減はしないぞという意志を込めて。試合に出る以上は当然勝利を目指す。そしてシオウもそんな事は分かり切っているからこその発言だと、彼は理解している。互いに手抜きはありえない―――――


「(――――って思ってそうだな、フランコの奴)」

《あらあら、それはそれは心が痛むわネ~。本気出してヤっちゃう?》

「(本気を出せない・・・・って分かってるくせに、からかうなよ)」

《クスクスクス、もちろん分かってるわヨ。でもそれじゃあどーするのかしら?》

 守護聖獣の問いに、問題はそこなんだとばかりに後頭部をかくシオウ。


「(さっきハルは、うまく場外に投げ落とせたがな。あの体格を投げるのは…やっぱり不自然だし、何より面倒だしな…)」

《かといって、お姫様に相手させるには無理なんでしょこのコ?》

「(ああ。予定通り、俺がここで連勝して決めてしまうのがベストだな。徹底的に弱らせておいてトドメをミューに回す…というセンも考えたが、まずムリだ)」

 フランコは明らかにパワーとタフネスさを売りとしたタイプだ。大柄な本人の背丈と同じくらいに大きいバトルアックスタイプの木斧を悠々と振り回している。


 限界まで追い詰めたとしても、次の試合との間の僅かなグローバルでのちょっぴりの回復でさえ、ミュースィル相手には十分戦えるようになるだろう。タフさとは回復力の高さという意味も伴う。



「(ミューの魔法で開幕発揮できる火力はしれてる。だがフランコはその開幕初動でミューを戦闘不能に追い込めるだけの攻撃が可能だろう。前の時みたいに即チャージに使える魔導媒体どうぐもない。やはり俺で仕留めるしかないな)」

 シオウは、それはそれは大きなため息を吐いた。両肩も思いっきり落とし、そのまま地面に倒れて寝てしまいたいほどの気分だと態度にあらわす。


「? どうした、試合、はじまる。また、構え、なし?」

「いや、気にしないでくれ。面倒そうな相手で疲れそうだなー、って思ってただけだよ。審判、いいからはじめてくれ」


 ・

 ・

 ・



「いよいよ相手は大将ですね! シオウ先輩、勝てるでしょうか?」

「んー、どうだろう。フランコは目立った技もスピードもないんだが、見た目通りに体力とパワーがある。シオウも知ってる奴だから、なんか考えはあるとは思うんだけどな…ただ」

「ただ、なんでしょうか? やはり難しいお相手なのですか??」

 ミュースィルの問いに、リッドは言いにくそうに肯定を示す。


「特にシオウの場合は…ですかね。見ての通りアイツは小柄で、今回はちょっと体格差がありすぎるんです。総合的な点でいえばフランコよりさっきのハルの方が確実に強い。けれどシオウの奴からすりゃ、ああいう相手って相性が悪いんですよ」

「相性…ですか。でもリッド先輩、シオウ先輩は相手を見極める力が凄いじゃないですか。すごい身のこなしもできるし、さっきの試合で僕はシオウ先輩をますます尊敬しましたよっ」

 ミュースィルとノヴィンは当然ながらシオウの肩を持つ。それはチームメイトであり、敬意や好意という理由あってのもの。

 だが二人より戦技に長けるリッドは、どうしても理屈でこの対戦カードについて考えざるをえない。


「ああ。シオウの奴ならすぐにでもフランコの戦法なりを丸裸に出来るとは思うんだが…問題は軽すぎる・・・・ことなんだよ。…あいつ、何か策でもあんのかな?」



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 ・


 ビビシッ!!


 シオウの木杖が数回、フランコの足の側面を叩いた。そのまま相手の裏へと回り込むと、追撃は加えずに適切な距離をあけて止まった。


「なるほど、なかなか、やる。ハルと、同じくらい、はやい」

「(やっぱりコレだとダメージはないか。当たりはすれど…だな)」

 シオウの攻撃は当たる。だがフランコはまったく動じていない。まさに微動だにせずだ。

 実際シオウが感じた手応えは、巨大な岩に子供がそこらに落ちてる木の枝を拾ってベシベシ殴ったような印象を受けるレベルのものだった。


「お前、弱い。力も、重さも、ぜんぜん、足りて、ない」

 するとフランコは、これが攻撃の見本だと言わんばかりに木斧を振り上げ、そして振るった。


 ブオオッ!!!


「! おっとっと…、ほぅ」

 軽くかわす。が、シオウの制服の左腕から胸部分にかけて裂け目が出来ていた。


「威力は当然としても、その大きさの武器をここまで鋭く振るえるのか…なかなか厄介な攻撃力だな」

 当たれば大怪我は免れないだろうと、観客の誰もが思う。あのちっこい方は一撃でも貰ったらそれで勝負がつくと。

 なので見ている者達が思うのは、小さい方は絶対に攻撃を1発も喰らわぬよう、回避する事前提で立ち回り、大きい方はとにかく小さい方を捉える――――――すなわち、当てるか当たらぬかの戦い。この試合はパワーvsスピードになるだろうと観客の多くは予想する。


 しかし、フランコはそんな予想を覆す攻撃を繰り出した。


「…よける。なら、これは…よけ、られる…か?」

 おおきく振り上げる。そしてなぜか少し遠い間合いから、フランコは木斧を振るった。


「………。っ!」

 そのままでは絶対に当たらない位置。シオウはフランコの様子を注意深く見ていたが、すぐに何かに気付いて、後ろへ飛びのこうとバックステップを踏んだ。



バチチチッ、ビリリィッ!!!





――――――観客席上方。


「…ほう、電撃魔法か。フランコめ、魔法は苦手だとぬかしていたものを」

 以前ガントは、大会に出場するにあたって彼をチームに誘った事があった。その時は断られたが、フランコの体格から繰り出されるパワーは一目おくだけの価値があったし斧術のレベルも高く、十分に有望な選手になりえると、今でも国際大会のチーム選出の候補として、頭の片隅にある。


「ありゃりゃ、こりゃあ終わりですかー。意外だったとはいえ、まともにくらっちゃってますねーあれは」

 後方に退避しようとして飛びのき、その身は空中にあったシオウ。フランコは自分の木斧を伝わせる形で、刃先より電撃魔法を放出し、浮いた状態の彼に当てたのだ。


「本来ならば木に電気を伝わせることは難しい。威力が足らねば先まで届く前に散り、かといって強すぎればあの木斧は耐えきれずに割れて使い物にならなくなる。しかも伝ったとしても、ある程度威力がなければいかなる効果も持たぬ…」

「難しい魔法のコントロールが必要ってワケだ。あのデカブツ、見た目ほど力押し一辺倒じゃあないと」

 ガントはジクーデンに頷き返すだけ。その態度は、まだ試合は終わってはいないと暗に示していた。



 ・

 ・

 ・


―――――――闘技場脇。


「シオウ様っっ!!!」

 電撃を受けたシオウに、返す刃でフランコの木斧が迫る。絶体絶命の危機にミュースィルが叫んだ。


「マズい、あれはかわせないっ!!」

 リッドも完全に当たると思って奥歯に力がかかる。



 ドォッ!!!!


 当たった。シオウの中心を完全に捉え、そして――――


 ブゥンッ…ドサッ!


 そのまま斧が振りぬかれると、シオウの身体は空高く吹っ飛ばされ、そして闘技場の床に落ちて転がった。


「勝った。シオウ、立てない。攻撃、完璧、入った」

 勝利を確信するフランコ。振りぬいたまま止まっていた態勢を戻し、斧の先を下にして闘技場に突き立てると、柄に片手を乗せる。

 シオウはおそらく気絶しているだろう。そう考え、審判が確認するのを待つ態勢だ。

 しかし審判が恐る恐る確認しようと何歩か近づいた時――――


「……よっ、と。ふーぅ、さすがの一撃って感じだな、今のは」

「!! 耐えた? その、身体で? まさか、おかしい」

 フランコは勿論、見ている者全てが何で今ので立てるんだ? と驚きざわめいている。

 ミュースィルは顔を覆う両手をゆっくりと下ろながら安堵し、リッドとノヴィンは良かったと思いつつも、なぜ無傷? という疑問と驚きで頭がいっぱいになった。


 するとシオウは、種明かしとばかりに片手を前に出して見せる。するとぽうと光の円盤のようなものが広がった。


「なんてことはない、ただの防御魔法だよ。電撃を受けた時、それがごく短時間でもこちらを麻痺させて動きを封じ、確実に攻撃を当てる目的だと言うのはすぐわかった。…ということは斧が間髪いれずに飛んでくる。あとはそれを防ぐのに成功しただけだ。そんな大それた事じゃない…そう驚かれてもな」

 特別面白いネタは何もないぞ、とシオウはおどけつつ、少し離れたところに落とした自分の木杖を悠々と拾いにいく。


「防御魔法、使える? …なら、そう、させない、くらわせる!」

 木杖を拾うため背中を見せてるのをいいことに、フランコは思いっきり武器を振りかぶりながらシオウに迫った。

 振り下ろされてきた木斧を、シオウは予測してたとばかりにヒョイっと避ける。それはフランコも想定内。だが彼の想定外は既に、シオウによってとっくに仕込まれていた。


 バキャアッ!!!


「!? な、に…斧、が…割れ、た???」

 振り下ろしはしたものの、シオウが避けた時点で止めている。つまり木斧は闘技場の床にたたきつけられてはいない。

 ハルと渡り合ったシオウなら攻撃を避けられる可能性も十分にある前提で仕掛けたのだから、途中で止める事などフランコの力なら造作もないこと。

 だがシオウの仕掛けは、彼がパワーでもって振り下ろした時に発動していた。


「…言い忘れてたけど、さっきの防御魔法な? 単純な物理防御だけじゃなく、お前の電撃を幾分か跳ね返してる・・・・・・んだ。ただでさえ繊細なコントロールで自損しないよう気を使ったろころ悪いが、反射した電撃が材質の許容を超えて痛めつけた。後は振り下ろす際の空気抵抗で割れかけてた損傷が広がり当然、砕ける。…悪いな。弁償が必要なら後で言ってくれ」

 そしてシオウはゆっくりと振り返ると木杖を少し高い位置に掲げる。そしてその先端に、飛び回る光が集合し、大きな塊となってゆく様をフランコに見せつけた。


「!! 魔法…攻撃、魔法? ………ぐ……」

「どうする? お前ならもう分かるな、この意味が?」

 それはシオウの巧妙なやり方だった。

 物理防御魔法に相手の魔法の反射を重ねるという離れ業は、実際に武器を破壊してみせた事で、現実に能力があると知らしめてみせた。

 そして攻撃魔法と思しきものを見せられた上、先のハルとの試合の様からスピードを持ち合わせている事まで周知させられる。


 それは、フランコ自身にもう勝ち目はないと悟らせるには十分な流れだった。


 仮に徒手空拳で戦い続けたとしても、シオウはフランコのパワーに捕まることは決してないだろう。

 そして魔法でも上手であると分かった今、これ以上あがいてみたところで自分がシオウを捕まえる前に、魔法で打ちのめされる――――勝機ある展開がまったく思い浮かばない。


 彼はチラリと闘技場脇にいる己のチームメイトであるハル達を見る。そして彼らが仕方なしと頷いたのを待つと、フランコは一度姿勢を正して背筋を伸ばすと、改めて両腕を広げ、構え直した。


「負け…しかたない、でも、皆に、悪い…。あがき、でも…最後、に…いざ!」

「そういうのは嫌いじゃあないが、あまりいい選択じゃないな。ちょっと痛い目に遭うくらいの覚悟はしてくれよ…っと」


 走り込んでくるフランコに向かって、杖の先に集約した光の塊を投げるように飛ばす。

 すると光の塊は、杖先にあった時よりも膨張し、ちょうどフランコが全身で抱えるような大きさのたまとなってぶつかる。


「うぉおお、お、お、お…っおも、い…?!」

「まぁ、ものすごくシンプルなんだけどな…単純な衝撃波動を利用した質量弾もどきってところだが…ほいっと、コレはオマケな」

 更に小さい光の球を後ろから加える。

 すると先の大きな光の球が、ジリジリと堪えていたフランコの身体を押し始めた。ゆっくりと、確実に、フランコは後方へと押されていき、そして……


「お、お、おおぉおおっ、お、おぉおっ!!」


 バァアンッ!!


 最後は光の球も我慢の限界とばかりに破裂。まるで巨大風船が割れるがごとき光景だ。見た目にも威力はあまりなさそうだが、フランコを完全に闘技場より押し出す最低限の衝撃力はあったらしい。


 場外の芝が大きな身体だを受け止める――――と同時に、審判が片手を挙げた。


「勝者シオウ! よって、チーム・リッド、3回戦進出決定!」


 







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